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「おお、これは……」
感嘆の言葉が口から洩れる。
セツナは世界一の大都市ならばやはり品ぞろえはすさまじいものがあるのだろう、と思っていたのだが、想像以上だった。まさにデパートとでもいうべき、とんでもない大きさの市場。世界一であり、また世界初の大規模商業施設である”メビウス”は、なるほどまさしく”無限”といってもいいほどの品ぞろえである。これ全部把握するのはもはや不可能ではなかろうか、とセツナは本気で思った。
ここに置いてあるのは大量生産によって生み出されてはいるが、品質の均一化された商品だ。食べ物、装備、薬、傭兵が必要なものだけでなく、単純に需要のあるものは何でも置いてあるような節がある。当然のように人は大量にいるのだが、人ごみの中であってもセツナは窮屈さを感じなかった。これは努力のたまものである。
魔力操作の応用である。自身の体にかかる力を後方に流すことで、人ごみによる圧をそのまますいしんりょくへと変えるのだ。よく見ると、同じように人ごみをすり抜ける傭兵の姿が多数みられる。覚えておいた方がいいと師から教わったが、なるほど、これだけでも覚える価値はありそうだとセツナは割と本気で思った。本当は攻撃によるダメージをできるだけ少なくするための技術なのだが。
するりするりと人ごみを抜けながら、商品を見定める。欲しいのは洞窟探索で必要になるアイテムたちだ。大霊洞内部ではあまり火を使うのはよろしくない。自分が呼吸できなくなるのだ。空気を生成するアイテムは持ち込むことは持ち込むのだが、無計画に火を使うと自分の首を絞めつけるばかりか、同じ領域を探索するほかの冒険者や傭兵にも迷惑がかかる。当然のマナーであった。
ちょうど切らしていた燐光石と閃光石、カナリヤ石をとりあえず購入する。瓶詰になっており、明らかに必要以上な量だったが、一つ当たりの値段で見ると安くはある。どれも洞窟探索では便利なアイテムだ。特にカナリヤ石は生命線の一つでもある。この石は大気の異常を検知すると音を鳴らして割れる特徴的な性質を保有しており、無色透明な毒ガスや、単純に酸素のない領域を検知してくれる。鉱山労働者必須のアイテムだ。
続いて探すのはピッケルだ。折りたたみ式の、よくあるタイプのピッケルである。術式の付与がされていない、折りたたみ式の汎用品だ。セツナは別に鉱山労働者ではない。あまり丈夫なものでなくとも、魔力で強化してしまえば、長持ちする。……5つセット以上でしか販売されていなかったので、購入したが、どうにもこの商業施設の思惑に乗せられている気がしないでもないセツナだった。
ほかにもいくつかのアイテムを購入する。支払いは現金だ。換算すると50000Gくらいの買い物。さすがに懐が寂しくなってくる。依頼を一つクリアすればおつりがくる程度の出費だが、生活はもとより、家賃もシルバーランクを維持するための納付金も必要だ。楽観視はできない。
買い物を終えて大量の荷物がバックパックに入っており、これをもってもう一度宿舎へ戻る。
アイテムボックスにぎりぎり入るかというくらいの大荷物だ。セツナは旅人をやっていたのでカバンは伸縮性が高く、許容量も許容重量もかなりのものがある。宿屋の入り口にカバンが引っ掛かった時はさすがのセツナも買いすぎたかと顔を青ざめさせたのだが。
やっとの思いで部屋に帰ったセツナは、あとの寝るまでの時間を、アイテム整理に費やす。今回は洞窟での探索を主眼とした装備だ。
セツナはパーティーを組まない。そのため、すべて一人でやる必要がある。索敵、戦闘、回復などの支援に至るまでだ。当然、野営キットなどを誰かが持ち歩いてくれていることなどない。加えて、探索領域内では傭兵に紛れた盗賊などが襲い来ることもある。警戒も必要だ。
自分ができないことはアイテムに代用してもらう必要があり、それはできる限り圧縮した方がいい。多ければ肝心の戦闘で動けず、少なければいざというときに詰む。セツナは慎重にアイテムを選別する必要があった。
日が暮れるまでの数時間、セツナは来る明日の依頼に備えて、じっくりと時間をかけて準備に没頭した。
☆大規模商業施設・メビウス
商人ギルドの威信をかけた大規模商業施設。イメージはもちろんコス〇コ。
大量生産の概念はこの世界には既に存在しており、西欧諸国では産業革命もどきがすでに数十年前に起こっている。
魔物の被害が比較的発生しにくい西側諸国には、すでに大工業地帯が出来上がりつつある。
メビウスはテストケースでありながらも安価で大量に消耗品を仕入れられることから、日々大量のアイテムを消耗する傭兵から人気が爆発しており、セントラルでは歴史的な成功を収めている。二号店はぜひ我が国に、という勧誘も結構強い。