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「はぁっ……はぁっ……っ、!」
強い。その一言しか、出てこない。
ハンクは、傷だらけの体を引きずりながら、再び剣を構えた。
あまりにも高い壁。これから自分たちがなる、シルバーランクとは思えないほどの実力差。
自分でもよく粘ったほうだと思う。あのスタンピードから生き残ったセツナ・レインには、おそらく出していない切り札がいくつも存在する。それを見ていない。見ていないのに、この実力差だ。
常時1ランクアップ。これ自体は再現できる。だが、消費魔力が馬鹿にならない。位階を超える出力を数分維持するのはBランクでは不可能だろう。これを魔法で……魔力操作だけで維持し続けているのは驚異的なことだ。
技量も違う。磨いた剣術が通用しない。時折、見切られたかのようにはじかれることもある。
狙いが見透かされているような、そんな感覚に陥ることがある。剣術そのものの技量はそう変わらないように思えるのだが、戦闘経験の差だろうか。
もう、あまり時間も残されていない。ハンクは覚悟を決めて、再び剣を構えた。
ふと、正面を見れば、セツナの眼はハンクを油断なくとらえていた。何一つ、最後まで見逃すつもりはないといわんばかりである。
(……やってやる。あんたに、見せてやる。俺たちも、強くなったんだってな!)
一か八か、最後の賭けに出る。
あの日、命を救ってもらった恩人に、自らを示すために。
* * *
「…………。」
来る。セツナは直感的に、ハンクの渾身の一撃の予兆に気が付いた。
体中傷だらけで、もはや満身創痍のはずの彼に残されたとは思えない魔力の波動を感じる。
セツナは僅かに構えを変えた。
青眼の構えから、手元をねじり、刀を上向きにする。腕を引かず、そのまま前に突き出すような形。
誰の眼から見ても、奇妙な構えであった。
(………!)
その構えが何を意味するのか、アルテミシアだけは理解した。
技が足りないと、突き付けられたセツナの課題。それに対する、彼女の答え。
セントラルへの帰り道。彼女が己を見詰めなおして編み出した奥義。
今のセツナが、たった一つ持ちうる、”剣の武技”であった。
「………ハァッ!!」
ハンクが跳躍する。彼我の距離は10m。それを、魔力の噴射を使ってまで行われた跳躍により、弾丸のように迫る。今のハンクは、Sランクに近い速度域で、セツナを捉えに来ている。自身の今持つ、魔力のすべてを使ったのだ。
そして、その直前に発動させた、ほんのわずかな時間の身体強化。たった2秒の1ランクアップ。
ロングディーラーである彼がこの技を放つのは、あまりにもリスクが高い。
それゆえに、セツナにはそれが、まさしく彼の全霊の一撃であるということを理解した。
前方への跳躍と、空中で1度宙返りして放たれる振り下ろし。
練度はあまりにも高い。破れかぶれの一撃ではない。彼は、この技に心血を注いできたことが見て取れる。
武技・円転斬。
彼が独自に編み出し、武技の領域にまで高めた、彼の渾身の一撃である。
跳躍の速度を威力へ転換するための振り下ろし。この速度をさらに早めるための前方宙返り。瞬間的なランクアップに合わせた一撃は、限りなく高いリスクと引き換えに、今の自分では届かないはずの領域へとその攻撃の威力を押し上げる。
(どれほどの経験を費やしたのでしょう。素晴らしい一撃です。)
加速する思考世界の中、体に魔力を巡らせながら、セツナはそう、称賛する。
見事なまでの完成度。自身の今から放つ技よりも、はるかに高い完成度だ。
ゆえに、彼女も全霊で返答する。セツナ・レインの真骨頂。
力の流動と、魔力操作の極致が織りなす絶技。
彼女の構えた刀の先に、ハンクの一撃が迫る。
否、刀の先で、セツナがその一撃を受けようとする。
無謀な試み、腕をねじった状態で、その一撃を受けきることなど、できるはずもない。
そう思った、その場にいたすべての人間が、次の瞬間に己の眼を疑うことになる。
(……武技。)
彼女の体が深く沈む。攻撃を刀の先で受けながら、右足を大きく引き、左足を軸に、回転。
刀の先で受けた攻撃を、そのまま自身の側方へと受け流す。
(旋に返す━━━)
剣の先で受けた威力でもって、セツナの身体は翻る。力の流動。刀の先で受けた力を、そのまま回転に。
それだけでは止まらない。
その受けた力に、自身の魔力を注ぎ込む。受け流しは本来、受けた力に威力が依存するものだ。それを、ほんのわずか、自身の中に力が残る状態の中で、セツナはそれを強化する。
(━━━木枯)
ハンクの全霊を、セツナは自身のすべてを乗せて斬り返す。
彼女にしか成し遂げられない絶技。完全強化反撃。
ハンクは、何が行われたのか全く理解できなかったが。
(いつか、超えてやる!)
(ええ、お待ちしています。)
いつのまにか自身の側面に回り、刀を振り下ろすセツナに向かって笑みを浮かべる。彼にできたのは、ここまで。
振り放たれた返しの一撃は、ハンクの胴を両断した。
* * *
「………あとの二人も、楽しみです。」
試合が終わった後も、精神的な疲れからか。ハンクは気を失い続けていた。
結界の効果により、致命傷だったはずの傷も癒えており、損壊した装備も元通りだ。
運ばれていくハンクを一瞥し、刀を納める。
彼がここまで腕を上げているとは思いもよらなかったセツナは、あとの二人についても思い返していた。
だが、試合後の余韻に浸ることを、セツナに許さない者が、数名。
「おい、ちょっと待ってくれ!今の技は何だ!本当にシルバーなのか?!」
「あんた、セツナって言ったな!もしかして、東方から来たのか!」
「400万ゴールド出す!ウチと契約してくれ!」
「…………。」
観客席にいた、試合を見ていた者たちである
彼らはみな一様に手元にノートやメモを持っていた。
そう。セツナの狙いの一つは、この者たちの注目を引くことだ。
……そうだ。今日、この日、意地でもアルテミシアを目立たせるわけにはいかない。いずれ世にはばたくにせよ、このタイミングで彼女を、彼らに”見つけさせて”はいけないのだ。これは想定内。彼らも仕事でこれをしに来ているので、彼らに対する、悪感情はセツナにはない。
彼らは、いわゆるスカウト、目利きであり。
シルバーランクにおける戦闘技能試験が残っている、最大の理由でもあった。