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(……………。)
試験は、90点以上で合格である。
問題は全部で80問存在し、内10問が3点の問題である。すべての問題が選択式であるが、問題文の煩わしさもあってか、間違える者も多い。問題数もそこそこあるので一問に一分程度しかかけられない。できる限り焦らず、落ち着いて問題を解く必要があるのだ。
全ての机に裏向きで問題用紙と答案用紙が配られるこの時間が、アルテミシアには果てしなく長く感じられた。まるで、獲物に狙いを定められている小動物にでもなった気分だ。
やがて、配る紙の音も、職員の足音も消える。息が詰まりそうだ。アルテミシアは動き出しそうになる体を、ぐっと抑えるので必死だった。
そして、緊迫の数秒の後に、運命の時は訪れる。
「では、初め!」
ばさりと解答用紙を翻し、その教室にいたすべての者が、猛然と問題用紙と回答用紙に向き合った。
(……ギルドで取得した馬車免許だけで、セントラルにおいてグリーディアに馬車を引かせることができるか否か……)
馬車免許……馬等地上けん引生物騎乗免許のことだ。馬に乗る、馬車の御者をする際にはこの免許が必要になる。他の国では必要ないこともあるが、セントラルでは必要だ。特に交通量の多いセントラルでは、交通規範がなければ渋滞の元になってしまう。
グリーディアは魔獣である。どこにでも生息する一般的な魔獣の一種でウィードという最下級の魔獣種を好んで食べる習性がある。剃刀の刃のような葉を持つウィードはFランクでありながら脚をからめとり、倒れたところに急所を葉で凪ぎ斬るという習性をもち、雑草に擬態する厄介な習性を持っているが、グリーディアはどういうわけか雑草に擬態したウィードを見分けられるようであり、平原に解き放つとたちまちその平原のウィードが絶滅する。
(………馬車免許では、Dランク以下の魔獣であればペット免許(※魔物魔獣調伏師免許)は要らなかったはずだ。だが、グリーディアは管理魔獣であり、管理魔獣や魔物は例外的にペット免許が必要になるだったな。セントラルが前提であるなら、すべての法令が適用される。これは、いいえ、が正解だな。)
(次の問題は……傭兵が携帯可能な武器防具類のうち、二等以上の魔術刻印が刻まれているものはすべて特殊装備取り扱い免許(特装免許)が必要である……いいえ、だな。
二等魔術刻印があるもので特装免許が必要なのは、その刻印だけで敵に影響を与える攻撃・妨害系術式のみで、厳密には自身にのみ影響を与える付与術式は特装免許は必要ないはずだ。)
一つずつ、問題を丁寧に解いていくアルテミシア。
セツナとのセントラルへの旅路の中で、彼女によるマンツーマンの指導を受け続けてきたアルテミシアは、実のところ本人が思う以上の実力を身に着けていた。道中で購入した問題集と合わせて、移動中はずっと勉強漬けだったのだ。
(傭兵は依頼を達成した際、達成報告を依頼に定められた期間までに行う必要がある。……いいえだ。依頼達成の報告は任意で、必要がない。達成の可否は契約術式によって自動的に判定される。達成報告は依頼を受けた傭兵の生存報告の意味合いが強く、古くから残る慣習の一つ……だ。)
シルバーランク以上の傭兵には、いくつかの特権が存在する。帝国以外の他国への滞在に制限を受けなかったり、現地国の銃刀法など武器を取り締まる法律に縛られなかったり、危険地への出征申請が簡略化されるなどするのだ。
代わりに、一定以上の教育と判断力が要求される。テストが本当に測っているのは関連法令への造詣の深さではなく、共通語への理解度と煩わしい条件から正しい正答を導き出す判断力、思考力だ。
アルテミシアは冬土語が体に染みついているが、父の教育により、共通語も話すことができる。その点も、アルテミシアはクリアしていた。
(よし、解ける。できるぞ……!)
自身を鼓舞しながら、問題を解き進めていくアルテミシア。
長いようで短い、90分の試験時間は、まさしく矢のように過ぎ去っていった。
* * *
「それまで!」
(はっ……!)
気が付けば、試験は終わっていた。
アルテミシアは一通り回答を終え、ミスがないかどうか再度チェックを行っている最中のことであった。
即座に筆記具から手を放し、巡回するギルド職員に答案用紙を預ける。
全80問。すべての問題を完答した自信があった。
傾向と対策は練りやすいもので、傭兵として覚えておかなければならない、肝心な部分を狙っての出題が多かった。資格マニアの気があるセツナが関連法案ほぼすべてを暗記しており、その法令の成り立ちや意図を知っていたのはかなり強かった。
彼女の指導は、一人でただ覚えるだけ覚えようとするアルテミシアに、体系的な知識として身に着くように誘導した。おかげで、飛躍的に覚えやすかったのだ。
(セツナが言った通りか。……あまり深い部分やきわどい部分は問われなかったな。)
加えて、問題が易しいのもあった。
あくまで基礎的な教育を受けているかどうか、内容はともかくとして悪辣な問題文に惑わされない判断力を問うているのが、今回の試験である。
とはいうものの、アルテミシアは改めてセツナの造詣の深さに感銘を受ける。
試験を通し、シルバーランクの傭兵がふつう覚えなければならない点は理解したが、彼女はそのはるか先を行く知識量を持っていた。どうして覚えていられるのか、どうして覚えようと思ったのか。今度聞いてみることにした。
「一次試験の合格発表は数十分後に行われます。皆様はこのまま待機をお願いします!」
しっかりできたとは思う。思うのだが。やはり、一抹の不安はぬぐえない。
(……間違っては、いないはずだ。できている。そう思うが……)
悶々とする数十分。一次試験の合格発表に、彼女の受験番号が乗るその瞬間まで、アルテミシアの緊張が解かれることはなかった。