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「………ぁっ!!」
飛んできた大きな雪玉を躱す。
「……ッ!」
空中のセツナを狙って放たれた氷の槍を弾き飛ばす。
「・・・・ぉおおッ!!」
そして、着地地点で顔を開けるスノーサーペントの上位種・Bランクの魔物であるウィンタードレイクを、真っ二つに引き裂いた。
連戦に次ぐ連戦。セツナの周りにはいつの間にか魔物の死骸の山ができていた。
そして、その死骸……食材に寄り付くように、さらに多くの魔物が引き寄せられる。
着こんだ装備と雪の地面は、セツナの機動力を、いつもよりも大きく奪う。
踏みしめる地面が深い雪であり、不安定であることもあってか、跳躍が難しい。思ったような跳躍、狙ったような動きが難しいのだ。
精密な動きができない以上、おおざっぱな迎撃、あるいは攻撃に対する回答しかできない。
魔物は駆除できるが、その先に続かず、じり貧な状態が続いていた。
(……これはダメだ。何か策を考えないと。)
このままでは本格的に終わらない。セツナは吹雪が強まったタイミングに身体強化を使って加速。雪の地面を蹴りえぐりながら、全力での撤退を敢行した。
* * *
「うぅむ……難しいですね。」
携行食の栄養バー(Aランク向け)を食べながら、セツナは思案する。
今彼女が居るのは、偶然見つけた山の横穴であった。
中にいた魔物……ホワイトゴブリン(Cランク)はすでに殲滅しており、今は組み立て式の魔力灯を地面につけて松明代わりとしている。なお、死体は敵を呼び寄せる可能性があったため、最低限の素材だけを採取して、あとは丸ごと遠く離れた場所に積んでおいた。そっちの方に魔物が寄るのでしばらくは安全だ。
なお、ここで火をつけるのは自殺行為である。ただでさえセツナは目立つのに、火をつけるなどすれば温度変化は周りの魔物から一目瞭然。先ほど以上の入れ食い状態になるだろう。火をつけるなら、セツナはこの横穴をさらに数十メートルほど掘削したかった。しかし、そんな余裕も手段もなどあるわけなかった。
目標となる魔物の量には、ぶっちゃけ一日どころか半日あれば届きそうである。
しかし、その素材をすべて持ち帰る手段がない。……正確には、守り切る手段がなかった。
入れ食いではあったが、セツナではなく持ち帰ろうとしている素材にまで群がろうとするためだ。自身のことはいくらでも守れるが、その餌となる死骸にまで配慮を行うのは無理な相談であったのだ。
「………。」
これがおそらくゼンからの課題なのであろう。
何かしらの解決策をセツナは提示し、それを実行しなければならない。手に持てるだけの素材をだけを持って下山と入山を行うのは、膨大な時間がかかるうえに間に合わない。しかしだからと言って手に持てないだけの素材を採ろうとすると守り切れない。
まさに詰み。この詰みから脱却するには、工夫を凝らさなければならなかった。
「…………。」
「………みゅ?」
「………ん。……ああ、スノーキャットですか。」
そんな風に悩んでいる彼女の近く、洞穴の入り口近くに、小さな白い毛玉に尻尾の生えた何かが現れた。真っ白で平べったい体に狸のような尻尾と猫のような顔が付いた魔物である。
スノーキャット。顔が猫に似ているというだけで、実際は猫に何も関係がないとされる魔物だ。
ランクが規定されていない数少ない魔物の一種で、戦闘能力を持たないのである。
「みゅっみゅっ。」
「みゅ?」
「みゅみゅみゅ~~!」
やがてそれらはひょこひょこと数を増やし、セツナの周りにまとわりつき始めた。
彼らは熱を持つ動物の近くに群がり、熱を得て暮らす種族だ。人間の体温程度のわずかな熱でも集まってくる。なお、まとわりつかれても奪われる熱は極めて少なく、恒温動物には脅威になりにくい。特に人間を見かけると彼らは喜んでまとわりつくだろう。
人間はスノーキャットを狩ることがあまりない。倒すと雪のように消える彼らは素材にならず、脅威にもならないので狩る理由がないのだ。人間から見て狩る価値のないスノーキャットは、彼らから見て人間は脅威ではないと判断する。
彼らの体はスライムのように不定形であり、モチのように伸びる。その愛らしい姿からペットとしても人気がある。何もしなくても部屋に放置しているだけで勝手に空気の熱を吸って元気になるからだ。あまりにも弱いのでちょっとしたことで死んでしまったり、小さな隙間に隠れたりもするので、隠れられると見つけられなくなったりするのが難点ではある。
彼らはより熱を持つものに群がる習性があり、台所の火などに自ら飛び込んであっという間に燃え尽きたりするのである。そんな事故が、本当に後を絶たない。跳んで火に入るスノーキャット、とはよく知られたことわざである。
意味は、身の丈に合わないものに後先考えずに手を出すと酷い目に遭う。だ。
「………。」
ふと、スノーキャットを見ていて、セツナは何かひらめきかけた。
意識の根底で、何か……重要な発見を見逃したような気がする。
セツナはスノーキャットのうちの一匹を手で抱え上げ、もにゅもにゅ手でいじくりまわしながら、彼らの性質について思い出していた。
スノーキャット。熱を主食とする魔獣。かわいい。不定形。ペットとして人気がある。より多くの熱を持つものに群がる。跳んで火に入るスノーキャット……
より多くの、熱を持つ……。
「はっ!」
「「「み”ゅっ?!」」」
セツナの脳裏に稲妻のようにひらめきが走る。
試す価値はあるかもしれない。馬鹿正直にならなくてもよいのだ。と、セツナは発想を転換した。
いきなり立ち上がったので、びっくりしたスノーキャットのうち何匹かが飛び上がり、そのまま地面に転がり落ちた。
どうしていきなり動いたんだ、と言わんばかりに尻尾でぽすぽすセツナを殴るスノーキャットたち。しかし、その愛らしいしぐさに気づかないまま、セツナはいそいそと支度する。
魔力灯を消し、必要なアイテム類を確認し、カバンの中身をいじり、セツナは即座に出発した。
「試す価値は十分。……やってみましょう。」
思い立ったが吉日。セツナはこのひらめきに身を任せるべく。洞穴から出て、再びあの雪の海原へと向かった。