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「まさか、これほどとは……」


 執務室にて、ギルドマスター・キヤフは直近の仕事を終わらせ、早めの昼食とともに二人の戦闘を観戦していた。

 聞いていた話とはまるで異なる戦闘力に、自身の当初の予定が完全に崩れたことを悟っていたが、それはそれとして彼女の素晴らしい戦闘力に、ギルドの未来を見たのだ。


 とはいえ、彼女はまだ未熟。やはり、今はまだ”師匠”本人に教えを広めてほしいものだが……


『当然だ。やわな修行をつけた覚えはない。』

「……ゼンさん。やはり、貴方の技術は貴重です。

 できれば、もっと弟子を取っていただきたいものですが。」


 映像越しではあるが、ゼンもそれを観戦していた。ゼンはまごうことなき伝説の大英雄であり、『アルテミシアの試験を見たい』という彼からの要請をギルドは拒むことはできなかった。それがたとえ、親バカの極致であったとしても。


 というか、断ればどんな天変地異を起こしてくるかわからない。その気になった英雄ゼンが相手だと、被害を抑えることは不可能であるのだ。


『骨のあるものであればな。セツナ嬢ほどの胆力があるならば、考えてやってもいい。』

「………彼女ほどの人材は世界広しと言えど、そうはいませんよ……。それに、ゼンはセツナさんも結局は弟子にはしなかったでしょう。」

『最低限の教えは授けた。契約は破られておらん。それに、”天衣無縫”が弟子をとるなら、それでいいだろう。奴に頼め。』

「それができれば、苦労はありませんよ………」


 しれっとセツナが天衣無縫の弟子であることはバレているが、もはやキヤフは気にしていなかった。

 彼女は情報網でセツナが彼の弟子であることを悟ったのだが、”天衣無縫”を知る人物は一目で彼女が彼の弟子であることがわかるというのだから。情報を伝えていないはずのウィンには一目でバレているほか、セツナを認知しているほかの実力者のうちの数名もキヤフに直接連絡を入れに来ている。


 「まさか『天衣無縫』に弟子を取らせるとは、何をしたのだ?」と


 もちろん、そんなことはしていない。していないが、”『天衣無縫』が弟子を取るなら、それでいいじゃん”と各地の実力者に言い訳の種を与えてしまっており、キヤフはその件については半分すねているともいえよう。


 キヤフは休憩中でありながら陥りそうになったネガティブな思考を首を振って振り払うと、再び映像と向き合うことにした。


 ギルドの明日を担う若者たちのぶつかり合い。、 

 戦いは、熾烈を極めていた。



*    *    *



「くぅ、っ……!」

「ふぅ……っ!」


 5分が経過したところで、戦況は膠着状態であった。

 なんとしてでも距離を詰めたいセツナと、距離を話したまま一方的に仕留めたいアルテミシアの攻防は、端から見るだけなら、アルテミシア有利といった様子だ。


 低コストな光学系幻影魔術を駆使し、セツナを翻弄するアルテミシアだが、セツナの察知能力は尋常ではなく、何度も攻撃を加えているものの、致命的な矢は対応されており、決定打に欠けていた。


 ただしセツナの方はすべて紙一重といったところ。

 2択、3択を一瞬の間に突き付けられ、それをことごとく()()()()()()。致命の攻撃は避けているが、逆を言えばそれだけ。


 彼女には生傷が絶えない。出血は増すばかりであり、矢に毒でも混ぜ込まれていたなら、それで決着はついていたところだ。


 一瞬が数分にも感じられるほどの駆け引き。互いに足を止めず、アリーナの中を縦横無尽に駆け回る。


(消耗が、激しい。……血を、流しすぎている……!)


 互いが互いの影を追い合うような死闘。どちらも容赦なく継戦能力が削られていく。

 しかし、そうなれば、セツナの独壇場だ。


(でも、それは彼女も同じ。……矢が尽きれば、私を止められない……そこを狙う……!)


 どれだけの不利でも、その戦いだけは、彼女の土俵である。


(矢が、残り少ない。)


 アルテミシアは、極力矢を消費しないように心掛けていた。

 幻影を織り交ぜたり、射程は短いが、風の矢を魔術で作り出したり、工夫を凝らしてはいるが……矢は有限だ。


 戦場を駆け回る折に回収できるものはしているが、セツナは甘くない。迎撃できるものは斬り裂き、時折地面に刺さった矢もわざわざへし折るなどして、手札を減らしに来ている。


(だが、セツナも消耗している。勝負所は、矢の尽きた時……彼女ならば、そこで仕掛けてくる……なら……!)


 あと5本。矢が尽きれば、セツナを止める手段はなくなる。それよりも先に、彼女を削り切る。そのための戦いを、アルテミシアは脳内で組み上げ続けていた。


「ふぅっ……!」

「なんのっ!」


 ガァン、と響く不快な金属音。

 アルテミシアの矢は重く、まるで鉄板同士をたたきつけたかのような音が鳴り響く。

 弓には刻印術式が刻まれており、状況に応じた性能を矢に付与して放つ効果がある。


 追尾弾、閃光弾に煙幕まで、彼女は難なく使いこなして見せる。


 この術式はセツナからも発動の察知こそはできるのだが、どれが飛んでくるかわからない。

 そのうえ、術式を介さずに放ってくるアルテミシアの弓も侮れない。そもそも彼女は優れた狩人であり、今のような強化弾ではない、何の術式も伴わない矢であっても、当たり所次第でセツナを一撃で葬ることができるだろう。


(来るっ……!)


 強矢をはじいたセツナだが、その分反動もすさまじい。彼女が僅かに体勢を崩すのは必至だ。

 そこを狙って、アルテミシアの弓がひらめく。


 セツナの死角に潜り込むように曲線を描いて放たれる矢が2本、そしてわずかな時間差を置いて放たれる直線の強矢が一本。

 そして。


「っ………!」


 パァンという音とともに輝く、閃光弾。セツナは目を閉じてそれを回避するが、その状態で彼女は矢の対応をしなければならない。


 だが、馬鹿正直に対応する気はさらさらなかった。試合の残り時間も、矢の本数も少ない中で、アルテミシアはほとんどのリソースをつぎ込んでこの攻撃を放ってきた。セツナが強矢を避けるよりもはじいて対応することが多く、その際にわずかに体勢を崩すことを理解しての攻撃。


 ”セツナが、そのように見せた”攻撃である。

 セツナは、倒れこみながら構えを取る。軸足だけは地面についたまま、刀の先で強矢を受ける。

 ()()()()()()()()()()()()()


(まさか………?!)


 後の二本は、セツナを捉えず、あらぬ方向へ投げ飛ばされるように地面に突き刺さった。

 念力、である。この一撃のために、セツナは隠していたのだ。


 アルテミシアは構えを取りながらも、セツナが魅せる技から目が離せなかった。それほどまでに、彼女のなせる業は、人間離れしていたからだ。術式で再現できる者は、まだいるだろう。だが、それをこうも度し難い、ただの技術で成し遂げられる者が、果たして地上にどれほどいるだろうか。


(武技……!)


 矢が刀に導かれるようにして、彼女の胴を一周する。それはまさしく、つむじ風が木枯らしへと転ずるように、彼女の力を受けて加速する。


(つむじ)に返す木枯(こがらし)━━━東雲(しののめ)ッ!!)


 アルテミシアにすら明かさなかった、セツナの切り札。

 今のセツナが放つことができる、全力全霊の一撃である。


 この一撃を、アルテミシアは避けられなかった。

 あまりの速度に、撃ち出されるその攻撃を知覚できないからだ。ゆえに、彼女は回避行動ではなく、()()()()()()()()()()()()のだ。


「ゼェアッ!!!!」


 掛け声とともに、アルテミシアが踏み込みながら、短剣を振りぬく。

 彼女の眼は、セツナが放つその一撃の軌道を正確に予測し、彼女もまた自身の全霊を叩き込むことで、相殺しようと試みたのだ。


 バキャアン!!という音と共に、粉みじんになる彼女の短剣。粉砕される、彼女の最後の武器と引き換えに、その一撃から身を守ったアルテミシア。


 だが、セツナの追撃は、止まらない。


「………ッ!!」


 身体強化は使えない。2ランクアップを一瞬使った直後のセツナには、再び身体強化を使うほどの余裕はない。体もまともに動かせない。それを、魔力放出によって無理やり体を撃ち出し、空中で体勢を整えて、無理やり追撃としたのだ。


 消耗は、無論激しい。これを外せば、正真正銘の敗北。


 アルテミシアは、その攻撃を避けられるほどの余裕はなかった。

 彼女もまた全霊の一撃を放った身。体はその場から動かせない。魔力放出を使い、体を無理やり動かすような魔力も尽きている。


 ……ゆえに、”最後の一矢”が、あらわになった。


(なに……?!)

(受け取れ、セツナ……!)


 矢筒の中、幻影魔法で隠されていた、最後の一矢。アルテミシアの最後の奇策。セツナにとっての絶好のチャンスを、最大の隙に転じさせるための、鬼札。


 それを握りしめ、アルテミシアは突進するセツナと対峙する。

 首元めがけて振るわれるセツナの刀を、左腕と弓を肉盾として一瞬の時間を稼ぎ、


「おおおおおおおっ!!!」


 セツナの心臓に、アルテミシアの矢が突き立った。



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