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「まさか、ギルドの野暮用が試験官だとは思わなかった。」


 アリーナに入ったアルテミシアには、周囲の観客のことはあまり見えていなかった。平時であれば,視線を感じて緊張してしまうだろう。


 セツナもそれを認めた。まっすぐ意識がセツナに向いている。周囲の雑音を気にせず、まっすぐに獲物を見詰めるアルテミシアを、セツナは知っていた。

 なんという隙のなさ。セツナは初めてアルテミシアから、見えざる圧というものを感じ取った。

  

「ちょっとしたサプライズですよ。気に入りました?」

「ああ。全く気に入ったよ。」


 互いに交わす言葉は、それだけ。

 セツナもアルテミシアも、情は深くとも、戦いの場で長話をするような悠長な性質でもなかった。


 互いに武器を構える。

 セツナの獲物は刀一本。対してアルテミシアは愛用の鉄弓である。もう一つ副装備に短刀を所持しているのを知っているが、アルテミシアはそれを振るった場面を、セツナは料理や素材解体などを除いて一度たりとも見たことがない。つまり、彼女のソレの間合いに近づいた獲物がただの一匹も居ないということ。


 アルテミシアは高度な魔術の使い手でもある。たった二つ、魔力の扱いと戦闘経験を除けば、実のところその他すべてアルテミシアが上回ることを、セツナは理解していた。


 彼女は、彼女自身が自覚している以上に強敵である。

 その強敵を、セツナは”観客に実力を偽らせながら”倒さなければならない。


 ……開始の合図はすでに下っている。両者ともに一歩も動かず、互いの動向を見据える。


 二人が動いたのは、試合開始一分を過ぎたころ。

 観客の中の誰かが、まったく動かない二人に対して怒号を吐いた、その瞬間であった。


「っ!」


 一足、一刀。身体強化を織り交ぜたセツナの一振りを、アルテミシアは残像を残して回避した。

 その精度はセツナが虚像を斬り裂いた、その瞬間まで気づかなかったほど。


「……?!」


 瞬間、アリーナの砂を踏みしめる音がセツナの背後で響く。この瞬間に背後を取られることがあるのか、と驚愕を隠せないまま、振り返りざまに刀を振るって……セツナは絶句した。


 そこには、何もいなかった。


(しまっ……)


 アルテミシアの本体は、虚像のほんの少し先。幻影の陰に身を潜めていたというわけだ。

 《影脚》。ほんの少し、小さな足音を任意の場所で発生させるだけの魔術。

 よく考えれば、アルテミシアは()()()()()()()()。それがわかっていても、幻影を斬ったその瞬間、セツナは反応せざるを得なかった。

 

 アルテミシアの狩りは、狡猾な獲物でさえ翻弄する。アルテミシアの張った二重の罠に、セツナはまんまとかかったというわけだ。


 魔力への感応性の高い彼女の前で術式を行使すれば、セツナにはわかる。そのはずだが、何の冗談かセツナにはその予兆を感じることさえできなかった。この現象は、あの北部統括ギルドマスター・サンキアが起こしていた不合理な状況に似ている。


(隠していた牙が、あまりにも大きすぎるっ!)


 セツナは、そのまま体を一回転させる。振りぬいた勢いのままに回転し、放たれていたアルテミシアの矢を叩き落した。


 この一連の流れは、およそ数秒の出来事。

 たったそれだけの戦闘で、セツナは彼我との実力差を、あらためて思い知らされた。


 英雄ゼンの娘。生ける伝説の指導を受け続けた彼女が、シルバーランク程度に、後れを取るはずもない。

 

「………っ!!」


 無意識に、笑みが浮かぶ。セツナの中には、すでにアルテミシアを目立たせないという目的は消失していた。それは、もう達成できない。すでに、彼女は才覚を露見させてしまったからだ。


 ならばせめて、己の全力を。果敢に、一歩踏み出す。


「━━━━━。」


 対するアルテミシアの双眸は、狩人のソレであり。

 狙い定めた獲物をどう狩るかという、冷徹無比な思考を宿していた。


(ならば!)


 走り出したセツナは、正確に撃ち込まれる矢をかいくぐる。

矢は本来一発ずつ放たれるもの。どういうわけか目の前の彼女は二発だとか三発だとかを同時に叩き込んでくるが、もはやその程度では驚かない。


 放たれたそれらを切り伏せ、強引に詰め寄る。

 アルテミシアの土俵に踏み込んでは勝てないとわかったならば、こちらの土俵に引きずり込むまで。


(この距離なら……っ?!)


 接近を拒む矢の雨をかいくぐり、あと一歩という間合いまで近づいたセツナ。

 最後の一歩を踏み出そうとして。彼女は目を見開いた。


 甲高い金属音と、破砕音。

 セツナを上回る瞬間速度で、アルテミシアはセツナの”最後の詰め”となる一歩が、踏み出される直前に短刀を振るったのだ。


(疾すぎる……!)


 反応できたのは奇跡、といえよう。

 抜刀から攻撃までの速度は、普段のセツナの反応速度を完全に上回っていた。間違いなく、Sランクオーバーの速度。セツナが最後の詰めの際に身体強化を使っていなければ、首が飛んで決着がついていただろう。


(これが、”厳歩”……ですか……!)


 衝撃波とともに思いっきり後方へ吹き飛ばされるセツナ。空中で姿勢を整えての着地を行い、刀を構えなおす。そうして目に映ったのは、アリーナの地面にひびを入れるほどの強烈な踏み込みと、短刀を振りぬいた彼女の姿。


 ゼンの”一歩”を、実のところセツナは覚えていなかった。

 彼女は殺気だけで迎撃姿勢を取っただけで、実のところゼンの姿は影すらも捉えられなかった。


 ゆえに、これが初めて見る”一歩”。

 激烈な踏み込みと、反作用で受ける大地の力を自身の身体で増幅させて放つ一撃必殺の武技である。


(ですが……勝機はある!)


 だが、セツナは見逃さなかった。

 ほんのわずか存在する、かすかな隙を。


 アルテミシアの”一歩”は驚異的だ。魔力操作技能を用いずにこの領域の技を撃ち出せるというのは、常識を疑う所業だが、魔力操作を伴っていないということは、身体に過大な負荷がかかっているということでもある。


 ランク違いの力をその身に宿す行為は、自殺行為だ。身体強化による1ランクアップであっても、長時間の戦闘は肉体や霊体に負担をかける。特にセツナは毎度のようにどちらもぼろぼろにしており、心身への負担の強さを一番よく理解しているといってもいいだろう。


 1ランクなら、まだ多用できるだろう。だが2ランクアップはそうもいかない。たった1秒身に宿すだけで、体が砕けそうになる激烈な反動に襲われる。力の操作を常に行っているセツナで2秒が限界だ。


 普段それをやらないアルテミシアにとっては、その制限がどれほど短いだろうか想像するにたやすい。

 表情を崩さないアルテミシアだが、魔力の波動から感じられるわずかな乱れから、セツナは彼女の消耗具合を悟った。


(問題は一つ。もう、これは()()()()()。)


 ただ、セツナにはその勝機を突くために必要な、最大の問題が一つ残されていた。 

 今回のセツナの詰めは、明らかに誘われていたといっても過言ではない。

 ……つまり、同じ手で2度目はない。

 時間制限がある中で、自身の間合いにアルテミシアをもう一度引き込めるかどうか。セツナにはその、最大の課題が残されていた。


 

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