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毎日投稿はこれにておしまいです。再びストックが溜まるまではぽつぽつとした投稿が続きます。



「………こ、これは……」

「ユグドラシルエリクサー。……最高級の身体復元薬だ。内臓が全部なくなっててもすぐに元通りになる。」

「え」

「おお、これは面妖な……」


 赤髪で十字傷の男……カインは、傷だらけで動けない二人を見るや否や、懐から取り出した瓶を開けて二人にぶっかけた。いきなりの出来事に、二人とも固まっていたが、すぐにでも傷がいえていくのを認めると、そちらの驚きの方に意識を持っていかれた。


 ユグドラシルエリクサー。この世界の各地に点在しているという知性を持つSSSランクオーバーの種族、ユグドラシルの素材を用いた薬品だ。彼らの信頼を得られなければ勝ち取れない素材である”世界樹の大神葉”を必要とするため、入手本数の限られる値段の付けられないほどの最高級品である。


 セツナは顔を青ざめて震え始めた。こんなもの、いくら取られるか分かったものではない。助けてくれたのはありがたいが、今の自分ではこの対価を支払うことなど、まったく不可能であることを理解していた。


「こ、こんなものを……いいのですか?」

「前に嬢ちゃんを助けた時、持ち合わせがなくてキヤフ先輩に怒鳴られたもんでな。俺は持ち歩く主義じゃねぇんだが……人命救助用にいくつか持っとけって押し付けられたんだ。つまり、俺の懐は痛んでねぇ。気にすんな。


 まぁ、恩を返したいなら……キヤフ先輩に俺がお前ら助けたこと、伝えておいてくれ。こう、良い感じに。

 ……実は最近、先輩からの評価が低くてな。頼む。」


 が、カインが求めた見返りはその程度のこと。セツナらには苦でもないことであった。実際のところ、カインにはある切実な理由があり、ギルドマスターからの評価が必要だったのだが、それは今の彼女たちには関係のない話であった。


「わかりました、必ずお伝えします。」

「私もだ。キヤフ殿……に伝えればいいのだな?」


 とはいえ、承諾しない理由もない。二人はそれを快諾した。


「うし。じゃあ村に向かうか。

 ……実はちょいと気になってんだ。お前ら、どんな冒険したんだよ。ちょっと教えてくれ。」


 話もひと段落したので、カインは村に行くことを二人に提案する。

 見れば、セツナはアルテミシアの上着を羽織ってはいるが、装備はほぼボロボロだ。ここは極寒地帯。今でこそ治療薬の効果でまるで気にもしていないだろうが、しばらくすると体の末端から冷え始めてしまうだろう。二人をここで凍えさせるわけにはいかなかった。


 そして、カインはこの道すがらに、一番気になったことを聞く腹積もりであった。

 ある意味で、カインが彼女らに要求する恩返しでもあり、もう一つ狙いがあった。

 ……彼女たちに話をさせることで、彼女たちからの質問を受けづらくするためだ。


「冒険、ですか?」

「おうよ。何をしたらあんなのにBランクが追いかけられて生き延びられるか、聞いてみたくてな。 

 それと、嬢ちゃんはよければ前に助けた時の話もしてくれよ。」

「む。セツナはこの御仁に助けられたことがあるのか?」

「あ、あはは……お恥ずかしい話ですが。……でも、お求めとあらば、一つ。」


 寒空の下で、セツナはゆっくりと話し始めた。

 思えば自分の冒険について、他者に話すのはこれが初めてかもしれない。


 かつて自分の冒険をセツナに伝えてくれたあの師匠のように。

 冒険の熱を、少しでも分けることができればとセツナは思った。



*    *    *



「『凱旋』が彼女らの救出に成功したとのことです。『狼』から報告が上がっています。」

「何とか間に合いましたか。SSランクのネームド出現の報を聞いたときには、どうなることかと思いましたが。」


 ほっ、と緊迫していた執務室の空気が和らぎ、キヤフが椅子に体重を傾けた。

 

 実のところ今回の救助は、ほぼ必然的なものだった。

 これは単純な話で、キヤフは特務職員を通じてセツナたちの動向を探っていたのである。ちょうど近くに居たカインへもキヤフが救助要請を出しており、それが間に合った形となった。


 彼女はギルドマスターとしての仕事をこなす傍ら、目をつけている傭兵には、細かなサポートを心掛けていた。セツナ以外にも、何名かの資質を感じた傭兵には同様の処置をとっている。


 ただ一つ予想外だったのはSSランクネームドの出現だ。今回そのような事態を予測しておらず、戦力の派遣と連絡に時間を要したのだ。SSランクのネームドモンスターである”ゲルダ・ザ・フォレストビースト”はその根絶が難しく、長らく討伐失敗が続いていた魔物である。


 今回はセツナたちが”十分な戦力”ではなかったため、ある種の油断を誘った形になったのだろう。

 仮に、カインが初めからその場にいれば、一瞬で対応はできただろうが、あの魔物は地中に埋まったままじっとしており、本体を晒すことはなかったはずだ。


(しかし……やはり異常なまでの戦闘能力ですね。装備は武器以外、何も足りてはいなかった。だというのに、この戦闘力。報告によれば、最大出力は推定Sランク。戦闘技巧も含めればSSランクにも引けは取らない。()()()も装備も魔術も何もなく、この戦闘力を発揮できるのは尋常ではありません。


 ……ただの身体強化だけではない。何か、『天衣無縫』が彼女に託した奥義のようなものがあるはず。)


 思案にふけるキヤフ。それがどのようなものであるのかは、想像もできないが。


 少なくとも、その技術は傭兵ギルド……ひいてはこの世界の変革の要因になるのではないかと、彼女は確信に近い直感があった。




 


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