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 冬土連邦での通貨はピークだ。セントラルで流通している通貨(ゴールド)とは異なるが、傭兵はGPをその土地のギルドがある通貨に変換することができる。商人ギルドの影響力が強い国家では基本的にこの兌換が可能であり、セツナも遠出することが多いのであまり多くの現金を持ち歩かない。違う国で装備品を簡単にそろえられているにはそういった背景がある。


 なお、セントラルでの通貨、ゴールドはもともとは”妖精金(フェアライトゴールド)”との兌換可能な妖精金本位制で、名前(ゴールド)にもその名残があるが、40年前の大侵攻の際の経済の混乱から妖精金本位制を廃止。現在は管理通貨制度に移行している。


 また、当時就任した新たな商人ギルドのギルドマスターによる多くの経済的改革により、現在Gは世界的にも有数な信頼度を持つ通貨として君臨しており、その影響でセントラルに存在する三大ギルドが利用するGPもまたギルド加入者が扱える国際的な通貨として利用可能となった。


 傭兵が他国家に赴く際に必要な手間が大きく削減されたことで得られる恩恵は多大であり、35年ほど前から傭兵たちの国家間移動は盛んになりはじめたのだ。彼らは金と技術と文化の運び手となり、大侵攻から立ち直る力を諸国家に与えたのであった。


 閑話休題。


 翌日。セツナはその恩恵を受け、冬土連邦の通貨の持ち合わせがなくとも、ギルドでGPを必要なだけピークに変換して装備を整えた。

 命名指定級の討伐補助により、臨時収入があったとはいえ、ここに来るまでに持ってくるはずだった物資の多くが雪の森の中に消えた現状、損失分を取り戻すために金銭をセーブしなければならないセツナであったが、傭兵稼業へ赴くための装備をケチるのは命の値段を値切っているのと同じである……という師匠からの教えに従い、ある程度万全な装備を整えた。


 コートの上から皮で作られたアイテムホルスターを装着し、小瓶、針、薬、護符と差し込んでいる。手袋をしているので、いつものポーチからアイテムを取り出す際、指先の感覚に頼れないからだ。ポーチに入れているのは信号弾。今回購入に踏み切った救難信号をより広範囲に周知させるためのものだ。


 ……セツナはここに来るまでほぼ連続で死の淵を歩いている。運が悪いのか呪われているのかはわからないが、今回が大丈夫だという保証はない。しかも、今回はファールス連山。未踏破領域だ。


 たとえ比較的踏破が進んでいる末端部分での探索であっても油断などできない。フードを深めにかぶり、ゴーグルも装着した。また、極度の低温であるため、呼吸の際に肺がやられないためのマスクも必要になる。刻印が施されたそれは、そのフィルタを通して呼吸する際に温度が一定にまで上昇するというものだ。


 この程度、Sランクの傭兵にもなればステータスと身体が持つ幻想強度の関係上不要となるが、今のセツナには必要なものである。


「準備は万全、ですね。やりましょう。依頼達成。そして馬車一つ分の素材調達。三日で仕上げましょう。」


 これから挑むのは氷点下ー40度を超える極限地帯。『冬の絶峰』と呼ばれるファールス連山……その序地へと足を踏み入れた。


*   *   *



 足を踏み入れて数十分で、セツナはその環境の厳しさを痛感する。

 寒い。身体温度を一定時間保つマジックポーションである”ホットポーション”を飲んできているが、それでも防寒具なしではとても耐えられない。わずかに露出している顔部分の皮膚が引き裂かれそうなほどに痛い。身体温度を維持するポーションの効果は確かにあるはずなのに、それでも表面が凍り付くのだ。


(呼吸も難しい。魔物の対処は比較的容易ですが……実力が最大限出せる環境ではない、ということなのでしょう。)


 時折吹き付ける吹雪。強烈なものが来たと思えばすぐに止む。そうかと思えば長いこと緩やかな吹雪が続く。

 天候も目まぐるしく変わる。吹雪の中には雹も混じっている。時折混じるそれを刀で迎撃しなければ、装備がダメージを受ける。大霊洞の序地などとはくらべものにならない環境難易度だ。


 マスクを通しての呼吸も、セツナは慣れない。普通に息をする分ならいいが、戦闘行動を行う際のセツナの呼吸量に、マスクの熱処理が追いついていないのだ。


 セツナが装備ランク帯の者に比べて息を吸いすぎる、というところもあるのだが、とにかくやりにくさを感じていた。


「キシャアアア!!」

(……来ますか!)


 そんな環境の中でも、敵は構わず攻撃を仕掛けてくる。

 寒さに負けぬよう、この山の魔物たちは強固な表皮や装甲を持っていることが多い。前までの愛刀では、おそらく極めて厳しい立ち回りを強いられていただろう。


 深い雪の中を潜行する影。それが2つ。スノードルフィン。雪の中を遊泳するように進む、狡猾な魔物だ。


 スノードルフィンは”カッタードルフィン”と呼ばれる大青海の魔物の近縁種とされる。

 全てのヒレが刀のごとく鋭利な切れ味を持っており、装備や乗り物を斬り裂き、相手を弱らせてから仕留めるという特徴を持つ。


 Bランクの魔物だが、文字通りBランクの実力を持つ者では対処の難しい魔物だ。

 

「フッ……!」


 自身の足元から攻撃を仕掛けようとするスノードルフィンの突進を跳躍しながら回避。空中で魔力を体内でぐるりと回して力を作り、宙に浮いたまま急加速するように一回転。刀が弧を描き、一匹目の命脈を断つ。

 身体強化はしていなかったが、セツナの刀はやすやすとBランク上位の実力を持つ魔物の首を一振りで落としきった。やはりというべきか、すさまじい切れ味だ。


「ギャッ?!」


 空中に跳んだ隙を狙おうとした二匹目が、驚愕の声を上げる。

 すでにセツナの右の死角をとっていたが、空中での高精度の加速回転は予想外の対応だったのだろう。


「ゼェイッ!!」


 加速そのままに、セツナの剣は二度翻る。空中で雪海豚の体は三枚に分かたれ、雪の地面にたたきつけられた。

 そして、一瞬で凍り付く。当然ながら、命脈を断ち切られた魔物はその魔力を失うため、体温維持が不可能となるのだ。セツナは腐る心配のなくなったその魔物の素材を、バックパックではなく、ひも付きの巨大な網の中に入れる。そして、それを引きずりながら先へ進んだ。


 ファールス連山の序地では、雪の厚さは尋常ではなく、雪の中を”泳ぐ”魔物と、たまに見える岩穴の中に潜んでいる魔物の二種類に分けられる。地上を闊歩する魔物は少なく、それができるのは人間か強大な魔物と相場が決まっている。


 そして、人間であればそれこそ魔物がわらわらとよってくる。彼らにとっては貴重な雪の海を泳げない、機動力に欠けたカモである。Bランクであるならなおさらだ。


 ……しかし、セツナはランク詐欺師という役職があるなら、その筆頭ともいえるほどに実力とランクが隔絶している。魔力探知が得意な魔物であればあるほど、セツナによって来るのだ。


「……ゼン殿が言っていたのはこういうことですか。」


 間髪入れずに、セツナの前に現れたのは氷の巨人。アイスエレメンタルゴーレム。


 Aランクのエレメンタルゴーレム種。こいつも雪の中を泳ぐように移動するタイプの魔物であり、必要に応じて氷の体を周辺の雪から構成するのだ。ファールス連山の雪は高い幻想への適応性があり、それを使って体を形作る魔物は、必然的にランクが高くなる。


 大霊洞で見かけた種はCランクのロックエレメンタルゴーレム。2ランク差。つまり天と地ほどの実力差があるわけだ。


「……かかってきなさい。素材に使える部位の多いモノほど歓迎します。」


 即座に仕留めなければ次が来る。一瞬で決めなければならない。セツナは連戦の気配を感じながらも、それを歓迎するように襲い来る氷の巨人に、刃を向けた。


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