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「う、うぅ…………」

「ワードさん、容赦ないですね……」

「ユリオット、あとではちみつ茶でも飲むか?」

「いただきます……」

「わかった、用意しておこう。」


 紆余曲折あり、ユリオットはセツナたちの依頼に同行することとなった。

 初めは乗り気ではない、といより恐怖を覚えていたユリオットだが、ワードの”いいのか?盗み聞きしたこいつらに悪いと思わないのか?”といった、罪悪感をえぐるような物言いに耐えきれず、しぶしぶ同行を認めたのだ。


 現在、セツナたちは再び装備を整え、セントラル大霊洞へと再度挑戦を始めている最中である。

 とはいえ、初めからあの強敵であるマイナープレデターたちが居る領域には向かわない。その理由は、セツナたちの連携がうまく取れないことに起因する。


 この四人は今日組んだのが初めてのパーティーである。そもそもお互いの戦闘スタイルを知らない者同士が多い。そんなパーティーですぐに危険地帯に向かおうと思えるほど彼女たちは自信過剰ではない。各自が各自の特徴や戦闘における傾向を掴むため、しばらくはパーティーとしての行動の練度の上昇に努めることにしたのだ。


 とはいえ、各自が各自、個人技能だけですでにAランクの魔獣とは互角以上に戦える(ユリオットは否定気味だったが……)。そんな彼女たちに、序層の探索ははっきり言ってぬるい部類に入る。彼女たちへの適切な負荷にならない。それに気が付いたのは、探索開始から数時間経過してからのことであった。


「よっと。歯ごたえがねぇな。弱いわけじゃあねぇんだが……」

「バーストファイターであるワードさんが本領を発揮する前に、仕留めちゃってますね。」

「済まない。手加減はしているつもりなのだが……」


 ずしん……と重い音を立てて、四人の前で巨大な蚯蚓のような魔獣が倒れる。ケイヴワーム。地下に住まうB~SSSランクの魔獣だ。今回セツナたちが遭遇したのはAランクの個体だ。まだ人間と同程度の大きさであり、動きは素早かったものの、アルテミシアの正確な狙撃にユリオットのバフがかかり、柔軟性と強靭さを兼ね備えるミミズの表皮を容易くぶち破り、洞窟の壁面に蚯蚓を縫い留めてしまったのだ。


 余談だが、この魔物は横に切断すると数が増えるため、必ず縦に割くように切断しなければならないのだが、あまり腕前に覚えがないワードでも簡単に引き裂ける程度には動きを止めてしまっていたのだ。


 なお、この戦闘にセツナは参加していない。全く出番がなかったともいえる。代わりにセツナは、戦闘の流れを観察し、ユリオットのクラス……戦闘における役割(クラス)を割り出すことにしていた。事前に聞いた話では”後衛魔術師”としか本人の口からはきけなかった。特定のクラスを持ち出さないところから、ある程度大体こなせるものだと思っていたのだが……


「見たところ、ユリオットさんは後衛魔術師……クラスは付与魔術師(エンチャンター)ですかね?」

「は、はい……そう……です……」

「得意なのはそうだな。だが、まぁ言えば大体何でもこなしてくれるぞ。」

「そ、そんな……私にできるのは、皆さんの手助けをする程度でして……」

「「「………。」」」


 あまり評価されていることに慣れていないのか、あるいは当人の自己評価が低いのか。ユリオットは縮こまり気味にぶんぶんと頭を振る。まるで、ワードの言葉を否定するように。しかし、彼女の腕が彼女が思っているほど卑下されるべきものではないということくらいは、もはやその場の三人には理解できていた。


 アルテミシアは事前になんの打ち合わせもせずに矢を放った。まずはミミズの表皮が既存の矢で射抜けるかどうか試したかったのだが、ユリオットはアルテミシアが放った後の矢に直接バフを乗せた。驚異的な制御力であり、これは彼女の目で知覚できる全ての投射物に彼女の魔術を載せられることを意味する。


 事前になんの打ち合わせもしなかったところから魔術を付与してみせたところから、術式は極めて高速に編纂されたか、アルテミシアの動きをよく観察していたから予期していたのか、あるいはその両方か。ともかく、魔術を行使する上での実力は同ランクに一線を画するだろう。


 聞けば、当人はその実力にあまり自信がなく、セントラルではもっぱらポーターをしていたというが、この実力が知れ渡れば、どこかの有名パーティーかクラスタか、キャラバンか…ともかく勧誘は止まらなかっただろう。


 とはいえ、とはいえだ。この自己認識については今後の彼女の課題でもあった。セツナたちは目を見合わせ、今回の探索においてはこのことについての言及は避ける暗黙の了解を交わした。



* * *


 冒険において、特にパーティーでは、いくつかの役割を求められることがある。


 それぞれ、攻撃、防御、援護に分かれ、セオリーとして、普通は前衛が防御役、中衛が援護役、後衛が攻撃役となる。無論、これはパーティーの構成によっては多様に変化し、時には同じパーティーでも、臨機応変に変化するだろう。


 しかし、基本はその三つであることは変わらない。


「それでは、この編成で試してみましょう。何かあれば、また戦闘後に。」


 各自の力量をある程度把握したセツナたちは、序層でも深い場所…中層の入り口あたりまで下った。


 数日に分けてキャンプを行い、進んだその先は、最大でSSランクモンスターとも出くわす可能性のある危険地帯。平均でもSランクの魔物が闊歩する危険地帯だ。


 そこで、セツナたちパーティーとしての戦いの練度を上げるべく、自分たちに負荷をかけていく。


「………前方、3体だ。接敵するぞ!」

「おし。やるぜ!…ユリオット!」

「……装甲術式、展開しました!30秒です!」

「上等!」


 アルテミシアの耳がひくりと震えると同時、鋭い指示が飛ぶ。その指示に呼応するように、各自が配置についていく。


 ワードの背中に魔力で描かれた文字列が浮かび上がったかと思うと、彼女を覆うように薄く赤い光が展開される。


 ユリオットの魔術はルーン文字を使った形成魔法陣にとても似ているが、非なる空間刻印術式である。どちらも空間刻印と呼ばれる形態の魔術であることには変わりない。


 しかし、形成魔法陣は魔法陣の紋様が全ての意味を示す一方、ユリオットのルーン魔術は文字の意味に指向性を持たせることにより、ある程度の自由度が利く。より簡単に、より早く、同様の効果の術式を組み上げることができる。


 ただし欠点として、文字が限られるため、原則的に行使ができない魔術群があることと、意味を指定するためには高度な集中力と技術が必要であり、刻印すればどんな状況からでも同じ術を行使できる形成魔法陣と違って術者の状態がダイレクトに響く。術者の状態によっては、"不発"という致命的な要素を招く可能性があるというわけだ。


「おらぁっ!!」


 ガキャァン!!と甲高い金属音が響き渡る。ワードの大剣と、目前に存在する巨大な浮遊する骨の頭蓋骨が、激突する。


 ただの骨であれば吹き飛ばされ粉微塵になるであろうその一撃を、ただの頭突きで相殺して見せる。そこには数ひとつなく、並の硬さではないことを伺わせる。


「ケケケケケ!!」

「硬えな!オブシディアン・スカルかっ!おらっ!」


 ワードの横をすり抜けようとしたもう1匹を前蹴りで上へ打ち上げる。その後、軸足を使って足を振り上げた勢いを利用してその場で回転。大剣を薙ぎ払うように使って、3匹の骸骨を牽制した。


 解放戦士(バーストファイター)。短期間に爆発的な戦闘力を引き出せる彼女は、しかしその全力を出すことなく、出来うる限り力を温存しながら戦う。

 彼女はあくまで"前衛"。守備役であり、敵を後方に通さないことが仕事だ。3匹の襲撃を力づくで阻み、後方への攻撃を許さない。


「………!」


 そして、ワードがはじいた、オブシディアン・スカルの隙をアルテミシアは見逃さない。瞬時に構えられた鉄弓が引き絞られ、爆音と同時に圧倒的な精度と速度を以ってスカルの眉間を矢が貫いた。


 オブシディアンスカルは極めて硬質な頭蓋骨を持ち、Sランクの威力と硬度をもってしても突破できないほどに頑丈だ。アルテミシアの弓もそれほどいい矢じりを使っているわけではない。Sランク相当の矢じりなど高価すぎてさすがのアルテミシアも使う気が失せる。


 それを可能としたのは、ユリオットの魔術だ。より正確に言えば、ユリオットによる矢への加工。簡易的な魔術刻印を戦闘前に仕込んでもらっていたのだ。


 刻まれたルーンが発光し、アルテミシアの一射をより致命的なものへと変える。アルテミシアの精密な射撃の脅威度が、一段と引き上げられている。


 今の彼女に与えられた役割は射撃手(マークスマン)。後方からの精密射撃を行うクラスの一つだ。

 

「セツナ。右側方からもう二体来る。頼めるか。」

「お任せください!」


 前方のオブシディアンスカルとの戦闘に引き付けられたのか、他の魔獣が近くからセツナたちめがけて進軍してくる。アルテミシアは射撃の名手ではあるが、それでもあの威力を持続させるには1発づつでなければ放てない。


 アルテミシアの驚異的な察知能力がさらなる驚異の接近を予見し、後衛にまで到達するまでの処理を、セツナに頼んだ。


 セツナの役割は”散兵(スカーミッシャー)”。単独で敵陣に切り込み、陣形に影響を与えることで優位な戦況を作り出す、対集団のスペシャリストである。


「それっ!」


 アルテミシアの指示の元、自身も探知していた方角へと向かい、跳躍。魔力を纏い、自身に身体強化を施しながら近づいてきていた巨大な目玉の魔物と対峙した。



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