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「心当たり、というのは?」
「前に一度話したことがありませんでしたか?この子の、生みの親のことを。」
この子の、と言いながら、腰に下げた刀の柄をなでるセツナに、アルテミシアは凍土でセツナが語った思い出話の内容を思い出した。
カインに促されて語った話の中には、折れたセツナの愛刀のことと、その素材を採りに行った森でのことが含まれていた。共に森の中で何十日も滞在した際、セツナは素手で2ランクも差があった敵に対して遅滞戦闘を徹底し、ワードのランクアップまでの時間を稼いだのだ。
ステータスランク、Sランクの前衛職。死地に挑みに向かうセツナたちにとって、これほど頼りになる存在はいないだろう。話を思い出して、アルテミシアはぜひ一度会ってみたいと思った。
拠点を引き払い、一度依頼品目を抱えて帰還したセツナたちは、手続きを済ませると、一路西大通り……科学と魔術の研究の盛んな、技術区画へと向かうのであった。
* * *
「これは…!」
「いつ見ても壮観ですねぇ…。」
「みゅっ!」
セントラルは、セツナやアルテミシアにとって、物珍しいものの宝庫であることは間違いない。
しかしながら、彼女たちにとって最も物珍しいのは、この西区画にあるものなのは間違いない。世界最高峰の技術屋たちが集うこの場所は、先端技術の見本市のようなものであった。
槌の音は絶えず、大通りの舗装は所々で素材が異なり、店として機能している建物の前には、”試験運用品”と銘打たれた用途不明の魔具が大量に並んでいる。
白衣の研究者たちと、傭兵たちが居り混じる通りの光景は、遠くの方で爆音と黒煙が吹き上がる光景も含めて、この西区画の全容を現していた。
セントラル西区画、技術区と呼ばれるこの区画は文字通り魔術や鍛冶技術など、技術に関連する建造物の多い区画であるが、その実態は、大量の技術者が闊歩する世界最大の実験都市である。
どんな技術にもリスクやデメリットがある。各地で研究されたそういった技術が集い、魔術師ギルドの監督下で実地的に試用されているのだ。
ワードが居る……と、セツナが聞いている(セントラルから北方に旅立つ際に聞いていた)のは、西大通りではなく、そこから少し外れた場所にある路地の奥だ。この辺りの路地には占めてしまった店も多く、人の気配も少ない。新しいものを試すことが多い傍ら、失敗することも多いのだろうか。店も入れ替わりが激しいと聞く。
しかし、セントラルといっても大通りから外れれば土地の値段はそこそこだ。貸し店舗であっても、ワードほどの鍛冶師であればすぐに借りられるだろう。まだ本格的な店舗にはなっていないだろうが、セツナはワードの壮絶な鍛冶を目の当たりにしてから、彼女が大成することを信じて疑っていなかった。
「ここがその場所のようですね。」
「………。」
「どうされました?」
「いや、気になることがあってな。うーむ……。」
店の前までついた二人。まだ、店の屋号も決まっていないのか、店名は見当たらない。あるのは”鍛冶、承ります”の一言の書かれた看板と、整備中と思われる店の外観だ。レンガ造りだと思われる店舗の外装は薄汚れていて、いかにも廃棄された店、という印象を与える。そういえば彼女は大工としての技能も持っている。森とは違ってここには資材を運び込むのも一苦労だろう。まだ作業は半分も進んでいないといったところか。
ワードの店の前に来て、どこか奇妙そうに首をかしげるアルテミシア。どこか奇妙な点でもあるのだろうか、と、セツナもつられてきょろきょろ辺りを見回していると、気配を感じたのか、店の中から件の人物が現れた。
出会ったときとは違い、鉢巻きで長い炎髪を縛り上げ、セツナに似た東方風の装束に身を包んでいる。前に見たあの赤黒い外套は、やはり人に威圧感を与えるためか、店では着ていないようだ。
「らっしゃーせー……って、アンタか。見ねぇ顔も増えてやがるが……まぁいい、とにかく入んな。」
「ワードさん、お久しぶりです。お言葉に甘えて、お邪魔しますね。」
「し、失礼する。」
ワードは二人の装備を軽く見定めたのち、そのまま二人を店の中へと通す。
その言葉に甘えて、二人とも中に入っていった。そこで、二人はそろって言葉を失った。
店の中は無骨で装飾などはされていないが、汚れ一つ見当たらない。外観は木製のそれであり、表面は鏡面のように磨かれている。外観の汚れ具合とはまるで逆だ。その気になれば外の様相だって変えられただろうに、とセツナは一瞬思ってしまったが。
「……店の外はわざと手を付けてねぇんだ。景観に合わねぇだろ。」
「景観……?」
「入りにくいんだよ。大通りにあるんならまだいいんだが、この辺りに来る奴はお上品な店を求めてきてるわけじゃねぇだろ。」
そういわれると、不思議と納得がいってしまい、セツナはなるほど……とつぶやくしかなかった。
店の中に並べられている武器は、すべてセツナの眼から見ても質の高いものばかりであったが、どこか違和感があるようにも思える、セツナには、どうしてもワードが打った武器には感じられなかったが、店をやるうえで何か事情があるのかもしれない、と彼女は考えた。
二人が通されたのは、店のカウンターの裏にある扉から、入った先にある応接室だ。ここもあまり装飾はないのだが、座ったソファーの座り心地はよさげだ。これだけいい素材を使っているのだろうか。
「で、今回はどんな要件だ。まさか、おめぇアレの手入れを……なんてことはいわねぇよな?」
「いやいや……無茶をいくつかさせたのは認めますが、刀身の状態は良好です。……少なくとも、私の眼からは。」
「………どうやらそうらしいな。じゃぁ、なんだってんだ?」
武器の状態を直接見ることもなく、そう告げるワードに、一瞬何のことかわからなかったアルテミシア。それもそうだ。常人は腰に下げた武器を見るだけで、その武器の状態を言い当てられるとは思えない。頭の上に?を浮かべるアルテミシアをよそに、セツナは、事情の説明を始めた。
「実はですね………」
* * *
「おお、ここがそうなのか!確かに掘り放題だな!」
「だろ?俺のこと信じてよかったと思わねぇか?」
「あの、ここって……もしかして、奴らのテリトリーじゃ……」
「あのな。俺は、何回もここに来て掘ってるが、大丈夫だったんだよ。ここは奴らの領域じゃねぇ。ちょっと外れてんだ。荷物持ちが妙な口叩くんじゃねぇよ。」
「ひぃっ、ご、ごめんなさい………」
ちょうど同時刻。セントラル大霊洞では、一足先にセツナたちが赴こうとしているエリアに現れた傭兵の一団が居た。彼らはみな一様に平均以上の装備を身にまとい、実力もそこそこにあるパーティーだ。
およそ6人のパーティー。うち一人は大きな荷物を背負っており、装備も貧弱そのものに見える。エルフ耳の彼女はポーター……運び屋である。彼女は、5人パーティーには厳密には属さない外部委託の運び屋なのだが、パーティー内ではひどい扱いを受けているようだ。
ポーターは少人数パーティーでは重宝される存在である。特に基本的なステータスも高く、どのような極地であっても対応可能な竜人のポーターや、即時離脱で依頼の品を必ず持ち帰ることができる一部の妖精種のポーターは重宝される。基本職がポーターでありながら二つ名持ちの傭兵『天風』が存在するため、彼らが決して無力であるというわけではない。
ただし、ポーターは基本的には”下”に見られがちだ。これは、基本戦闘力がないもの、あったとしても味方を必要とするが、適した味方が居ない者、など、単身では傭兵業として自立できず、食うに困った傭兵の末路としてポーターになる者が多いからだ。実力のある者は敬意を払われるが、そうでないものが圧倒的多数を占めるポーターは、傭兵の落ちこぼれた末路、として軽視される傾向にある。
そして今も。エルフのポーター……ユリオットは、ある特別な事情でポーターをやっているのだが、彼女はその身なりから舐められがちで、こうして今も、彼女の言葉は無視されてしまう。
「わかったらとっとと周辺警戒を始めろ。掘った鉱石も逐次拾っていけよ。」
「あ、あう……はい……でも、彼らは、探知魔術には……」
「だから奴らは来ねぇって。心配なら自分の目で見はってろ。」
「は、はい……」
彼らが来ているのは、大霊洞内の”光鉱領域”である。地形変動によって生まれることのあるこの領域は、神秘的な性質を持った鉱石が多く集まり、珍しい鉱石やそれを主食とする魔物……ジュエルラット等の希少生物の住処である。特に入り組んだ、細い路地のような道が蜘蛛の巣のようにつながっており、迷いやすく、しかしほのかに明るい。
そして、普通この場所は、敬遠される。少数パーティーは特にだ。セツナですら、アルテミシアと二人で見かけた際には全力で撤退したほどであり……その場所を安全だと勘違いした者の末路は、すぐそこまで迫っていた。
「あっ、どこに……そっちは、探知が……」
「行けるって。あっちの方が明るいし、敵も見つかりやすいだろ。」
「あ、まって……」
初めは固まって採掘にいそしんでいたパーティーも、周りに敵がいないことをいいことに、少しずつ分散し始める。できうる限り……ユリオットは探知魔術を使いながら、彼らの行方を追っていたのだが……
「あっ………」
「ん?どうした。」
「ば、バレルさんの、反応が……!ああ、やっぱり……!」
「あ?バレルの奴なら、さっきそこに……おい、どこに行った。」
「あ、ぁぁぁ……だめです、逃げないと、皆さんの反応が……!」
ユリオットはパーティーのリーダー格の男のそばで、索敵魔術を使っていた。散りぢりになるパーティーメンバーを索敵魔術で追いながら、時折視野を飛ばすなどしていた。……彼女は、このランクではめったに見ないほどにサポート、補助に特化した優れた魔術師だ。彼女の目の前、宙に描かれた彼女にしか見えない魔力の文字列が目まぐるしく入れ替わり立ち代り、術式を目まぐるしく入れ替えている。
そんな彼女をもってしても、かばいきれない。ひとり、また一人と、その反応が消えていく。
パーティーメンバーとの距離は、十メートルも離れていなかったはずである。坑道の向こう側、声をかければすぐに反応が返ってくる程度の距離だったはずだ。
だというのに、音一つなく、彼らはいなくなった。優秀なパーティーであるはずの彼らが、抵抗一つできずに。
「早く逃げて、逃げてください……!」
「逃げろったって、何かの間違いだろ。おい、バレル!レント!出てこい!まじでふざけん……」
そして、最後の一人。リーダー格の男が3歩ほど、ユリオットから離れた。
悪寒のしたユリオットは、監視術式のうちの一つを切り、保護術式を展開しようとしたが。
……術式は、間に合わなかった。彼の首は、すでに落ちていた。彼自身、首が切り離されても半秒ほど、しゃべり続けていた。それほどにまで鮮やかで静かな殺しであった。
「あぁ……!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃ!!!」
半狂乱になりながら、その場から逃げ出すユリオット。
狂乱しながらも術式で自身の周囲を全力で固めながら、あらかじめ確保していた退路へと彼女は走っていく。
そんな彼女を、影の中から襲う者はいなかった。まるで、先ほどまでの惨劇が、嘘のように。
影の中のそれは、決してユリオットの前には姿を現さなかった。
優秀な狩人は、優秀な獲物には敬意を払う。
6人の中で唯一、油断も隙も無く、常に自身が逃げおおせる状態を保ち続け、周辺を警戒し、退路を確保し続けた彼女を狩ることは、リスクがあると踏んだからだ。
そうして、死体もその痕跡も残されることはなく、再び光鉱領域には静けさが戻った。ほのかに明るいその領域の隅に、おぞましささえ覚える寒気だけを残して。
彼らの名は、マイナー・プレデター。
魔獣種の中でも人語を解するほどにまで知能が高く、一部の妖精種やゴブリンたちと同様、”敵対的知性生物”として分類される、二足歩行する蜥蜴型の魔獣である。