34
執筆は順調です。このままいけば四章も続けて毎日投稿ができるかもしれません。
「……っ!」
攻撃の軌道が変化する。振りぬかれた刀は、多くの枝葉を打ち落とすが、樹木の根は彼女の頬に浅い切り傷を残した。初めての仕損じ。危ない物は何度もあったが、ダメージが形になったのはこれが初めてだ。
戦いは長く膠着し、ここにきてようやく、ウッドパラサイターはセツナの”凌ぎ”の術理を理解し始めていた。
セツナの一体多数の乱戦における術理は、自らの立ち位置の変化による対応である。
例えば東西南北から攻撃が一点に攻撃が集中するとき。その場にいれば全方位からの攻撃を同時に対応させられる。
しかし、一歩前に進めば東西の攻撃は当たらず、北の攻撃を先に対処した後ですぐに南の攻撃に対処すれば、負担はぐっと減る。
全方位からセツナのいるあたりの場所へ攻撃を仕掛けても、当初狙った予測の位置を少しだけずらすことで、セツナは空間的な制圧から、攻撃を面的な制圧にまで対応のレベルを落としていたというわけだ。
縦横無尽に駆け巡っているように見えて、速度の緩急をつけることによって、微妙にウッドパラサイターの照準をずらし、対応するべき攻撃を大幅に減らしたうえで防御回避迎撃を選択していたのである。
しかし、わかってしまえば対応は簡単であった。
セツナを直線的に狙わなければいいのだ。
セツナを狙う蔓の鞭と根の槍は軌道の調整が容易であるため、セツナを直接狙うのではなく、攻撃を迂回させるなどして、読みづらくした。
ウッドパラサイターはそのすべての樹木を手足のように操るとは言うが、攻撃に耐えうる速度で放つ根や体の一部の軌道をそこまで捻じ曲げられるわけでもなかった。しかし、多少のかく乱はぎりぎりのところでしのいでいるセツナには大きな影響を及ぼしつつあった。
なんにせよ、物量が物量なのだ。少し考えることが増えるだけで、対応の質は急激に落ちていく。
たとえ操作したことによって速度が多少おちても、それが物量を伴うのならば、効果は十二分にあった。
「グッ……!」
目に見えて、セツナの体に刻まれている傷が増えていく。
冬土連邦に赴くにあたって用意した防寒着はすでにボロボロであった。ダメージをある程度までは受け流すことができるセツナだが、数が数である。蓄積していくダメージはすぐにバカにならない量にになっていく。
一度受けたダメージを起点に、痛みによってわずかに鈍くなった動きから次々と動作に誤差がでる。
加速度的に傷が増えていく。このままではそのうち致命的なダメージを受けてしまうことは明白であった。
「仕方ありませんか……!」
たまらず、一度引いたセツナは、追撃が来る前に懐から抜いた針を自身の腕に打ち込む。
最近購入したグッズのうちの一つ。”無痛針”。いわゆる痛み止めだ。
セツナは普段あまり使わない。戦いに没頭しているときは痛みを忘れられるからだ。
しかし。今回の戦いではセツナの意識のうち、何割かは冷静であった。戦いに集中はしているが、どこか冷静な意識を残している。これは、乱戦の中で戦うことだけに集中していると、アルテミシアの合図を聞き逃してしまいそうだからだ。
ダメージは回復しないが、多少のダメージでは集中はきれなくなる。難点はいろいろあるが、度重なるダメージの蓄積で、少しでも体の動きが鈍くならないようにする措置だ。
しかし、この針の持つ作用は強力である。致命的なダメージの存在にも気づかなくなり、戦いが終わった時には手遅れだった……という事故もある。常用も危険であるため、ランクBの薬物毒物取り扱い免許を持っていなければならない。
「ふぅ……ハァッ、……っ!」
ばきり、と針を握りつぶして放り投げ、直後に襲い掛かってきた攻撃の雨を回避する。
脳に冷たいものが流れ込んでくる感覚。戦闘の高揚感を著しく削いでくる。同時に、体を覆っていた痛みが取り除かれていく。
思考がクリアに。精神の高ぶりと引き換えに、再び集中力を取り戻した。
「………。」
距離をとる。一度仕切り直しだ。これはセツナ側だけの特権でもある。
敵はその場から動けず、リソースを削った樹々の近くに攻撃を行うにはそれなりの準備を要する必要があるのだ。
そうして時間を作り、息を整えながら、再び集中する。しかし、先ほどまでのような身体強化の出力は保てなかった。
セツナがあまり無痛針を使いたがらない理由はこれだ。
魔法使いであるセツナは、意志に呼応する魔力を用いて戦闘を行う。強い鎮静作用のある無痛針は、意志によるある種の魔力の運用に支障をきたすものであるからだ。
「……ッ!!」
数秒のインターバルの後、再びセツナは木々の中へと駆け出した。
上着を脱ぎ棄て、雪で覆われた地面をえぐるような足跡すら残す勢いで踏み込み、攻撃の嵐の中へと身を投じていく。
冷静になり、対応の精度が上がったのか、先ほどまでのようにダメージが増えていくことはなかった。
しかし、やはり時折、彼女の肌を切り裂き、肉をえぐるような攻撃は続いている。致命傷や、出血の多くなるような箇所への攻撃は幸いにも受けていないが、やはり鎮静化による身体強化の倍率の減少は厳しい。
差し引きでいえば、先ほどよりもダメージを受けがたくなったが、こちらの方が性能は落ちる。このままでは、アルテミシアによる合図の前に、セツナは限界を迎えてしまうだろう。
「…くッ!」
そして、何度目かの突入で、左の肩口に、一発大きいのをもらってしまう。痛みはないが、出血量が多い。左腕から何かが抜ける感覚。ごっそりと重みが消え、それを追うように力も抜けていく。
『UEEEEEEEAAAAAA!!!』
それを好機とみた、ウッドパラサイターの猛攻。セツナを討ち取る絶好の機と言わんばかりに、彼女に四方八方から攻撃が襲い掛かった。
* * *