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「あ、あんたは……」


 受験番号301番。

 名前をハンクという。セントラルのはずれにある村で生まれ、仲のいい男三人で、傭兵になり、日銭を稼ぎながら仕事の日々を送っている。


 14歳の時に傭兵になり、ゴミ拾いから雑草取りまでなんでもやりながら、三人で切磋琢磨し、つい先日、ようやくBランクになったという男たちだ。


 彼らは、セツナのことを知っている。

 あの日、セントラル大霊洞にて、突発的に地形変動が発生し、その余波で起きただ小規模スタンピード。

 そこに巻き込まれそうになったところを、セツナに救われた、あの三人組の一人である。


「おや、あの時の……いえ、試験はもう始まっています。

 積もる言葉は、その剣でどうぞ。」

「お、おう……わかった、やってやるぜ!」


 あの日、あの男たちは、あの通りすがりの傭兵が生還したことを風の噂で知った。

 たった一人で未踏破領域に挑み、小規模スタンピードを誘導し、ただの一人の犠牲者も出させないように立ち回って見せた傭兵。その傭兵が、自分たちとランクが一つしか違わないことに、驚きを隠せなかった。


 セントラルでもブロンズランクの中では、上位の依頼すらこなす自分たちは、いずれ英雄と呼ばれるような人物になれると、信じて疑わなかったのだが、その慢心を打ち砕くほどに、セツナ・レインが彼らに与えた衝撃はすさまじかった。


(あれから数か月。俺たちも死に物狂いで特訓したんだ。見せてやるぜ……!)


 三人で話し合い、鍛えなおした。大霊洞へ潜る頻度を増やし、アイテムを使って戦うことも控えた。できる限り実力で、戦って技量を磨くことに努めたのだ。


「”蒼剣”……!」


 抜かれた剣が、蒼い光を帯び始める。意味を込めた詠唱で、彼の剣に備わった魔術を解放したのだろう。

 セツナからみても、あの日の彼らと同じ人物で在るかどうか、疑わしいほどに力をつけていた。


「いくぞっ!!」


 駆け出したハンクは、セツナに向かって、剣を横凪にする。

 速い。Bランクでも上位。……魔術を用いた性質強化。セツナは魔力の操作で身体強化を実現するが、彼は”魔術”によって身体強化を実現している。


 消費している魔力量が少ない。伝わってくる勢いに衰えがない。セツナにはそう感じられる。備わった術式だけに頼らず、自身で術式を調整している証だ。練度は高いとみた。


「せぇいやぁっ!!!」

「……ふんっ!」


 甲高い金属音。ハンクの一撃を、セツナは刀を鞘から抜き放ちながら受ける。

 まったく姿勢を崩さない。ハンクにはわかり切っていたことだ。あのスタンピードを切り抜けてきた傭兵が、ただ者なわけがない。


「炎よッ!」


 ゆえに、手加減はなし。全身全霊で、すべてを出し尽くして戦うのが、礼儀というもの。

 ハンクは剣を振りぬきながら片手で魔力を形成。魔法陣を形成し、起動呪文と共に魔術を発動する。


 至近距離から薙ぎ払うように、魔導炎が吹き荒れた。


 魔導炎は普通の炎ではない。魔術によって呼び出された、炎のような特性を持つ魔力だ。

 通常の物理的な燃焼現象を作り出して発動するのはコストがかかる。ものが燃えるには酸素が必要なほか、燃える触媒も必要だ。そういったものを作り出しながらの発動は、手間がかかる。


 しかし魔導炎は概念的な炎だ。炎に見えるだけで、実際は魔力。触れれば燃えるし、高熱を与える点まで同じだが、空気を喰わないので閉所でも使えるほか、制御も極めて高精度で可能だ。


 ただ、難点は一つ。


「甘いッ!」

「っ!」


 セツナのように、高い精度の魔力操作技能を持つ一握りの人間や魔物には、通用しないこと。魔力を放出、あるいは纏うことで、魔導炎の影響を遮断できるのだ。セツナは刀に魔力を纏わせ、直前で薙ぎ払うことによって魔導炎の影響が自身に波及することを防いだのだ。


 当然、シルバーランクでこれをやってのけるのは、セツナくらいだろうが。


 刀で炎を斬りはらいながら、ハンクの胴を思いっきり押し蹴り飛ばす。重い衝撃とともに数メートル吹き飛ばされるハンクだが、うまく空中で体勢を整え、着地した。


(見事な形成魔法陣……素晴らしい精度です。

 蹴りを当てた時の手ごたえも妙でした。

 彼は、おそらくロングディーラー(持久型近接戦士)……消費魔力を極限まで抑えながら、高度な戦闘に耐えうる能力を維持し続けるタイプ……!)


 蹴りの手ごたえは硬く、蹴り飛ばしたはいいもの、強化された装備がそのダメージの大半を肩代わりしていたようだった。消耗もあまり見られない。セツナも本気ではないとはいえ、Bランクでこの実力で長時間戦い抜けるというのはなかなか見ない部類だ。


 今回の戦いは敵のスペックを最大限まで引き出した戦いをさせることであって、敵を倒す戦いではない。

 セツナは、初めから本気で戦うつもりは、毛頭なかったのだが。


(……敬意を表さねばなりませんね。)


 わかってしまう。同じ傭兵として、戦士として。積み上げてきた修練の跡が見え隠れするハンクに、実力を隠すのは、失礼に値すると、判断した。


「ハァッ!!”炎よ!舞い散れ!”」

「……っ!」


 蹴り飛ばされた距離を、再び突進で詰めてくる。

 突進しながら、手のひらからいくつもの魔導炎を放ってくる。狙いの定まっていない連射だが、セツナの動きを制限するには十分すぎる。いくつも斬りはらうセツナの眼前、彼女が最後に炎を切りはらった隙を突き……


「どりゃあっ!!」


 魔力斬。魔力を剣の先から直線的に放つことで、飛翔する斬撃として放つ技。セツナがかつて大霊洞の岩盤を砕いたときに使った技だ。出力は並程度だが、剣の冴えは素晴らしく、薄い魔力でも十分なほどの切れ味を誇る。


 跳躍してよけようにも、こうも至近距離では避けられず、刀を引き戻す隙も無い。


「カァッ!!」


 セツナは、喝声と共に自身の魔力を表面へと押し出し、守りの意志を込めて活性化させる。はた目から見れば、彼女の身体が魔力光を発しているようにも見えるだろう。その光とともに、斬撃は打ち消される。


「なっ……!」

「まだまだっ!!」

「うぐっ?!」


 魔力には魔力を。只のBランクであれば叩き斬れただろうが、セツナは実に人外的な魔力運用を行う魔法使いだ。常識では倒せるはずの方法で、彼女は攻略できない。


 そのまま、セツナは返す刀で薙ぎ払う。

 活性化させた魔力をそのまま流動させ、身体強化。


 剛剣となった一撃が、ハンクを見事に吹き飛ばした。


*   *   *


(すさまじいな。二人とも。)


 一進一退の攻防を、アルテミシアはかたずをのんで見守っていた。

 アルテミシアも分かっている。セツナは本気でハンクを倒しに行っているわけではない。彼女が本気なら、2ランクアップを一瞬でも使えば試合が終わるだろう。ただ、彼女が実力を早々に隠すのをやめたのは見て取れた。


 セツナの身体強化は1ランクアップ程度にとどまっている。普通の人間から見れば、1ランクアップの身体強化はゴールドランクの傭兵の領域だが、セツナはそれを平然とした顔で保っている。


 ステータスの差は大きい。ハンクは押したくても押しきれない、厳しい状況が続く。セツナの純粋な実力の壁を、超える要素がないのだ。むしろ、長期戦闘型のハンクが、ここまでセツナと戦えることを称賛するべきだろう。


 セツナが何度、蹴り飛ばし、跳ね飛ばしても、彼は向かってくる。


「ハンクの奴、すげぇ気合いだな。俺たちも頑張らねぇと!」

「おう。これは負けらんねぇ……!」 

(セツナと戦う、か。彼女のことだ。何か狙いはあるのだろうが……)


 制限時間の10分が迫る。

 彼らの戦いにも、決着が見え始めていた。



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