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帝国からの招待状を受けることにしたセツナたちだったが、すぐさま出立というわけではない。
そもそもランクアップ直後の傭兵は何かと忙しい。シルバーランクになってすぐにやることは、依頼の遂行と達成の繰り返しだ。
傭兵はギルドの依頼を定期的に受ける必要こそはないが、代わりにギルドに月謝をGPで払う必要がある。あまり月謝を払わないでいるとペナルティも発生し、最悪傭兵ギルドから追い出されることもある。
ただ、毎月支払わなければならないそれだが、傭兵の依頼は1か月では済まない依頼も多い。数か月にわたる長期の依頼だってあるし、装備の素材調達などにも時間はかかるのだ。
ランクアップすると、当然報酬も増えるが、月謝の額もぐっと増える。特にアルテミシアは蓄えもないので、万が一に備えて数か月分の月謝を支払うためのGPを貯めるのは、急務と言えた。
また、傭兵のスタイルによってはシルバーランクに上がった直後に資格試験なども受けなければならないこともあるため、そんな傭兵に対して”すぐに来い”というのはあまりにも相手方のことを考えていないといえるだろう。
そんな事情があり、帝国からの招待状に書かれている日付は5か月後のものになっている。それまでに、できる限りのことはしておかなければならない二人であった。
「それっ!」
「ふっ……!」
ギャァン!という金属音とともに、セツナが鈍色の鎌を打ち上げる。同時に、大きな隙を晒したケイヴマンティスの胸に、アルテミシアの矢が突き刺さった。
ギチチチ……と控えめな断末魔を上げて倒れるカマキリ。数か月前のセツナでも閃光石一つで倒せる魔物ではあったが、今回はほぼ消耗なしだったといえよう。
強力な武器であるクオンがあれば、強大な威力を誇るあの鎌を真っ向から受け止めることができ、アルテミシアが射撃を行う隙を容易に作り出すことができた。
ソロでセツナが戦っていた時よりも、はるかに楽に敵が仕留められる。これほど楽な狩りはないとセツナは思っていた。
「こんなものか。随分慣れてきたな。」
「ええ。まだ力が入りすぎてしまうこともありますが、もうそろそろ順応しそうですね。」
セツナたちが今いるのは、セントラル大霊洞の序層外縁部。前にセツナが小規模スタンピードに巻き込まれたあの領域である。そこで、セツナたちは依頼の遂行と同時に、自分たちの調整を行っていた。
そう。彼女たちはランクアップを果たした。あのウッドパラサイターとの死闘で、アルテミシアもまた十分な経験を貯めていたのだ。セツナは実のところSランクまでランクアップすることもできたのだが、”経験”を別のことに使いたかったので、今回はランクアップを見送った形になる。
ランクアップ直後は、自身の意識と体の動きがかみ合わなくなることがある。自分の身体が出すことができる全力を遺憾なく振るうことができるように、二人は数日間の調整を重ね、今はその仕上げとして、この大霊洞に来ているのだ。
大霊洞序層の難易度はBランク。Aランクになった二人には、ちょうどいい肩慣らしになるといえよう。
「これが位階違いの魔物、か。確かに、重い刃だ。良い素材になりそうだ。」
「ええ。良い手土産にもなりそうなので、これは持って帰ってしまいましょう。」
「ああ。……素材といえば……依頼の素材は、あとどれくらいだろうか。」
「あと1種類というところですね。……ヴァイオライト鉱石はもうちょっと下の層に行かないと手に入らないかもしれないです。」
「そうか。これだけ探して見当たらない、となると、やはり相当珍しいのか。」
大霊洞に入って、およそ18日目。特に大きなトラブルに見舞われることもなく、順調に二人の探索は進んでいた。拠点はアルテミシア謹製の刻印魔術による幻影によって隠されており、安全なキャンプ地となっている。ワードの時も思ったが、拠点設営能力の高い仲間がいると、休むべき時に休めるということの重要さを実感する。
「ええ。珍しいですよ。ヴァイオライト鉱石は洞窟の表層に出てくる鉱石でもないので、その前兆……トレードマークモンスターである、ヴァイオライトエレメンタルや、ジュエルラットなどを探し出す必要があります。とはいえ、これらの魔物は単体でも素材が高額で取引されますので、乱獲されがちな希少種です。見つけるのは骨が折れるでしょうね。」
今回二人は、複数の納品依頼を受け、それらすべての達成を目標としていた。
大霊洞へ入る依頼は、基本的には素材収集が主な任務となる。主に注文が入るのは、建材に利用されがちな大型モンスターの討伐だ。彼らはいくら倒しても必要になる。
しかし、セツナとアルテミシアでは運搬能力が乏しく、今回その依頼は除外している。見かけたら討伐こそはしているものの、自分たちでは持ち帰れないので、周辺の依頼を持った傭兵に素材を売り渡している。
よって、セツナたちが狙っているのは、量こそは少ない物の、希少価値の高い魔物や鉱石の収集である。セツナとアルテミシアの索敵能力は高く、二人とも斥候としても優秀であるため、狙った獲物を広範囲にわたって探索して探し出し、これを討伐することを繰り返しているのだ。
「なら、行くしかないのか。やはり。」
「そうですね。行くしかないでしょう。」
そんな二人でも、トレードマークモンスターを見つけられない。東外縁部のほぼ全領域を回った二人は、そろそろ覚悟を決めるときだと判断した。それは、Aランクに昇格した、セツナたちをもってしても、覚悟を以って戦いに挑まなければならないほどの領域である。
探索9日目に発見した、ある領域。それは、高価な鉱石が集う代わりに、慎重な探索の要求される領域である。
「……しかし、二人では手が足りないぞ?セツナなら前衛を任せられるかもしれないが……お前、本職はスカーミッシャーだろう。」
ある存在を大量に相手取らなければならないかもしれない。そんなリスクを背負っての探索になる。セツナは単独でなら戦えるが、アルテミシアをかばうことができない。前衛職と散兵の明確な違いは、後衛を守り切ることができるかどうかの違いだ。セツナはずっと一人で傭兵をやってきていたので、他者をかばいながら戦うことにまだ慣れていない。アルテミシアにはカバーは必要ないかもしれないが、念のためである。
「彼ら相手に正面切って戦いに出るのは確かに難しいですね……。仕方ありません。」
「どうするのだ?」
「みゅ?」
「……一度帰還して、仲間を募りましょう。心当たりが、一人いますので。」
セツナが提案したのは、戦略的撤退。
戦力を再編成しての、攻略再開案であった。