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「みゅ~~!」

「あはは……また荷物の中に、ですか。仕方ないですね。」


 カバンの中から鳴き声が聞こえる。すでにほぼパンパンに膨れ上がっている荷物の隙間に入り込んだスノーキャットの声だ。荷造りを終えた段階で潜り込んでしまったので、これを取り出すことはすでに断念している。セツナはまだ名前を付ける気にはなっていないが、この旅路から帰ってきてまだ生きていて、自分に懐いているのなら名前を付けるつもりである。


 もとより荷物の中に紛れ込んだ個体である。元の環境に赴けば、自然と離れることもありえる。


 それに、この旅路はセツナ自身ですら生還できるかどうかわからない難易度でもある。

 たった三日で、高度標高10000m付近まで登り切らなければならない。たとえ人の身を大きく超越したBランクのステータスをもってしても、それは絶望的ともいえるほどの苦行だ。


 その苦行に、セツナは笑みすら浮かべて挑む。

 もとより冒険者となるのに必要になる試練であるというのなら、セツナに回避する理由は一つとしてなかった。


 それに、この程度の試練は冒険者にとっては何でもないことなのであろうことは想像がつく。彼らは今からセツナが挑む環境よりも、はるかに難易度の高い環境の地形をやすやすと踏破して見せる人外だ。この程度で躓いていては、冒険者になどなれはしない。


「……では、行きますか!」


 決意とともに、セツナはファールス連山、序地を駆け上がり始める。

 ここから三日間、彼女に休息はない。その時間的余裕は、セツナには存在しなかった。



*   *   *



 ファールス連山中腹への道のりには、多くのルートが存在する。

 大きく分けて三つのルート。一つはイーストエリアからのルートだ。


 ファールス連山は大陸北方に横たわる驚異的な広さを誇る大山脈であり、イーストエリアにも入山可能なポイントが存在する。


 このポイントからの入山は難易度が比較的低く、最終的に到達する環境難易度は同じとはいえ、傾斜が比較的厳しくないルートであるため、時間さえあるのならこのルートが一番確実である。ただ、無論セツナには物理的にも時間的にも選択できないルートである。


 二つ目は転移ポータルだ。冒険者や傭兵用のギルドが運営する拠点がいくつか存在しており、ファールス連山中腹の静寂点付近や、ファールス連山7合目に存在する”観測魔術拠点・オーメン”と呼ばれる魔術師ギルドの施設がある。


 ただこれらの施設へのポータルを用いた転移はセツナにとっては何の修行にもならない上に、ポータルを用いた転移に必要な資格をセツナは持っていない。いくつか足りない資格はあるのだが、一番は彼女のステータスが足りていない。Sランクになれば転移できるのだが、セツナの昇華周期の訪れるタイミングは3週間後だ。待っていられない。


 そして、三つ目のルートはクーユルドを含めた、ふもとの拠点からのルートだ。


 こうした登山ルートは、比較的安全なルートが毎度の地形変動ごとに冒険者や傭兵が探索していくつか確立される。多くの傭兵は静寂点を目指すのに、自分に最も都合のいいルートを選んで入山するのだ。


 その中のルートでも、最短のルートをセツナは選んでいる。当然、難易度は一番高い。

 なお、さすがのセツナもルートを外れた最短の道程を進む気にはなれなかった。未知の脅威が跋扈する未踏破領域は本来冒険者の領域。冒険したい気分はもちろんそうなのだが、ファールス連山でルートを外れた探索をするというのは、遭難した場合に死が確約されるのと同義である。


 山岳での活動経験の浅いセツナには取れない選択肢である。勇気と無謀は紙一重。セツナは自身に実現可能な範囲から大きく外れるような真似をするつもりはなかった。


「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ……!」


 セツナはそんなルートを、規則正しい呼吸と速度で駆け上がる。

 推定三合目付近にたどり着くのに、セツナは1日で1合を踏破しなければならない。標高にして3000m強を、1日で。ただ走るだけではない。道中の魔物や魔獣も、彼女を放ってはおかない。


 走り始めてから数時間、傭兵たちが切り開いたルートは敵の掃討がほぼ完了しており、魔物を見かけることは少ないが、それでもいないというわけではない。


「………!」


 セツナの目の前に現れたのは、アイススライム。氷点下でも凍らない液体で構成された体を持つ凍土のスライム。氷の槍や強力な凍結攻撃を仕掛けてくるスライムである。

 スライム種は強さの幅が広く、アイススライムはC~Aランクの個体で在ることが多い。


 セツナの前に現れた個体は、Aランク相当のものだ。少なくともセツナは、放たれた氷の弾丸を紙一重でよけながら、背後にあった岩がたやすく砕け散るのを見て、その威力からそう判断する。


「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ…!」


 しかし、セツナは戦闘で消耗するわけにはいかなかった。アイススライムの攻撃を、呼吸のリズムに合わせて撃ち落とし、あるいは回避していく。自分のリズムを崩されるわけにはいかず、身体強化等を使って消耗を加速させるわけにもいかない。


 今回、セツナが装備している装備品はハイグレードなものだ。無論要求されるステータスも魔力も、今までの装備とは比べ物にならない。前に大霊洞でセツナがかぶっていたヘッドライト付きのヘルメットは消耗がFランク程度の魔力量であり、セツナには苦にもならないのだが、今回セツナが纏っている装備の消耗魔力量はBランククラス。


 セツナが自然に生み出せる魔力量とほぼ同値。つまり、セツナはこの探索中魔力を使えば使うだけ、総量が減っていくのと同義だ。


 加えて。この凍土で魔力が尽きれば、装備による保護機能が途絶える。待っているのは確実な死のみ。

 魔法使いであるセツナは魔力を消費する機会はほとんどない。だが魔力は意志や精神に起因するため、魔力操作を行えば精神に負担がかかり、その分魔力の出力が低下する。


 いつもはそれを無視できる程度の装備しか身にまとっていなかったが、今回は事情が異なる。セツナの得意技である身体強化も、できる限り使うことは控えたかった。


 何よりこの旅路は過酷である。今は出力を保てているが、この先セツナの疲労が蓄積すればその分魔力の出力も弱まっていく。消耗は確実だ。この先の戦闘も、必ず回避できるとは思えない。


「ふっ!!」


 攻撃を何とかさばききり、アイススライムの横を通り過ぎる際に、セツナはアイテムをひとつ後ろにめがけて放り投げる。


 閃光石。すなわち目つぶしだ。近年の研究によれば、スライムはその核石に視覚を持っており、全方位をそれで知覚しているという研究結果が存在している。もともと経験則から、目がないのに視覚に頼っている魔物、の代表例としてスライムがあげられるくらいには、彼らは目に頼っている。


 そんな彼らが、至近距離でフラッシュを焚かれれば、動きが鈍くなるのは必定。


 セツナは逃走用のアイテムも多く確保している。やり過ごすことができる相手は、極力やり過ごすつもりでいた。


 こんなことで足を止めてはいられない。セツナは細かく震えながらその場にたたずむスライムを尻目に、刀を納めながらも、走り続けた。


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