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「よし。これで大丈夫ですね。」
三度目になる点検。装備のたぐいの確認をしっかり行ったセツナは、傭兵宿舎を出る。すでに手続きは済ませているので、ギルドに寄る必要はない。そのままセントラルの中心部へと……馬車を使って進んだ。
信じられないほど広い都市なので、歩いて向かうには時間がかかりすぎる。歩くのにも体力が必要だ。万全を期するために、今日ばかりは馬車を使うセツナである。
セントラル中心部。螺旋大塔付近は、上位傭兵たちが集う場所としても知られている。ゴールドランクと思わしき強者たちの群れ。時折感じられる魔力反応には尋常外のものもある。地方の新聞で見かけたこともあるような顔もあるだろう。
……ひときわ大きな反応のひとつは、田舎出身のセツナであっても知っている大英雄だった。遠目に見てもなお圧倒されるほどの実力者。エルフには珍しい銀髪。大物である彼女を一目見ようと、こぞって人が詰め寄っている。
『覇穿』クイン。傭兵ギルド所属のドラゴンスレイヤーだ。確かパーティーを組んでいたはずだが、今は一人だろうか。馬車から遠めに……視力強化を用いて見えた光景だが、彼女に匹敵するような力をセツナは感じ取れなかった。無論、魔力反応を隠している可能性はあるが。
螺旋大塔の近くに高ランクの者たちが集う理由は一つだ。ここでは下……大霊洞から出てくる彼らの素材を買い取る者が多いからだ。
買い取った素材はその近くで加工され、高位の装備品やアイテムになる。メビウスで売っていたような量産品ではなく、ハンドメイドの高級品ばかりが集まるのだ。高位の傭兵ともなれば得られる名声点は多く、そして任務も危険なものとなる。彼らが頼りにするようなものは、このあたりにしか売っていない。
Bランクであるセツナでは、そもそも立ち入れないような店も多い区画だ。今見るべきものはないだろう。ここに来るのは、Sランクを超えてから。そう決めているセツナは、景色だけは眺めることにして、螺旋大塔の真下……大霊洞の入り口に向かった。
* * *
大霊洞は”大規模魔力噴出点”であるとされる。この世界のいくつかの踏破困難な地形の中心部にその場所はあるとされ、つい最近踏破された”アウルム大森林・金剛樹海”にも小規模ながら魔力噴出点があったと報告された。
魔力噴出点の付近では環境は殺人的であり、驚異的な力を持つ魔物が闊歩する絶望的な土地であるとされる。現在でも、大霊洞は未踏破領域に指定されている。人類最高峰の冒険者、傭兵などが寄ってたかっても28000m地点以降は死地なのだ。推定危険度はZランク。SSSランク、XXXランクを超えたZランク難易度。そもそも、人類の肉体がたどり着ける限界位階はSSSランクだ。以降は技術や技能、装備などでしか補えない。
もちろん、その入り口である大霊洞の序盤地形はそれほど凶悪ではない。平均難易度はBランク。セツナと同位階だ。位階は、一つ違うだけで地獄に。二つ違えば知覚した時点で死んでいるというレベルで残酷な差を生む。序盤地形でSランクが出るようなことはめったにないが、気を引き締めるに越したことはない。
そして、そんな大霊洞の入り口は、地面に走った巨大な十字の亀裂のようなものだ。魔力がわずかにだが、吹きあがっているのが感覚として理解できる。地獄への入り口。
入るのに特別な手続きはほとんど必要ない。遺書を書かないのであれば許可証一枚あればいい。誰が入っている、入っていないなどの管理は行われない。ここは入口であってもBランクやAランクにとっては危険な土地だ。入って数十分もしないうちに死んでいるなどよくある話である。
セツナはヘッドライトに魔力を回しながら、その亀裂の中へと足を進めていった。
覚悟などとうにできている。ここで立ち止まることは、ここまで来た傭兵にとってはありえないことだった。
☆二つ名
二つ名持ちは、プラチナランクの傭兵に与えられる栄誉あるものである。
プラチナランクになるための最低条件は、基礎身体能力が人類の限界値であるSSSランクに到達していることと、1体以上のXランク以上の魔物の討伐実績、もしくはそれに準ずるもの。
二つ名を保持している者は、現在ギルドが認めているもので世界では34名存在している。
二つ名保持を辞退している者も一定数存在する。そういった傭兵はたいていの場合、ほかの国々に雇われたり、故郷の国に根を下ろしていたりする。