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「そうですか。……ヒヤリとさせられましたが、彼女の糧になったようで、結果的には良い方向に向かったというべきでしょう。」


 全てが終わり、詳細な報告書を読み終えたキヤフは、痛む頭を押さえながらも、状況をようやく飲み込んだようだ。


 Bランクでありながら3ランク上の敵を、大きなハンデを抱えていたとはいえ、これを討伐。たった四日……踏破時間でいえば、三日での静寂点到達。


 また、特記事項として脅威的な魔力操作技能と、『特異点』発現の予兆が確認されている。


 これらそのものは、実は珍しい報告では無い。

 この世界には才能に溢れており、セツナだけが特別と言うわけでは無い。この程度なら。あるいはこれを凌駕するような耳を疑うような報告は、前までにもあった。


 だが、セツナの脅威的な点は、Bランクの時からその片鱗を見せていると言うこと。


 才気の片鱗は、普通Sランクから見え隠れするもの。経験を積み重ね、他者よりも抜きん出た自身の強みを見つけ、ものにして、それらを実践的に投入し始めるのが、大体このランクからなのだ。というか、それまでは対して注目を集めない、という事情もある。


 セツナ・レインという少女は、Bランクにしてすでにスタンピードから生還しているという事実があるのと、ギルドの特別依頼を受けているという事情がある。セツナがセントラルで初めて受けた依頼は、ギルドが依頼を受けた傭兵の力量を測るための依頼の一つだ。持ってきた魔晶石の質でその傭兵の業務に対する姿勢やどれだけも魔物を倒しうるのかというのを測るのである。


 セツナが疑った”すぐに張り出される悪くない額の依頼”というのは、他でもないギルドが出している依頼だったということだ。何度も張り出されるこの依頼は人目を引く。セントラルの傭兵なら、ゴールドになるまでに一度は受けているはずであり、昇格時やギルド職員としての採用などの際にこういった指標となる依頼での評価も加味されるというわけだ。


 そんなこともあり、セツナは早期から注目されていた。注目していてよかった、というのがキヤフの内心である。


「ですが、しばらくはこうしたことは控えてもらいたいものです。せめて、Sランクになるまでは……」


 だが、セツナはのステータスはまだ低い。彼女ほどの才覚であれば、Sランクにもなればよほどのことがない限り死ぬことはなくなるだろうが、今はそうではない。早く昇華を済ませてくれないだろうか、と願うばかりのキヤフであった。


 

*   *   *


 一方で、冬の街・クーユルドでは、セツナたちの鍛錬が終わったところであり……


「あぁ………もう、げんかい、です……」

「まったく、その、とおりだ……」

「みゅ~~~~♪」


 二つの屍が、宿屋『永久の跡』の来客用ソファーに放り出されていた。セツナの方はあの白い毛玉を枕代わりにしている。


 ぬぐえぬ疲労。薬のたぐいには頼ることを許されず、セツナたちは自力でこの疲労から立ち直ることを、最後の鍛錬として課されていた。


 セツナが雪原で気を失って翌日。気が付けば、ゼンのキャンプで寝ていた彼女。体中の傷は治療され切っており、腕も元通りであったが、いざ目覚めたことがゼンに伝わった瞬間から、地獄のフルコースが始まったのだった。


 未熟千万。セツナは確かに偉業といわれてもいいほどのことを成し遂げたが、セツナはその発揮できる実力に対して、戦闘技術が追いついていないと指導を受ける。


 確かに、セツナは魔力操作や引き出せるステータス的能力は随一であろう。だが、Bランクとしては高い水準に居ても、ランクアップした後の土台に立つと、確かに不足が見られた。これは、セツナが剣術や武術にそれなりにしか取り組んでおらず、魔力操作や魔法を使った戦闘術に経験をつぎ込んでいたツケであった。


 実際、Sランクであのオールドギア・スローター(視覚センサーハンデなし)の討伐報告があると知った時には、セツナは乾いた笑いしか出なかった。世の中、上を見上げればきりがないのだ。


 アルテミシアは継続して高魔力濃度環境への順応の訓練、セツナには武術の指南が施された。といっても、ゼン本人は足回りのことしか教えなかったのだが。剣術を本当に学びたいのなら、別の師を探す方がいい、と勧められたのである。


 とはいえ四日間、という短い期間で、セツナは詰め込まれるだけ詰め込まれた。修業中も身体強化を何度も使わされた挙句、倒れることを許されず、睡眠もほぼなしという地獄であった。


 そして改めて、アルテミシアが習得している脚術が、いかに高次元であったかを、思い知ったのである。


 セツナが10年ほどかけて魔力操作に経験と時間をつぎ込んでいたのと、同じ領域。

 無音での跳躍、というのは、その実とんでもない奥義の一端だったということを。


 脚がもげそうなほどその手の修練を重ねたセツナは、もう一歩も歩ける気がしなかった。

 アルテミシアも、吐き気がまだ収まっていない。1ランク上の魔力濃度の中で数日晒されては、こうなっても仕方はないのだ。むしろ、そのあたりを吐しゃ物まみれにしないだけ、成長したといえよう。


 数時間そうして疲労の回復に努めて、なんとか歩けるようになったころ。宿屋のドアが開き、ゼンが戻ってきた。


「おかえり、父上。」 

「戻ったぞ。……ふむ。もう歩けるようになるとは。儂も甘かったらしいな。」

「「………。」」


 二人して、顔を青ざめさせる。あれで甘いといえるのは、この地上ではゼンだけではなかろうか、と二人は今この瞬間、思考が完全に一致した。


「冗談だ。ひよっこどもはもうしばらく休んでおれ。

 明日には出立するのだろう?セツナよ。」

「え、ええ。あまりお世話になれませんし、私、昇華があるので。」


 セツナの昇華の頻度は少ない。数か月に一度、時期は変動し、時には一年に一回ということもある。

 彼女は典型的な晩成型で、それゆえに昇華の時期が近づくとスケジュールを調整しなければならない。


 ワードのように数十分で終わらず、彼女の昇華は数時間ほどかかってしまう。その間精神を集中し続けなければならず、そのために必要な環境も整えなければならない。


 セツナの昇華は大体一か月と少し後だ。ここからセントラルまでがそれより少し短いくらいである。不慮の事故があるかもしれないことを想定すると、セツナは今日か明日には出立する必要がある。


「そうか。ならば今日はゆっくり休んでおけ。今日は道中の魔物がまだざわついておるからの」

「というと?」

「『凱旋』の小僧が暴れすぎたのだ。おかげでその気配におびえた魔物どもが、つい昨日ほどまで東への移動をしておった。」

「あ~……」


 セツナは何となく状況を理解した。アルテミシアは首をかしげているのだが。


 カインほどの傭兵が戦闘を行うと、甚大な影響を周囲に及ぼすことがある。

 莫大な魔力を扱う彼らの戦闘は、周辺の魔力に敏感な魔物を狂わせ、あるいは恐怖させることがあるのだ。普段はそうならないように、力を抑えているのだが……


 ヘルンの地底(XXランクの危険地帯)ともなれば、それは仕方がないのかもしれない。


 セツナは帰り道、馬車いっぱいに荷物を積んでいるので、魔物に襲われるリスクは可能な限り少なくしたい。ゼンの助言を素直に受け入れることにした。


「……そうか。明日には行ってしまうのか。」

「ええ。名残惜しいですが。」


 どこかさびしそうなアルテミシアの表情に、セツナは後ろ髪を引かれる思いであったが、こうした別れも旅の常。何度経験しても、慣れないものではあるのだが。別れは永遠ではない。またここに来ることもあるだろう。


「仕方なかろう。それに、今生の別れというものでもないだろう。

 ……ほれ、夕食の準備をせんか。いつまでもへばっていてはならんぞ。」

「お手伝いしますよ。……アルの技術を少しでも多く盗まなければ。」

「………。」


 その後も。セツナが出立するという話があってから、アルテミシアは表面上は取り繕っていたが、どこかずっと悩み続けるそぶりを見せていたという。


 

 

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