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シルバーランク以降の傭兵が持ちうる権利、特権は数多い。
ただ、シルバーランクになった傭兵に対して、顧客側が”行えるようになる”権利も一つある。
それは、”専属契約”だ。
専属契約とは、特定の商会、軍、国家、貴族などが傭兵に対して持ちかけるもので、傭兵ギルドに所属するシルバーランク以上の傭兵は、ギルドが示す一定以上の対価の代わりに、傭兵を実質的に引き抜ける制度のことだ。
一度専属契約を結ぶと、傭兵ギルドからは脱退扱いとなる(正確には契約脱退という扱いとなり、通常の脱退とは異なる手続きを取る)。ライセンスも効力を失い、専属契約を結んだ傭兵は、雇用主の部下、もしくは雇用主が所属する商会などの組織の一員になるのだ。
これは、もともと最初期の傭兵ギルドが役割が各国家への傭兵の斡旋であったためであり、その名残が今もこの制度として残っているというわけなのだ。
このギルドが定める一定以上の対価、というのは、ギルドが傭兵に対して内部的に付けている評定がかかわる。その傭兵の実力や行動、素行などから点数が付けられており、契約の際の手数料として取られる最低金額のことだ。なお、傭兵本人に支払われる契約時の代金の1割が手数料であるため、ギルドが定める手数料の十倍の値段から、傭兵に対して契約を持ち掛けることができるようになる。
実質的な人身売買でもあるのだが、傭兵本人は一応この勧誘を拒絶することができる。建前上は。
だが、相手が一国の領主だとかだと、また話が変わってくる。傭兵が高すぎる権力者からの勧誘を断ると、最悪その地方での仕事を受けられなくなる可能性があり、場合によっては自分の首を絞める結果につながりかねないという事情があるのだ。それは時に、強制力を伴っているも同然の「通告」となる。
「なぁアンタ!あんたの最低契約料はいくつなんだ!その2倍、いや3倍は出す!」
「こっちは5倍出す!なぁ考えちゃくれないか!」
「申し出はありがたいですが、今は試験中ですので、試験が終わってから、ギルドを通して書面で条件をご提示いただければ、考慮させていただきます。」
セツナはめったに見せない営業スマイルで対応していく。
さすがに試験中ということもあり、これ以上居座ってスタジアムから叩きだされては本来の役目を果たすことはできない。それをわかっている目利き達は、セツナの要請に従い、しぶしぶ観客席へと戻っていった。
なお、セツナの契約料金は、ただのシルバーランクと契約するのには割の合わないほどに吊り上がっている。傭兵ギルドは、本当に手放したくない傭兵については契約料金を吊り上げることで勧誘から守っているのだ。(無論、本人の意思を尊重するため、専属契約を願い出た場合は契約料金を適正価格に戻す。)
そして、目利き達がここにいる最大の理由は、シルバーランクに上がった瞬間の傭兵、もしくは新たに傭兵ライセンスを獲得した傭兵に対して、勧誘をかけるためである。
(……いい具合に注目が集まっています。ただ、アルテミシアは素晴らしい才覚の持ち主……この程度では彼らの眼を欺けるとは思いません。)
そして、アルテミシアはギルドからのそういった保険が掛けられない。
彼女には傭兵としての実績がないためだ。
原則として、傭兵の契約料……ギルドが定める手数料は、依頼を達成するごとに更新される。
もともとブロンズから上がってきたほかの傭兵ならいざ知らず、いきなりシルバーに飛び込んできたアルテミシアの初期評価額は規定値だ。
これでは、入札し放題だ。上記の質の悪い入札者が引っ掛かる可能性が増える。彼女がその程度で不自由しないとも思えないが、念のためだ。
(それに、ともに冒険したいと彼女から告げられたのです。ならば、今更手放す道理はないでしょう?)
セツナは自分に正直である。そして、彼女は何も諦めない。ただ、自身が不合理な考え方をしていることに、彼女自身が気が付いていないだけだ。
* * *
「すげぇな、おい。」
「見たか今の、きれいな返し技だったな。」
「次は俺か。」
「俺も対策を考えないと……」
その後も、セツナによる第二試験は続けられた。
意気揚々と挑んでくる受験者たちを、セツナはものの見事に立ち合い、剣を交えて倒していく。
ステータスにはあまり差がない。剣を振るう技術にだってあまり変わりはない。
ただ、圧倒的なまでの戦闘経験と魔力操作技能に後押しされた彼女の戦術は、シンプルながらに強力なものに仕上がっており、生半可な小細工を力ずくで吹き飛ばし、力づくで来るものをさらに力づくで叩きのめす力があった。
その様子を中継で見たものに、多くの感想を抱かせたが。
彼女の強さはギフトや特別な力に裏打ちされたものではなく、ただ純粋な……ただし地獄の如き修練で手に入れたことは明らかであったために。
努力を重ねれば、いずれあそこにたどり着けるという自身と希望を、多くの受験者に与えた。
(相変わらず、凄い技術だ。)
(……今ならわかる。彼女が、どれほどの地獄を潜り抜けてきたのか。)
ただ、アルテミシアは、その技術がどれほど驚異的であるのかを、真に理解できていた。
数日ゼンの修行と手ほどきを受け、アルテミシアは自身の実力を理解した。セツナとの技術の差を、正確に理解できていた者の一人であった。
(………っ)
体に緊張が走る。
対人、対単体性能においても、セツナの強さは並のものではない。
魔力を伴わない一定以下の攻撃は流される上に、魔力に対する探知能力、対処能力は高い。同格ならまだしも、この場に彼女と真に同格と言えるものなどいないだろう。
たとえ彼女がスカーミッシャーを自称し、1対多数の乱戦が専門であると主張しても。
自身をスカウトだと自覚しているアルテミシアには、正面から彼女と立ち会うための力を、自分が持っているとは思わなかった。
(だが、構わない。……大丈夫だ。)
まじないのように、自分の胸に手を当てる。
心を落ち着けて、冷静になる、冷血は狩人に必要不可欠なものだ。狩りにおいては、何物にも自身を左右されてはならない強い心を持たなければならない。
(彼女に私のすべてを見せる。……私の狩りを。負けはしない。)
セツナは、この日知ることになる。
彼女が環境に恵まれたその時、彼女と相対した獲物が、どのような末路を遂げるのか。