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 翌日。


「セツナよ。お主が倒したあのオールドギアだが、こちらで預かっている。少しすればそちらに送るように手配しておこう。」

「え、よろしいのです?」

「試練には報酬がつきものであるからな。飴と鞭も、使いようだ。」

「ありがとうございます!」

「うむ。」


 オールドギアの素材は、実のところ鍛冶師にはかなり喜ばれる素材である。

 どのオールドギアも、現代の技術では生み出せない特別な組成の合金で、魔力の伝導性が高かったり、部位によっては魔力をはじくなどの特性を持っていたりする。

 いずれにしても、鍛冶師が装備に特別な刻印術式を刻むうえで便利なものであり、SSランク以上の高級品にはまず使われるといっていい代物である。


 ゼンの願ってもない申し出に、セツナはワードの喜びそうな顔を思い浮かべる。彼女は素材を宝物のように見ている節がある。彼女がどんなふうに喜ぶのか、今からその顔を見るのが楽しみなセツナであった。


 セツナはすでに荷造りを終えている。セツナの損壊した装備については修理はしていないがそのまま残してある。修繕費用はバカにならないが、いつかは支払えるだろう。この装備はなかなか高額なもので、防具としてはまだ有用である上に、今後セツナが寒地に行くなら頼れる相棒となるだろう。


 荷造りが済み、馬車も村の出口に着いた。準備万端というところで、セツナの頭の上に、白い毛玉が飛び乗る。


「みゅ~~~♪」

「あはは、結局貴方もついてきますか、メイ。」

「みゅっ!」


 スノーキャット。セツナについてきていた個体は、最後までセツナとともにいた。修業中も時折カバンから出てきてはセツナにへばりついたり、ご飯を盗み食いする悪戯っ子であったが、当初の宣言通り、彼女が帰ってきても一緒についてきたので、名前を付けることにしたのだ。


 (メイ)。あまりにも儚い命のはずが、セツナとともにあることで、強靭な特性を持ち、新たな種へと進化した希少個体。セツナはその名前に、儚さのない、あふれんばかりの生命力を願ったのである。


「………彼女は、来ませんか。」

「別れが惜しいのかもしれんな。お主との冒険も、悪くないものだったのだろう。」


 しかし、この場に一人。アルテミシアだけが居なかった。

 セツナが起きてからずっと、彼女を見かけなかったのである。


「……別れは複雑です。最後に一つ、あいさつくらいはと思っていましたが……」


 どこか寂しそうな表情のセツナ。短いとはいえ、苦楽を、冒険を共にした仲間との別れはつらいものだ。乗り越えねばならないものだが。……それでも、最後に会えないというのも、なかなか心に来るものがある。


 思えば、昨日の夜から様子がおかしかった。彼女も彼女で別れを惜しんでくれていると思うと、セツナもうれしい限りではあるのだが。そんな彼女に、ゼンは声をかける。


「ほう。アルとの別れは寂しいか。」

「ええ。彼女とは短い間でしたが、仲良くさせていただきました。

 命すら、預け合った仲です。……一緒に冒険ができれば、と思ってしまうほどに。」

「………それはよかった。娘の準備も、無駄にならんですんだようだな。」

「……え?」


 ゼンの言葉に何かに気が付いたのか、セツナは顔を上げて振り返る。すると、村の建物の壁を、縦横無尽に蹴りながら、通りの向こうからやってくる影が。その影が誰であるか理解した瞬間、セツナの眼は見開かれた。


「アル……!」


 最後に一つ、村の門を蹴って、アルテミシアはセツナの馬車……御者の席に座っている彼女の隣に着地する。ここまで、まったくの無音。着地した時の衝撃すら、馬車を通してセツナの身体には伝わってこなかった。


 大荷物。彼女の体躯ほどは有ろうかという大きなバックパックを背負っている。

 彼女にとっては、初めての長旅だ。準備に時間がかかるのもうなずけるだろう。


「お前と一緒にあの森を抜ける間、私は楽しかった!

 お前から聞く話、すべてが新鮮で、国から出たことのなかった私には、輝かしく映ったのだ!


 どうか共に行かせてくれ!私は、お前と冒険がしたいんだ!」


 子供のように輝かしい瞳を見せるアルテミシアに、セツナはふと、かつての自分を重ねた。

 狭い世界しか、孤児院の中の世界しか知らなかったセツナに、広大な外の世界へのあこがれはどうしても止められないものだった。


 アルテミシアも、同じだ。広大な外の世界へのあこがれが、彼女を突き動かしている。そのように、セツナには思えたのだ。


「……ええ、もちろんです、もちろんですとも!」


 それまでの沈んだ気分が払しょくされたかのように、セツナは会心の笑みを浮かべて、手を差し出した。。

 その笑みに気をよくしたアルテミシアは、セツナの差し出した手を取りながら、ゼンに告げる。


「父上、構わないな!私は行くぞ!」

「行って来い、アル。名を挙げて、それを便りとしろ。いつまでも軟弱のままなら、儂が鍛えに連れ戻してやるからのう。」

「ああ!もちろんだとも!」


 そんな娘を、ゼンは止めない。

 セツナは、危うい。彼女は、自身の命を簡単に天秤に乗せてしまうだろう。


 だが、彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 それはもう、この上ない信頼をもって告げられる。悪いようにはならない。


 ……それに、娘が共に在りたいと願うのに、どうして道行を止められるだろうか。


「それでは、失礼しますね。また、必ず伺います。」

「行ってくる!父上、お土産は期待していてくれ!」 

「うむ。達者でな。」


 その日は珍しい光景が見える日であった。

 遠く離れた霊峰の黒空がはっきりと見える。


 彼女たちの道行きに、不安など何一つないことを示すかのような曇りなき、快晴の空模様であった。

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