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(いとも簡単に……なんという娘だ。)


 遠距離からセツナの奮戦を観察する”狼”は、驚愕の極みにあった。

 あの少女は、魔力波動を感知するや否や回避行動をとったことも、その魔力波動を苦もなく欺瞞して見せたこともだ。


 彼女は平然としているが、これは驚くべきことだ。

 魔力の波動の感知というのは、普通術式か魔具を用いて行うものだ。


 そもそも、自然には魔力が満ちている。我々が空気に触れるのと同じようにだ。魔力の波動というのも、自然界に存在しないわけではなく、むしろ無数に存在している。恣意的な……いわば作られた魔力波動の感知など難しい。


 難易度でいえば、音の中に紛れ込んだ超音波を耳で聞き分けるようなもの。普通の人間の感性では不可能だ。


 ”狼”は魔力を視覚的に見る力を持っているが、その力を使わなければ今のセツナのように恣意的な魔力波動を検知することは出来なかっただろう。


 これは高位の冒険者にもなしえない異常なまでの検知能力だ。

 ……二つ名持ちであっても、セツナの起こした事象を真似することはできても、同じことができる者は少ないだろう。


 たったそれだけでも偉業だというのに、魔力波動による探知波動を、あろうことか位相の微妙に異なる波動を的確に当てて自身の位置の欺瞞まで成し遂げられるというのは、もはや神の御業だろう。


 ……ただこれを直感でやることはまず無理だ。おそらく彼女は、それこそ血反吐を吐くような修練の先に技術を習得し、”経験”を消費し、実戦にも何度も投入して、その精度を上げている。天性の才覚と、地獄の鍛錬があってこそなしえる、彼女だけの絶技だ。


(あるかもしれん。あのオールドギアは視覚器を喪失している。

 ……それでもまだ、遠すぎる勝ち筋ではあるが。)


 手に汗握る、というのはこのことだ。もはや不可能だと思っていた絶望的な試練に、わずかな光明が見える。


(彼女を死なせるわけにはいかん。いかんが……彼女の底を、見たくなった。)


 この試練を突破できるのなら……彼女はさらなる領域へと到達するだろう。

 ”狼”は彼女が絶命するその瞬間まで、手出ししないことにした。

 英雄への道を突き進む、彼女の可能性。そのすべてを見届けるために。 



*  *  *



「ぐっ………、まだまだぁ!!!!!


 吹き飛ばされ、二度、三度と地面を水切り石のように飛び跳ねたセツナだったが、空中で体勢を取り戻して着地し、走り始める。力の流動による受け流し。攻撃を直撃さえしなければ、セツナへのダメージはほとんど残らない。何度よく弾む玉のように跳ねるのは、彼女が受けたダメージを地面に返している証拠。その反作用で、彼女は再び弾んでいるのだ。


 強靭な三半規管と精緻な魔力操作技能がなければ、どこかで受け流し損ねて骨の一つや二つひびが入っただろうが、幸いにして、今のところダメージはない。


 魔力波動の放射による探知をセツナは何度も欺瞞しているが、対応の精度が尋常ではなかった。


 とはいえ、魔力操作はセツナの十八番。完全な暗闇の中、師匠相手にその手の読み合いをしながらの組手をさせられたことすらある。たとえ敵が自身の格上であろうとも、この駆け引きで負けるのはセツナの沽券にかかわるのだ。


 魔力波動にも周波数というものがある。これを巧妙に変えてきたり、わずかなノイズで欺瞞を看破されたり、欺瞞されたうえで経験則からセツナの位置を割り出して攻撃を仕掛けてきたりもする。


 その手を、読み切り、ことごとく上を行く。完璧ということはない。直撃に近い攻撃をもらうこともある。セツナの装備はまだ形を保っているが、あまりダメージを受けすぎると命にかかわってくる。


「今度は、これですっ!!」

 

 放たれた魔力波動に対してカウンターで手を突き出す。波動をゆがませ、ノイズだらけに。一方向から得られる情報を極限まで引き下げる。


 標的を見失ったオールドギアだったが、すぐさま波動を撃ちなおしてくる。


 何度も何度も撃ちなおし、セツナによる妨害の正体を演算し、対応し、攻撃を仕掛けてきた。


「一手、上回るッ!!」


 だが、セツナが居たのは爆撃半径の外側。セツナの妨害工作は見破られるまでがセットだ。セツナは頭の中で細かな計算などはできないが、何度も波動を放つことでこちらの妨害の正体を見極めようとしているのはわかる。


 ならば対応されると”信じ切り”、魔力炸裂弾の装填されたボウガンの動きを見逃さず、放たれる予兆とともに回避行動に移っていたのだ。


「あと、すこし……!」


 もう少しで刀がオールドギアに届く。敵の近接攻撃の脅威は目で見える巨大なサーベルのみだが、セツナには策がある。だが、敵の全貌がわからないまま懐に飛び込むのは強大なリスクだ。


 セツナの脳裏に浮かぶのは三つの手札。果たしてどこまで対応できるのか。


 敵の大きさは7mは有ろうかという巨躯だ。攻撃の範囲も威力もけた違いであり、攻撃一つ一つの衝撃がセツナにとっては致命のものになる。あれほどの精度で狙撃をこなし、人間と読み合いを行う高度な知能を持つ兵器だ。


 加えて、セツナの三つ目の手札は、使うための条件が整わない。今は実質、彼女にできる手は二つしかなかった。


 脅威度はいまだ未知数。セツナの地獄は、まだ続いている。


「っ!」


 再び放たれた魔力波動に対して同位相の波動をぶつけて相殺する。そのまま前へ進み、刀を抜こうとしたところで、とてつもない悪寒がセツナの背筋を貫いた。


「━━━ッ!!」


 敵の感覚器と思われる、巨躯の頭部ともいえる、一つ目の赤い結晶。それが、セツナを捉えている。少なくとも、そう感じた。ついに、セツナの予想を、駆け引きを上回ったのである。


「っ、ぁっ……!」


 選択は速かった。セツナはその場で脚から魔力を放出し、全力で後退する。

 次の瞬間、先ほどまでセツナが居た場所を、激しい爆発と閃光が襲い掛かった。


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