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(314……314……みつけた!)
結果発表と同時、掲示された受験番号から自分の番号を見つけた時のアルテミシアの心情は、それはもう飛び上がりそうなほどに高揚していた。
一か月の勉学の成果である。あとはステータスランクの調査と、簡単な戦闘能力測定、それに面接だ。
この試験の最大の山場は筆記試験であり、あとは落とすための試験ではないということを、アルテミシアは聞いている。アルテミシアはシルバーランク傭兵の規定であるBランクのステータスを保有しているし、戦闘能力もたとえなかったところで落とされない。
事実、傭兵にも支援専門の傭兵や運搬専門の傭兵などが存在する。かつては戦闘能力測定こそ最大の関門であったらしいが、今はギルドで個人の戦闘力を把握するために使われており、点数などはつかないということだ。
ただ、セツナは戦闘能力測定にはもう一つ大きな役割がある……と言いかけていたことが、少し気にかかるが。
(ともあれ、難関は凌いだ。この後も油断はできないが、あの試験ほど未知のものではない。……大丈夫、私ならやれる。)
次の試験への準備の間、あまりこういったことに耐性のないアルテミシアは己の心を落ち着けるので精いっぱいだった。
* * *
(……っ!)
ギルドの書斎。ギルドマスター・キヤフは報告を受け取るやいなや、内心ガッツポーズを決めていた。
アルテミシア・エクストル。『厳歩』の一人娘。彼女の狩猟技術には目を見張るものがあり、その他調理技術や、戦闘における歩法においても、並大抵ではない才能を持つ。
キヤフとしては伝説の住人ともいえるあのゼンの技術を受け継いだ後継者ともいえる人材がギルドに来てくれたことがうれしくて仕方がないのだ。いずれ彼女は強くなり、その技術を磨いていく。いずれ後輩ができれば、その技術を伝えていくだろう。
セツナを北へ送って正解だったと、己の采配に今は陶酔する。初めはどうなることかと思ったが、蓋を開けてみれば、最高の原石を傭兵ギルドに連れて帰ってきてくれたのだ。
『厳歩』の後継者。これは値千金の人材である。
できればこのまま己の腕を磨くだけ磨いて、他の傭兵に広く技術を伝え広めてほしい、と願うばかりである。
(この後の試験で、彼女が落ちる要素は皆無でしょう。
……問題は……彼女が、目立ちすぎることですか。)
ただ一つだけ懸念があるとするならば。
エクストルの名はあまりにも有名である。その名が白日の下にさらされるこの日、彼女にどのような影響があるのか、測り切れない、という点だ。
(……彼らの眼に留まるのも厄介ですね。幸運なのは……)
キヤフが手元の資料に目を落とす。そこには、本日の受験者と思われるいくつかの人材のうち、有力な傭兵になると思われる者のリスト。推定評価SSSと書かれているアルテミシアの横に、もう一つ同じ評価の人物の資料がある。
(今日、誕生する英雄が、一人ではないということですか。……任せましたよ、セツナさん。)
部下から届いているセツナの行動についての資料から、キヤフは、セツナが自身と同じ結論に至っていることを推察した。今日、《特例》を認めたのもそのためだ。
彼女の立ち回りによって、アルテミシアへの注目度が変わってくる。彼女は自身の価値を理解している。
もう一人の方にもできれば同じことをしてほしいものだが、セツナにとっては知ったことではないだろう。こちらはギルドでサポートするしかない。手回しはすでに始めている。
自身が直接手出しできないことを苦々しく思いながらも、彼女は引き続き経過を見守ることにした。
* * *
「第二試験の会場はこちらとなっております。」
ギルドには、関連施設への転移ポータルがいくつも備え付けられている。今回、アルテミシア達合格者に案内された場所も、その一つだ。
受験者が一人ずつ、鏡門を抜けていくと、その先にあったのは……
「こちら、第二試験会場となっております。」
(ここは……セントラルアリーナか!)
受験者たちが色めき立つ。アルテミシアも、噂にしか聞いていなかった光景が、目の前にあることに高揚が隠せない。
セントラルアリーナは、商業ギルドが有する多目的娯楽施設の一つである。セントラル郊外に存在し、いくつものスタジアムが併設されている。その中の一つを貸し切って、試験が行われるのだ。
セントラルに住まう者なら、普段は見に来ている場所に自身が参戦するというところに、高揚を禁じ得ないだろう。事実、浮足立っている受験者が多い。功名心が煽られるのも、仕方ないというもの。
受験者たちは控室に案内された。控室は多人数用のもので、受験に使うのであろう模擬武器が大量に吊るされた金属製のラックが部屋の隅に備え付けられていた。個人用と思われる着替え用のスペースも仮設ではあるが作られている。
受験者たちが部屋に入り、席に着いたところで、職員の説明が続けられる。
「皆様にはこちらで模擬戦の準備をしていただきます。
、万が一の場合に備えて、アリーナ内部では常に二名以上の回復士が待機しています。たとえ死亡しても蘇生可能です。対戦相手への遠慮は必要ありませんし、安心して戦闘していただけます。
武器をお持ちでない方のためにこちらで武器を用意させてもらっていますが、武器は自前のものでも問題ありません。
制限時間は十分間。対戦相手を死亡、もしくは戦闘不能にした場合はその場で終了となります。
無論、アリーナにおいては特殊な結界を張らせていただいておりますので、死亡しても直ちに蘇生、回復されます、ご安心ください。」
アリーナにおいて革命的であるのは、夢現結界と呼ばれる最先端の魔術である。
夢現結界は、発生したいかなる事象も結界が解かれる、もしくは結界の外に出るとなかったことになる、という特徴がある。
腕を切り落とされても結界から出れば元通りであり、物を壊しても解けば元通りである。
このため、アリーナでは文字通りの死闘が繰り広げられることが多く、首が飛ぶなどのスプラッタは日常茶飯事だ。
魔力のコストパフォーマンスは極めて高く、維持に必要な魔力はかなり安価だ。代わりに、設置設営発動に手間がかかるため、こうした大規模な施設でしか運用されないという実情があり、戦闘でこの魔術を扱えるものはごくわずか、世界でも数人程度というほどのものだ。
「なお、この模擬戦の結果は試験結果には影響しませんが、合格後の評価に影響します。評価が高いとギルドからのサポートも手厚くなるので、皆様の実力を存分に発揮されますよう、お願いします。
また、対戦相手も皆様が実力を発揮されやすいように、シルバーランクの傭兵に依頼しております。
それでは、受験番号301の方から準備をお願いいたします。」
「お、やっぱお前からか!がんばれよ!」
「任せな!ブロンズでもトップクラスと言われた俺様の実力を見せてやるぜ!」
「自称だろ」
準備を始めるよう告げられると、男性三人組のうちの一人が立ち上がった。仲がいいのか、いつも一緒にいる三人組である。若い黒髪の青年で、槍を背負っているのが見える。
装備の点検を終えてから、スタッフの案内に従って、アリーナへと足を進めていった。同時に、先ほどまで説明を担当している職員が、何かしらの術式を高速でつぶやき、控室の壁に映像を映し出す。
スタジアムにしては小規模かもしれないが、アルテミシアには十分な広さのように感じられる。およそテニスコート二つ分ほどの広さだ。
(む、観戦者がいるのか。)
映像には端の方しか映っていなかったが、どうやら観客席にも人がいるらしい。これは試験で、催しではないはずなのだが、いったいどうしてだろうか、とアルテミシアは疑問に思ったが、すぐにそんな些事はどうでもよくなった。
(なっ……?!)
控室から、受験者番号301番がスタジアムに出るのと同時に、彼女が姿を現した。
まさしく、シルバーランクの対戦相手であるかのように。
(……なるほど、これは、一筋縄の試験ではなさそうだな。)
『どうぞ、全力で。貴方のすべてを、出し切られますよう。』
画面の向こうでは、笑みを浮かべる黒衣の剣士。
Bランク傭兵セツナ・レインの姿が、映し出されていた。