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「っ………ぐぅっ……っ!」
地面に激しくたたきつけられ、何度も跳ねながら吹き飛ばされる。最後にゴロゴロと転がりながらも、その勢いを使って立ち上がったセツナは苦悶の表情を浮かべていた。
あの一瞬。セツナに見えたのは赤黒い閃光と、爆風。とっさに跳躍して逃げたが、セツナには回避しきることができなかった。
……彼女の右腕がない。明らかに放たれるまえに動いたはずのセツナだが、敵の行動予測は精度が高く、今まで見せてこなかった一つ目の切り札である魔力放出をしていなければ、今頃セツナは体の中心に風穴を開けられていただろう。
幸いにして、出血はない。腕を失ってすぐに肩口が凍ったためだ。極低温下であるために、セツナの流血は最小限に抑えられている。
代わりにタイムリミットができる。体が寒い。装備の効能とまだ残っているポーションの効果があっても、腕を失った傷から流れ込んでくる凍気を止められない。少しづつ、凍っていく範囲が広くなる。
「んっ……!これでなんとか……」
瞬間治癒薬を三つ、口の中に放り込む。アイテムホルスターから取り出したそれらには、わずかに損壊した肉体を修復する力がある。即効性が高いものを選んで購入しているため、すぐにでもその効能は顕著になる。効いている間はセツナの凍傷の進行を抑えてくれるだろう。わずかでもいいので、時間が欲しかった。
”治療”薬は貴重であり、自身の命を救う最後の要だ。浪費はできない。今はこちらでしのぐしかない。
「……今のは……熱線、ですか。」
先ほど、セツナを襲ったのは、赤黒い閃光であった。
あの感覚器のように見えた魔力波動の出力機構は、同時に魔力を利用したレーザー兵器でもあったのだ。セツナの肉体も、装備も、まるで抵抗できないまま焼き切られた、恐るべき力を持っている。
その光線が持つエネルギーはすさまじく、凍土にて沈殿している流体状の大気を爆発的に膨張させて大爆発を引き起こした。セツナが吹き飛ばされたのは、それによるものだ。できる限りは受け流したのだが、それでも、セツナは全身にかなりの傷を負っている。瞬間治癒薬を三つも飲んだことで、何とか肉体的なダメージは欠損を除いて回復できているが、あんなものを何度も受けて、体が持つはずもない。
セツナには、できるだけ早く、策を講じる必要があった。
(……今の爆発は……うまくできれば……)
左手一本で刀を抜き、構えをとる。
敵からの魔力波動はいまだ感じられない。
爆煙はすでに収まっており、赤く輝く敵の眼も、今は鳴りを潜めている。
(…勝機はそこにある。勝ち筋は、あまりに細く、遠い。でも……)
次ですべて決まる。互いににらみ合う硬直状態の中、セツナは、より決意を深く、強く固める。
(それでこそ、冒険というもの……!!)
恐ろしさすら覚えるほどの壮絶な笑みを浮かべ、セツナは再度訪れる、決戦の瞬間に臨む。
* * *
始まりは、オールドギアからだった。
魔力波動を発するや否や、反応を捉えたセツナの周りに、次々とボウガンの爆撃を叩き込む。しかし、一つとして彼女に当たらない。彼女は、微動だにしていない。
狙いは一つ。回避を前提とした攻撃。
魔術炸裂弾は、セツナが当初対応に苦労した物理的なボウガンよりは速度が遅い。代わりに広範囲に放つことができる。セツナにとっては絶望的な速度であっても、絶望の度合いが違った。
少なくとも、彼女にはギリギリ対応できる速度域だったということだ。セツナには放たれた瞬間が見えるが、そこからどこに飛ぶかまでは追いきれない。
ばちゅり、と、何かがはじけた音がする。
みれば、セツナの眼が片方、つぶれていた。
セツナは見切った。切り札の二つ目を使ったのだ。
……2ランクアップの身体強化。狂気的な魔力の運用による、超強化だ。
ほんの数秒維持しただけで、セツナの眼球は耐えられずに押しつぶされる。
……代わりに、オールドギアの攻撃の全容と、その真意を読み取った。
(その攻撃に殺気はない。本命は……!!)
周囲に着弾しそうになる炸裂弾。思考が加速し、周囲の速度が遅く感じる。
それらが炸裂する寸前に、あの赤黒い眼光がひらめいた。
セツナが読み切った場合の、奥の手。回避できないセツナめがけて、閃光を放つ。
念の入れようはすさまじい。今回の攻撃の際に、敵は魔力波動を撃ってきてはいない。
セツナに事前察知などさせないといわんばかり。確実に止めを刺すという強い意志。
(見えた………!!)
もう片方の目が、砕け散る。セツナの視界が闇に染まる。その代償に、セツナは活路を見出した。
放たれる直前に、跳躍。魔力放出を少しだけ使い、レーザーのみをよける。しかし、脅威はそれだけではない。つい先ほど、セツナを激しく吹き飛ばした、冷却気体の急速膨張による爆発が、彼女を襲う。
「ぐぅっ………!!」
そして、セツナはすさまじい速度で上空へと吹き飛ばされた。
* * *
「ここまでか。よく健闘した方だな。」
冬の街の館にて、誰かが言った。
「もう限界です!早く救助を…!」
世界の中心に位置する街で、誰かが言った。
「及第点、か。」
音の絶えた雪山で、誰かが言った。
「もはや、これまでか……!」
彼女を直接見届けている、誰かが言った。
彼女の冒険は、彼女が思うよりも多くの者が見守っていたが。その多くが、ここまでと、彼女を見切っていた。
しかし。
「何を言っている。ここからだと言うのに。」
冬の街の館にて、誰かが言った。
「ようやくだな。ちび弟子。
そうさ。それでいい。そいつが、天衣無縫への、第一歩だ。」
そして、この世のどこかで、誰かが言った。
* * *