36
戦場は、二つの嵐のぶつかり合いであった。
敵の抵抗は激しい。再度の総攻撃のために溜めていたリソースをすべて彼女に、ウッドパラサイターは注いでいた。
攻撃の密度は激しくなるばかり。そんな森の中を、セツナは弾丸のようにまっすぐかき分けて進み、道中の木々を根こそぎ吹き飛ばして反転、再び突進することを繰り返す。
先ほどまでとはまるで別人のよう。特に、魔力操作の強度が尋常ではなかった。
刀を振るえば、彼女の刀に充填された魔力が、瞬間的に刀身を超えた長さにまで立ち上り、自身の前方数メートルを薙ぎ払う。今までのセツナなら魔力の放出でどうにかしていたような距離を、出して引き戻せる距離が尋常ではなく伸びているために、消耗もほとんどなく、その絶技をやってのけていた。
「すさまじい……!だが……」
代わりに、セツナの体は相対的にダメージが大きくなりつつある。
すでに受けていたダメージは尋常ではない。たとえ、この理解しがたい現象によってセツナの強さが大幅に増した後、一撃たりとも喰らっていなくとも、血を流しすぎている。
アルテミシアにはなぜ動けているのか理解できないレベルの出血だ。この現象がいつ止まるのかわからない以上、セツナにはより早い決着を求められる。
そして、決着のカギを握るのはアルテミシアだ。”見極め”は、まだ終わらない。
(あと少し!あと少し削れれば……!)
先ほどから、攻撃の手を止めているアルテミシアは耳を澄ませ続けている。
セツナの強大な力は時間制限付きなのはもはや間違いない。何かを犠牲にしているはずだ。
そして、その理由もわかる。
彼女は、アルテミシアの作戦に乗ったのだ。彼女なら見極められると信じて、最後まで自身の仕事をやり切るつもりであるのだ。
バキャアアアアン!!と甲高い音が響く。セツナの降りぬいた刀の先に、硬質化したと思わしき木の蔓が。あの勢いのセツナで叩き斬れないとなると、もはやその強度はウッドパラサイター本来のランクであるSSランクに肉薄しているはずだ。
こんな力を使ってくるなど聞いたこともなかったアルテミシアだが、このウッドパラサイターの切り札であるのは間違いはなかった。
おそらくは、寄生した森の木々の力を集めて時間をかけて作り上げた自身と同ランクの攻撃手段。
寄生型の魔物の宿命である、”宿主の強さに依存する”という弱点を、この個体は克服しようとしている。
破砕音が複数。アルテミシアには残像すら見えない。わかるのは、超強度の鞭で殴り掛かられているということだけ。その強度にたがわず、動きの速度も段違いに引き上げられている。アルテミシアと同ランクであるはずのセツナが反応し、迎撃にまで至っているのは奇跡に等しい。
これ以上時間をかければ、たった一本の鞭ですら進撃を止められているセツナに、止めを刺すように追加戦力が生み出されてしまうだろう。
「……まて。これは。」
そして奇しくも。アルテミシアは気が付いた。今この瞬間が、最初で最後の絶好の好機だということに。
「…………ッ、やるしか、ないッ!」
鉄弓を引き絞る。これ以上削れないセツナの代わりに、アルテミシアが追い立てるしかない。
ここで自身にヘイトを向ける行為は、致命傷につながりかねない。
しかし、やらなければ、共倒れだ。やるしかない。
……セツナは単独で森を抜けるくらいは訳なかったはずだ。だがそれをしないのは……アルテミシアをかばう余裕がないのと、彼女を死なせまいとしたからだ。
アルテミシアは、自身が足手まといであることを理解していた。
狩人の腕では、あの化け物は倒せないし、逃げられない。
森を駆ける彼女では、森が敵になった時に抗えない。
「……《sowelu》ッ!!」
一度に大量の矢を放つと同時、彼女の懐で石の割れる音。
ルーン石に込められた魔術をばらまいた矢に仕込んだのだ。
山なりに森の各方面に飛んでいく弓矢たち。それらを迎撃する森の木々。
着弾と同時に光輝き、それを払おうとした蔓などに炎が燃え移る。
太陽の光、それを意味するルーン。sowelu。このルーンには攻撃性は少なく、ついた炎もすぐに消えてしまうだろう。
しかし、これは最後のダメ押し。アルテミシアは、ついに目的とする魔力の波動を捉える。
「視えたッ!!」
すぐさま放たれる二の矢。同時、セツナは襲い掛かる蔓を思いっきり弾き飛ばし、矢に追従した。
当然、迎撃に動く森。しかし、矢への攻撃は、ことごとくすり抜けてしまう。
幻影の矢。光属性の幻影魔術。敵に干渉せず、光学的な幻影を生み出すことによって生成されるもので、敵がどんな格上であっても、この術そのものを無効化することはできない。
アルテミシアがずっと探していたのは、森の中核、ウッドパラサイターの本体の位置だ。
森は広大であり、どこにウッドパラサイターが潜んでいるかわからない。それどころか、敵は位置を変えることができるのは明白であり、早々に追い詰めることはできなかった。
しかし、セツナの奮戦より状況が変わる。力を出し惜しみ……セツナに抗するための対策をウッドパラサイターに”取らせた”のだ。
そうすることで、森に存在するリソースを一点に集める必要がある。セツナが無防備な森の木々を引き裂く関係上、当然本体も戦力集中地帯に身を隠す。
大方のエリアを絞れれば、その範囲に絞って索敵を行えれば効率がいい。セツナは、ここまで理解して、彼女の提案に乗った。本体を割り出す手順については、セツナはアルテミシアに丸投げだったわけだが。
それを可能にするのは、彼女の驚異的な察知能力。森の木々の動き、攻撃への反応から、どこからどのように力が伝達しているのかを見極め、その最大交差地点……つまり、最も力の集中しやすい場所を看破したのだ。
最後の一押しで、森のいたるところで動きがあった。各所へと流れ出る力の流れを、アルテミシアは正確にとらえることに成功した。
本来、森全体で動きのある敵であり、捉えるべき気配があまりにも多く、ノイズも混じるために正確にとらえきれなかったアルテミシアだが、最後の一瞬、セツナに力を傾けすぎたのか、森全体で在ったはずの動きがなくなっており……アルテミシアは、高精度で動きのあった樹々の動きをつかみ取ったのだ。
木々をすり抜けた先に、セツナはついに見た。赤黒く脈動する木。周辺の木々の陰に隠れ、まるで見えなかったまがまがしい樹木の存在。
間違いない。ここに本体が宿っている。そう感じる。
「……あとは、お任せください。15秒も、今なら必要ないでしょう。」
懐から、赤く光る結晶のような石を取り出した。
そこにすべての魔力を集中させていく。
今までのセツナであれば、その出力を出すのに、確かに一定時間の集中は必要だっただろう。
だが、セツナには今ならその充填に、わずかな時間すらも必要ではなかった。
「これでっ!!」
渾身の力でもってぶん投げられたそれは、活性化しているセツナの魔力を丸ごと喰らって瞬時に赤熱化。
セツナを巻き込んで、大きな爆発を巻き起こした。