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「ここが、セントラルか……!おおぉ……っ!」


 世界一の大都市、央都セントラル。

 そこに始めてやってきたアルテミシアは、それはもう子供のように辺りを見回していた。


「あの屋台の調理器具も、この店の前に並んでいる服も、あの店で売っている道具も、まるで見たことがない!地続きだというのに、違う世界に紛れ込んだようだ……!」

「気持ちはわかります。このままゆっくり見回るのもいいですが……」


 当然、というか、セツナも似たようなものである。初めてここに来たときは、見たことも聞いたこともないものだらけであり、きょろきょろと辺りを見回したものだ。セントラルは世界で最も技術が進んだ土地の一つである。文字通り田舎育ちのアルテミシアは、最新技術の粋といったものを何一つ知らない。


「まずは所用を済ませてからです。……そのあとで、街を見回ってみましょう。」


 と言ってみたはいい物の、そういえばセントラルの街をゆっくり回ったことはあまりなかったかもしれない、とセツナは思い返す。簡単な地理は地図を買ったのでわかっているが、観光気分で街を探索したことはなかった。ここに来てすぐ、スタンピードに巻き込まれて、アウルムの森に行って、ファールス連山へ行ったからだ。


 アルテミシアと街巡りするのも、悪くはない、と内心思うセツナである。


「そうだな。……まずは、その子だったか。」

「みゅ?」


 ただ、最初に片付けなくてはならない問題が一つ。

 セツナの連れているスノーキャット、メイの処遇についてであった。



*   *   *



 魔物や魔獣にも、ランクがあり、種族がある。

 しかし、分類が極めて難しい。


 魔物は、神秘によって構成された肉体を持つ、幻想領域によって生み出された種とされる。

 エレメンタル系、ゴーレム系、アンデッド系などが該当し、その生物の成り立ちに神秘による影響が不可欠であり、ほぼすべての魔物が生殖できないという特徴がある。


 生物の最大原則である種の保存ができない、という致命的な欠陥を抱えている代わりに、幻想領域において常に生み出される種でもある。時折異物が紛れ込むこともあり、魔物はその特徴を持った種が名前を付けられることがあるが、性質が安定しないことでも知られている。

 

 魔獣は、この神秘によって構成された魔物から進化した種、もしくは原生生物が神秘の影響を受けて変容した種と考えられる。

 こちらは生殖によって数を増やし、維持している。人類も、”魔獣”であるという説が強く、今も研究が進んでいる。魔獣には意思疎通が可能な個体も多く、高い知性が見られることもある。人類と友好関係を結んでいる種もいるほどである。


 スノーキャットは、実は分類が決定していない魔物の一種だ。

 生殖によっては増えないが、熱を得ることで勝手に増える。神秘がないところでも生活できる。しかし、自然発生することも観測される種だ。


 スノーキャットのほかにも、モチウサギやワタイヌなど、近縁種とみられる種も存在しているが、いずれも分類に悩む、謎の多い種である。とはいえ、危険が絶無に等しく、ペットとして飼われることも多い種なのだが……


 この度、メイはスノーキャットの上位種に進化した可能性が浮上したのだ。


 進化、とは二種類存在する。

 一つはランクアップでの種族的な進化。狭義では、こちらが”進化”と呼ばれる。タイニークロウがシャドウクロウになったり、リトルフォックスがブリザード・ヴィクセンに進化したりするように、成長度合いに伴って呼び名が変わる魔物が存在する。


 これは、ある一定の水準を超えると、新たな性質を獲得したり、急成長したり、見た目が大きく変わったりなどするためだ。同種ではあるのだが、その成長度合いによってまるで異なる性質を示す魔物も多いため、呼び名を変えている。そのラインを踏み越えることを進化、と呼ぶのだ。


 もう一つは、羽化である。

 羽化は極めて例外的な変化である。多くの死線を潜り抜けた個体が、その後の脅威に備えるために自身を変容させることがある。これを、羽化という。


 普通、羽化した個体は”命名指定級”として特別に分類され、通常種とは全く異なる新種として取り扱われる。魔獣に多様な近縁種がいるのは、過去にこうした羽化によって変異した魔獣の子孫が種を増やしていったのではないか、とする研究結果もある。


 羽化後の個体は極めて凶悪な性質を持つことが多く、アウルムの森・黒霧領域の命名指定級などは、Aランクであるのにも関わらず、現在も討伐が困難であるとされていたりする。


 閑話休題。


 メイのことに話を戻すと、メイの身にはこの二種類の進化のうち、どちらかが起こったことが推測される。

 しかし、スノーキャットは弱い種族であり、今回のような偶然がなければ進化する前に死んでしまうほど儚い種だ。経験を積ませようにも、経験を与えようとする負荷に耐えられないのである。


 セツナのバックパックの中で、荷物を気遣うセツナと共に大量の魔獣が行き交う中を生還したために起こった奇跡のようなものであった。


 この場合、セツナにはギルドへの報告義務が課せられる。

 管理している(進化当初はしていなかったが)魔物に不自然な変化が生じた場合、安全のために報告を行い、必要に応じて対処しなければならないのだ。


 セツナが現在所属しているのはセントラル傭兵ギルドであるので、こうして戻って報告に来ている次第である。


「…………と、いうわけでして。」

「状況は理解しました。……ひとまずは静観といったところでしょうか。」


 窓口で応対しているギルドマスター……キヤフ・モナークの判断は、冷静なものであった。

 もとより、セツナが変異種と思われるスノーキャットを連れていることについては、”狼”やゼン、サンキアからすでに報告を受けており、問題ないと判断していた。


「たとえ変異種であっても、セツナさんには相応する免許がありますので、ひとまずは問題ないでしょう。

 ただ、危険な性質を持っている場合や、無制限に増殖し始めた場合などにつきましては、こちらの指示に従っていただきます。よろしいですね?」

「はい。ありがとうございます!」


 理由は、上記の通り。セツナに適切な知識があるためだ。

 セツナの持ち込んだ案件の非常識さ(なぜ、スノーキャット)を無視すれば、セツナは管理している魔物が変異したという申請をしに来た一傭兵。彼女に相応の免許と強さがあるのなら、許可してもいいという判断であった。

 もちろん、念のためセツナには報告書を提出してもらい、スノーキャット・メイの処遇についての契約魔術に署名してもらうことにはなるが。


「さて、どこへ行きましょうか、アル。」

「通りの初めの方にあった、あの屋台が気になっている。グリーディアの肉の丸焼き、なんともおいしそうなにおいだったのだ。」

「いいですね!では早速そちらに行きますか!」


 手続きを終えて、去っていく二人の後姿を見る。


(一時は胃に穴が開きそうだとも思いましたが。……彼女たちの笑顔を見ると、どうでもよくなりますね。)


 キヤフから見れば、あまりにも遠く、懐かしい少女時代。セツナはたくさん心配させてくる困った傭兵ではある。


(彼女を泣かせると、ゼンが怖いですよ。……セツナさん。)


 だが、そんな彼女たちも、人類の未来を担う若者である。

 そんな彼女たちが楽しそうに街へと繰り出していくのを見ると、彼女たちを見守っていてよかったと、内心思えるキヤフなのであった。



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