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「………アル。」

「……心の底から、悪いと思っている。」


 二人の間に、気まずい雰囲気が流れる。

 今は宿屋の食堂にて、二人は厨房に立っていた。


 ゼンの営む宿屋では厨房は貸しているものであり、ゼン当人が食事を提供するシステムではないのである。

 傭兵は自炊できて当然。ここを利用する者には、傭兵としての基本を要求される宿なのであった。


 そして、アルテミシアは今現在、自身の不明の至らなさを痛感している最中である。


 英雄ゼンは世界中の誰もが知る大英雄である。なんだったらおとぎ話のモデルにすらなっているレベルの人物であったが、アルテミシアは何も知らなかった。教養がないわけではなく、生きるために必要な知識と狩りの方法を教えてもらうだけで、本人は世間の知識を全く取り入れてこなかったことが原因なのだ。


 まさか父が世界最強の一角であるとは、夢にも思わなかったのである。セツナは、責めることはさすがにしなかったが、驚きを隠すことはできなかった。


「……どおりで、歩法が洗練されているわけです。

 無音の跳躍術だけではない。森の木々を足場にしての跳躍術、魔力を使った土壇場での踏み込み……すべてはお父上の教えですか。」


「ああ。父の修行は厳しかった。私に教えてくれたのは、まずはすべて足回りのことだった。

 全身で体を支えなければならないが、その土台となるのは両の脚であり、ここがだめならすべてダメになる……という教えの下でな。やけにセツナから驚かれていたが、普通のものだと思っていた。」


 もはやここまでくると、セツナはあきらめを覚えていた。大英雄ゼンは自身の威光を主張しないタイプに思える。つまり、教えることだけ教えておいて、自分のことは全く教えなかったのだろうことは想像にたやすかった。環境が生んだ悲劇。そう思うことにして、セツナはこの件については思考を放棄することにした。


「……しかし、合格とはどういうことだろう。」

「……そうですね。私も気になります。

 弟子入りできるのなら願ってもないことですが、私、そのようなこと言いましたっけ。」

「初対面だっただろう?……誰かと勘違いしたのではないか?父にはよく手紙が届く。今思えば、弟子入り懇願の手紙だったかもしれないな。」

「確かに。その線はありそうです。……あ、お野菜の下準備終わりました。」

「ちょうどいい。こちらも仕込みは終えたところだ。」


 ゼンの意図はまるでつかめていなかった。アルテミシアへの返答に際して、”すべて見ていた”などと返したらしく、アルテミシアとセツナの出会いそのものは偶然ではあったとはいえ、ゼンはセツナのことを認識していた節があった。


 セツナにはまるで身に覚えがないが、いくら考えても分からないものはわからない。

 思考は棚上げすることにしておいて、今は料理に集中することにした二人であった。


*  *  *


「ほう。成り行きか。……面白い縁もあったものだな。」


 豪勢な料理が机の上を埋め尽くす。

 もはや、贅沢なことこの上ない。

 セツナは野営中にあれだけの食事を出せるアルテミシアが、まともな調理ができる環境で料理をふるまえばどうなるのかはもはや予想がついていたが、それにしても見事な料理であった。

 東の国で見かけた高級料理の集大成である”流華全席”にも匹敵するかもしれないレベルの量と質である。


 ……日常的にこれを食べていると、本当にこの食事から離れられなくなりそうで、自分がちょっぴり心配になってきたセツナであった。


 そんな彼女の心配をよそに、何事もなかったかのように席に着いたゼンに話を乞われ、セツナとアルテミシアは互いの経緯を語った。セツナはあんなことがあったので初めは少し委縮していたが、しばらく食卓を囲んでいるとそれも消えていった。慣れているアルテミシアが横に居るからかもしれない。


「……父上が突然セツナを吹き飛ばした時には、何があったのかと。」

「済まなかったな。アレは儂なりの試練よ。

 ……セツナ・レイン。お前をここに寄越したのは、キヤフの小娘であったことは覚えておるか。」

「……あ、そういえば。」


 そういえば、とセツナは思い出した。この依頼は、もとはと言えばギルドマスターからの特別な斡旋である。依頼の回し方に違和感があったことを思い出した。


「あの依頼は儂に鍛えてほしい傭兵をあの小鬼めが送り込むためにでっち上げた依頼よ。

 そも、スノーモンスターの素材を採るのに、二週間も要らん。

 加えてその程度の依頼、他所に回すほど人手が足りんわけでもない。」


 よく考えてみれば、その通りかもしれない。何か理由があるのかとも勘ぐってはみたこともあったが、セツナは最終的に結論が付かないと思考を投げたはずであった。


 そして、今のゼンの言葉をそのまま鵜呑みにするならば。

 セツナは、ゼンから見れば、ギルドマスターの推薦を受けてこの地にゼンの師事を仰ぎに来た、ということになる。


「とはいえ、儂も教えを安く譲るつもりはない。

 ……儂は奴に条件を提示した。

 条件は二つだ。一つは、儂のことを伏せたまま、この地に連れてくること。

 もう一つは、儂の試験に合格することだ。


 一つ目の条件は、二つ目の試験に必要なものであった。小鬼めが回りくどく動いたのは、それが理由であろう。もっとも、試験に合格したのは、おぬしが初めてじゃが。」

「………あぁ……話が見えてきました。」


 セツナは頭を押さえた。

 何となく話が見えてきたのだ。


 おそらく、キヤフは何度か見込みのある傭兵をゼンの元へ弟子入りに向かわせているのだろう。定期依頼となっているのはそのため。そして、見込みのあるものを見つけては、その依頼に誘導し、ゼンの元へと送る。


 ゼンの試験はぶっちゃけ合格は絶望的なものだ。セツナでも、”耐えきった”というには、ちょっと語弊があるかもしれない。実際致命傷は避けたが、一撃で意識は持っていかれていたわけである。

 だが、ギルドマスター側ではそんなもの知ったことではない。是が非でも『厳歩』の技術が欲しい理由があるのだろう。ぶっちゃけセツナもアルテミシアを見ると欲しいと思う。というか、ちょっと教えてもらったまである。


 そこまで考えて、ああ、だからか。とセツナは納得した。

 カインのふるまいの理由である。


 カインはどことなく、質問を許さない雰囲気であった。必要なことは先に話し、そのあとでセツナたちに話をさせるように会話を誘導していた。特にセツナは疑問には感じなかったが、アレはゼンのことに気が付いていたからなのだろう。同じ二つ名持ちであるので、彼の試験について知っていた可能性がある。


 ゼンが”見ていた”というのであれば、ゼンが救難信号を出した可能性がある。少なくともカインはそう認識していたので、誰が助けを呼んだのか、という話題から可能な限り意識をそらしたのだろう。


 と、セツナは認識したが、実際は少々事情が異なる。


 実際は助けを呼んだのはギルド職員であり、セツナの推理は微妙に要点がずれていた。

 カインは確かに助けを出した人物について悟られる可能性を極力避けるための行動をしていたが、その理由は、”特務職員”がセツナたちの監視をしていることに気づかせないためである。


 ゼンは見ていたことには見ていたのだが、実際は誰も来なければ自分が助けに入るつもりであった。が、特務職員があの場に居たので先に助けが入るだろうと手出しは控えており、その後にカインがやってきたので出番がなくなった形となっていたのだ。


 実際はセツナが思うよりも、もう少しだけ複雑な背景があったのである。


「ともあれ、おぬしは儂の試験を突破した。

 ……儂の教えであれば、授けよう。まずは依頼と目的を軽くこなしてこい。おぬしであれば、三日もあれば余剰の素材類も含めて、馬車一つ分にはなろう。」


 そしてどうやら、セツナの目的についてもゼンには伝わっているようだ。

 三日。短いような気もするが、逆に三日で馬車一つ埋められるほどの素材を集めてこい、というのがもう修行なのだろう。腕が鳴る。どんな素材を採るか、その取捨選択も必要になってくる。


 魔力の回復は遅れ気味だが、戦闘行動には支障はない。良い負荷であるとも思った。


「ご配慮、感謝します。」

「私も行くぞ。」

「何を言うか。アル、お前はダメだ。」

「なぜだ父上。」

「鍛えなおしだ。最後の踏み込みが甘い。脚を壊すのは未熟の証よ。

 ……ちょうどセツナ嬢に強化と流動について教わったと見える。

 Aランクになれば教えてやろうと思っていたところだが、気が変わった。


 ()から叩きこんでやる。彼女ほどの練度は難しい

であろうが……使い物になる程度には仕込んでやらねばな?」


 アルテミシアは顔を青ざめさせていた。ついでに、修行を思い出したセツナも。

 あの厳しい試験を提示するゼンのことである。身内に対してはきっとそれ以上だろう。


「………セツナ。後生だ。助けてくれないか。」

「アル。……応援しています。見舞いに果物は買ってきますから。」

「さぁ、行くぞ。今からだ。山に入るからな。

 ……セツナといったか。儂らが出ている間、ここは自由に使って構わん。3日後の夕方にギルドで会おう。」

「うぅ、待ってくれ、父上。明日、明日からではだめなのか!」

「だめだ。ではいくぞ。」

「あ、ちょっ、首、しまっ……!」

「……ご冥福をお祈りします。」


 首の後ろを掴まれて引きずられていくアルテミシアを見送るセツナ。

 ……せめていい果物を買ってあげよう。修業を思い出すと吐き気を催しそうになるセツナには、胃にやさしい食べ物を見繕ってやることくらいしかできそうになかった。

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