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「?!!セツナ、これはどういう?!」
「すみません。これからパーティーメンバーを連れてギルドへと向かうので、道を開けていただいてもよろしいでしょうか?」
「セツナ?!」
次々と迫り、口々に何かを告げる彼らに、アルテミシアは混乱の極致に叩き込まれた。
あまりに声が重なりすぎて、何を言われているのかわからない。何やら名刺だとか、契約書のようなものを大量に突き付けられており、傭兵宿舎の前から一歩も動けず、逆に宿舎の中まで追いやられそうな熱気と圧力だ。
セツナを頼ろうと彼女を見れば、セツナはすがすがしいほどに感情の乗らない笑顔で対応していた。今までいろんなセツナの笑みを見てきたアルテミシアだが、これほど恐ろしいと感じる笑みは戦闘中に彼女が浮かべる獰猛なそれ以外は見たことがないと思えるほどであった。
だが、不意に我に返る。セツナは、冷静だ。
あの奇妙なほど感情の乗らない笑顔は彼女が冷静であることの証左だ。感情を外に漏らさないというのは、冷静でいなければ普通は成し遂げられない。
アルテミシアはぎゅっと、自分の拳を胸の中心に置き、深呼吸する。
少しずつ落ち着きを取り戻し、耳を傾け、彼らの告げる言葉を、少しづつ拾い始めた。
(勧誘……契約……料金……パーティ……専属……)
(彼らは、スカウトか何か。そういえば、昨日観客席に見かけた面々が居たな。)
(彼らは……私たちを誘っているのか?でも、なぜ?)
セツナに手を引かれながら、アルテミシアは困惑する。アルテミシアは、そもそもセツナのようにギルドの内情を知っているわけではない。二次試験の戦闘能力測定が、シルバーランクの傭兵を勧誘する目利き達のために執り行われているためだとか、目を付けた傭兵たちに勧誘する風習があるだとか、そういうことを知らないのだ。ゆえに、いくら考えても結論は出ない。
しかし、一度集中したアルテミシアは緊張を忘れた。気が付けば、セツナに連れられてギルドの中まで連れられていた。当然ギルドの中まで追いかけようとする目利き達だったが。
「おい。……ここから先は許可証持ってきな。通行止めだ。」
赤髪の男が、いつの間にかセツナたちの背後に立っており、傭兵ギルドの入り口を守るように立ちふさがっていた。
「……ふぅ。ありがとうございます。おかげで助かりました。」
「ギルドからの依頼だ。気にすることでもねぇよ。行ってきな。」
赤髪の男は視線をセツナたちの方へと向けず、前を向いたままそう告げる。アルテミシアもセツナも、この男が相当な実力者であることを、何となく理解した。
そんな男が依頼だといってここにいることが、アルテミシアにはよくわからなかった。いったい何が起こっているのか、何が待っているのか、アルテミシアは混乱する一方であった。
「行きましょう、アル。説明は、この先でされるはずです。」
そんなアルテミシアに、状況の説明をしたいのはやまやまであったが、ここでは長話は不可能と判断し、ギルドの職員が手招きする奥の部屋へと二人は向かうのであった。
* * *
「ようこそおいでくださいました、お二方。」
「こちらこそ、ご配慮いただき、感謝します。」
「……っ。」
応接室、ともいえる場所に通された二人。そこにいたのは、やはり、というべきかギルドマスター・キヤフであった。昨日、彼女の本当の実力の一端を見たアルテミシアは、ほんのわずか委縮してしまうが、すぐに立ち直る。
しかし、どうしてまたギルドマスターが?そう内心首をかしげるアルテミシアだったが、そんな彼女の疑問を見透かしたように、キヤフから説明が行われる。
「本来、合格通知はギルドの掲示板の横に張り出されている受験番号を以って発表されます。
ですが、一部の受験者にはさらに一つ、通知しなければならない事項があり、こうして呼び出させてもらっているのです。
アルテミシアさん。外にいた大量の目利き達。彼らの目的はわかりますか?」
「……私たちの勧誘、であると、理解している。」
「その通りです。
あなたが受けた二次試験。戦闘能力試験は一般開放されております。それは、シルバーランクという、一種の壁を乗り越えた者たちを品定めする場でもあるからです。
商人、貴族、あるいは国家が、優秀な傭兵を求め品定めを行い、素質のあるものを見つけては、こうして勧誘を行うわけです。」
アルテミシアは、ようやく大体の話の流れが見えてきた。
情報が提示されて、ようやく理解が追いついたのだ。目利きと品定めの場である二次試験。そんな場所に、セツナほどの逸材が現れてはああなるだろう。
アルテミシアは、事ここに至っても、自身の実力があれほどの目利きを呼んだとは思っても居なかった。セツナは、そのことを察して内心苦笑するも、今はそのことについては触れないでおくことにした。
「それで、あれだけの勧誘が。」
「ええ。素晴らしい人材が出た際の、一種の風物詩です。
そして、その勧誘はギルドにも届いております。……こちらです。」
キヤフが虚空に手を伸ばすと魔法陣のようなものが出現し、その中から大量の手紙の乗った盆を二つ、取り出し、セツナとアルテミシアの前に差し出す。
それらすべてが、二人の勧誘のためのものであることはもはや明らかであった。
「セツナさんには35通、アルテミシアさんには48通届いております。」
「……?、なぜ、セツナの方が少ない?」
「アルテミシアさんがそれだけ優秀だからですよ。」
「そう、なのだろうか……少し自信が持てないな。」
セツナへの勧誘が少ないのは、東方に属していたころに大半の勧誘を一度蹴っているからなのと、今回セツナが試験を受けていたわけではないという理由が大きい。とはいえ、たとえセツナが試験を受けていたとしても、アルテミシアより勧誘の数が多いということはなかっただろう。
驚異的な一芸に秀でるセツナと、多くの技術を高水準で駆使するアルテミシア。どちらが傭兵として扱いやすいかは明白だ。
「自信につながるかどうかはわかりませんが……」
とはいえ、アルテミシアが自分の力の世間的な評価というものを正確に把握できるようにする、というのは急務である。セツナがそんなことを考えていたおり、ギルドマスターからその狙いを見透かしたように、虚空に手を伸ばし、さらに1通の封筒を、二人に差し出した。
「本日、お二人には”帝国”からの招待状も預かっております。これは、当ギルドでは5年ぶりのことですね。」
「帝国……?!」
それが格式高いものであることは、一目でわかった。皇帝色と呼ばれる、明るい紫色を基調とし、見る角度によって色が七色に代わる金……妖精金の金箔を装飾にあしらった封書。
それを目の前に差し出されたときのセツナは、目を見開いて固まっていた。露骨に驚きを見せるセツナに、アルテミシアは首をかしげる。
「どうした?帝国からの勧誘というのは、珍しいのか?」
帝国。この世界では、そう呼称される国家は一つしか存在しない。
リンスィーフィム帝国。この世界、この大陸において、唯一三大ギルドによる国家間協定に参加しておらず、数百年前の、セントラル成立時の動乱以来、未だにギルドとの確執の深いとされる国家である。
「そうですね。……リンスィーフィム帝国とギルドの関係は、あまりよろしいものではないといわざるを得ません。
また、彼らの軍……帝国軍の練度はセントラル守護騎士団、東方征討騎士団、神流皇国の武家衆に匹敵するものであり、国力だけを見るなら、セントラルを超える唯一の国家でしょう。
そんな彼らは愛国心、護国心が強く、排他的です。
軍もそれに従い、他国と違って優秀な傭兵を外から招き入れる、ということはほとんどありません。
そんな国家に認められる、というのは、とても珍しいことなのですよ。」
そう告げられて、ようやくアルテミシアも事の重大さを理解し始めた。
あまり世間や情勢に詳しくないアルテミシアでも、リンスィーフィム帝国は地理的には隣人であり、世界的に影響力のある国であることくらいは理解している。というより、除隊になった者が他国にわたり、傭兵となることもあるが、大半はクーユルドで傭兵となるため、アルテミシアはそんな彼らとの交流があったのだ。
大国からの誘い。それも、ギルドと関係がよくない国との誘いほど、珍しい物もないのであろう。
「……さて、ここから先は、私の個人的な”要請”となります。本来選択の自由はあなた方にあります。強制ではありません。」
二人が二人とも、それぞれの形で帝国からの招待状を受けたという事実を飲み込めたことを見計らい、キヤフはあくまで受けるかどうかはそちらの自由だと、前置きしたうえで告げる。
セツナもアルテミシアも、ここから告げられる言葉が、わかったような気がした。
「ギルドの慣習では、これらの招待状や勧誘は、普通無視しても構わないものとなっています。優秀な傭兵ほど、膨大な量の勧誘が届き、そのすべてに対応するのは手間がかかりすぎてしまいますから。
ただ、ギルドは帝国との関係改善の方法を模索しています。5年ぶりとなる当ギルドへの書状です。これを無視しては、帝国もいい顔はしないでしょう。
そこであなた方には、この招待状を受けて、帝国へ赴いてもらいたいのです。」
頷くしかない。ギルドに在籍している以上、強制でないとしても、これを受けないわけにはいかない。
……二人の認識は全くもって一致していた。