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「やはりカイン殿は行ってしまわれたか。」
「ええ。やはり現世界最強の一角。ここまで我々に付き添ってくれたのが、奇跡のようなものでしょう。」
「うむ。……いずれ、この借りは返さねばな。」
しばらくして、ギルドにアルテミシアが迎えに立ち寄り、彼女の案内の元、村を見物していた。
ここから先、2週間ほど滞在することになる村である。故郷を案内したいというアルテミシアの言葉に甘えて、少しばかり見回ることにしたのだ。
「この村は過酷な環境だからな。少し鍛えれば、この街の住人は大体Dランクくらいまではいけるんだ。そうじゃなくても腕の立つ人は大勢いてな。家を新しく建てるとき、村のみんなで協力してすぐに建ててしまうんだ。」
道理で、立派な建物が多いわけである。確かに村にしては……と思っていたセツナであるが。ここは英雄の故郷と呼ばれる実力者の多い村。加えてファールス連山への入り口にもなっているともあれば、ここを拠点にしている傭兵や冒険者も多いはずだ。
そんな彼らが寄ってたかって大工仕事をするなら、確かに立派な建物の一つや二つは立つだろう。
先日、一人で森の中に小屋を建てていたワードを思い返すと、傭兵の拠点建築技術にはたくましいものがあると感じた。
師匠は彼女にそのあたりのことはおしえておらず、セツナも全くそのあたり履修していないが、興味がわいてきたので、今度誰かに教えを乞うことにした。
「だからほら。高位の冒険者パーティーともなると、あんな館が建つ。」
「おお……」
セツナが視線を向けると、なるほど、セントラルで立てようとすれば、街一つ分の予算が必要そうな……小さな城にも見えるそれが建っている。相当気合が入っていそうだ。高名なパーティーのホームなのだろう、と彼女は推察した。
「今は町の傭兵や冒険者志望の者への簡単な道場のような施設としても運営されている。」
「この村で、ですか。……相当な実力者とお見受けします。」
「ああ。私もたまに修行をつけてもらえるが、実は全く歯が立たない。」
そんなことを言われると、途端にとても行きたくなってしまうが、ここで道場に赴くときっと2週間どころの騒ぎにならない。……いずれ時間を作って必ず行くことを決意した。ゆえに、今回は、我慢であった。
「そして、こっちが大通りだ。村のみんなは、必要なものをここで全部揃えるんだ。」
そして次に案内されたのは、村で最もにぎわう通りであった。
「おぉ……」
幻想的な村だ、とセツナは感じた。
静けさの中にある賑わい、雪に軽く覆われた石造りの建物の数々。村を遠目で見ただけではわからないが、どこか不思議な賑わいを見せていた。
活気というものは感じられない。人の喧騒は感じられない。しかし、往来を通る人々の表情は明るい。通りの多くの場所では灯りが灯っており、日々の営みがそこにあることは疑いようもなかった。
「私の父の宿は通りにはなくてな。こちらだ。」
個人的には通りを見てみたかったセツナであったが、日はすでに落ちかけているし、体は疲労を訴えている。名残惜しかったが、ここもまた後日、ということにしてセツナは彼女の父が運営するという宿屋に向かった。
* * *
村の通りを横切り、転々と石造りの家や魔力式の街灯が立ち並ぶ道を抜けた先に、その宿はあった。
個人が経営しているにしては、見たところ大きめに見える。都合三階建てはありそうな宿屋だ。
表札には、”永久の跡”とある。この宿の名前だろう。
「父上。お客人を連れてきたぞ。」
「お邪魔しま……ッ?!!!」
そうして、セツナが宿に足を一歩踏み入れたその時。
途方もないほどの戦意が、セツナを襲った。
「……!?」
アルテミシアの認識を置き去りに、風の音一つ鳴りやんだころには。
アルテミシアのはるか後方。宿の外、街灯のあった場所まで、セツナは吹き飛ばされていた。
「かはぁっ……ぁっ……!?」
鉄製の街灯はへし折れ、彼女は崩れ落ちる。膝から倒れこみ、雪の中へと伏してしまう。意識は、完全に刈り取られていた。戦闘の意識的な疲れもあったが、肉体的なダメージは確実にユグドラシルエリクサーで回復したはずだった。
自身よりもはるかに強い相手にあれだけ立ち回ることができるセツナが、一撃で意識を刈り取られてしまったのだ。圧倒的な格上。セツナでは、太刀打ちしようもない相手であることは、間違いなかった。
「父上?!いったい何を!この人は」
「知っておる。すべて見ておったわ。……だが、この手で確かめるまでは、やはり認めるわけにはいかんのでな。」
アルテミシアが叫ぶ。いきなり姿を現しては、セツナを吹き飛ばした筋骨隆々の、2mはあろう身長の壮年の大男は、娘の言うことなど構わずに雪の中へと歩みを進める。
そして、雪の中で倒れこんでいるセツナの胸ぐらをつかみ上げて立たせると、そのまま
数度揺さぶって、意識を無理やり覚醒させた。
「ぅっ……くっ?!!」
あまりの出来事に、混乱するセツナは、すぐさま腕を振り払い、後方へ跳躍しながら刀を拾い上げる。
先ほどの一瞬で取り落としていたようだ。
しかし、それを確認した男からは、戦意は嘘のように鎮まっていく。そして。
「……合格だ。小娘。手加減したとはいえ、よくぞ儂の”一歩”を耐え抜いた。」
そう、一言告げた。
セツナが刀を取り落としたのは偶然ではない。セツナは男の戦意を受けたその瞬間には既に臨戦態勢に入っており、男の首筋へ向かう手刀を刀で受けようとしたのだ。
動きはまるで読めなかったが、その戦意から狙いを絞り、がむしゃらに迎撃を試みたのである。
それができなければ、セツナは意識を失うだけでは済まなかっただろう。首の骨をへし折られ、虫の息となり、再び最高級回復薬のお世話になっていたはずだ。
「一歩……?……まさか、貴方は……?!」
そして、その言葉から、セツナは驚愕の表情に包まれた。脳に電流が走ったかのように、今までのすべてがつながった。
父から教えてもらったというアルテミシアの跳躍術。カインの宿屋という言葉への反応。この宿の屋号。
その男は、この英雄の故郷の”英雄”の元となった人物だ。
その一歩は大地を穿通するほどにまで深く衝撃が渡り、その踏み込みを以て放たれる一撃は、まさしく神の御業。一歩進めば敵が死ぬ、文字通り破滅を刻む歩み。
『厳歩』ゼン。ゼン・エクストル。ギルド創成期より215年。その『二つ名』を維持しつづける、生きる伝説であった。