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 命名指定級。

 経験を得て強化された魔物や魔獣が、ある一定の領域に到達すると、ギルドから優先討伐対象として”名”を与えられる。


 人間から認知された、魔物たちの特異個体。命名されている、ということは、ギルドがその被害を認知しているということになる。

 ……つまりは人間との戦いから長らく生き延びてきた個体であるというわけだ。


「うっ?!!」


 ドガガガァン!!

 と、セツナの足元から木の根が何本も飛び出してくる。

 異常成長した樹の根は、セツナの体などやすやすと串刺しにするだろう。紙一重で躱したが、速度はAランクを超えていた。


 おそらくは地面に張り巡らされているであろう、根を使った攻撃。地面に足をつけ、攻撃が発生する直前のわずかな震えを察知できなければ、目の前にぶら下がっている馬車と同じ末路を歩むことになるのは明白だった。


「引けますか?!」

「無理だ!……グッ!

 この魔物は”ウッドパラサイター”の命名指定級だ!

 周辺の木々はすでに寄生されている!森を抜けようにも、森が敵だ!!」


 そういうや否や、アルテミシアは地面から突き出される槍のような根を跳躍してよけながら、空中で器用に弓を構えて放つ。矢は周辺の木々に突き刺さり、一瞬わずかに燃え上がる。しかし、すぐに木がひとりでに動き出すと、近くにある雪をすくいあげてこすりつけ、消火してしまう。


 威力が足りていないのか、耐性があるのか樹の幹の表面を、わずかに焦がしたに過ぎなかった。


 おそらくは簡単な魔術で矢を燃やして延焼させようとしたのだが、炎そのものに魔力はなく、継続性がなかった。魔法使いが使うようなファイアーボールなどは、炎そのものに神秘が宿っており、物理的には簡単に消えないのだ。


「セツナ!炎熱系の攻撃に持ち合わせは?!」

「ありますが、1度きりです!」

「……容易には使えないかっ!」

「それもありますが、準備に15秒欲しいですね!」


 木の根による打ち上げの乱舞を一通りよけきった二人は、互いに互いの手札を確認し合う。

 が、敵は悠長に待ってはくれない。彼女らに時間を与えないために、次の手を打ってきた。


 木の枝や葉のようなものが付近の木々から次々と打ち上げられる。それらは空中で弧を描き、セツナたちのいる場所へ雨のように降り注いでくる。回避はできない。まさに絨毯爆撃だ。


「私の後ろに下がれ!」

「……お願いします!」

「ハッ!!」


 アルテミシアは懐から何やら石を取り出すと自身の前にそれを突きだす。

 同時に、石が砕けて光を放ち、簡易的な結界が張られた。枝や葉そのものにそれほどの強度はないらしく、次々と防がれていく。しかし、アルテミシアの表情は険しい。


 ルーン石。大陸北西に存在する”北部妖精諸島”と呼ばれる場所で採られる特別な石を使った刻印型のマジックアイテム。ルーン魔術と呼ばれる強力な魔術を封じ込められる石だ。高価だが、きわめて高い効能を持つ。


 しかし、ルーンは刻印魔術に近く、長時間の発動には刻印された媒体が必要になる。

 今回の場合、アルテミシアは魔力を大量に消費することで無理やりそれを維持している形だ。


「ぐっ…!」


 何とか雨を防ぎ切ったアルテミシアが、地面に膝をつきそうになる。魔力は意思に感応し、そのまた逆のことも起こる。自身の魔力を大量に消耗すると、精神的に負担がかかりやすいのだ。


「セァッッ!!!」


 雨が途切れた瞬間、セツナは駆けだした。

 驚異的な加速。位階を一つ飛び越えるような劇的な身体強化だ。


 位階を超えるほどの強化は、本来長くは持たないものだが、セツナはその維持に異常なほど長けている。理由は言わずもがな。

 彼女の、強敵との戦いの経験である。


「シッ!!」


 彼女の接近を阻もうと、木々の蔓がセツナを鞭のように打ち据えようとするが。

 それらを一瞬で切り刻んでいく。

 アルテミシアの眼には、残像程度にしかセツナの動きが映らなかった。

 

 加えて、その威力もすさまじい。

 セツナの振るう刀は、命名指定級の体そのものではないとはいえ、豆腐か何かのように、敵を切り刻んでいる。本来ありえないことだ。


 ウッドパラサイターは寄生した木々を変異させ、自分の手足のように操る。その際、ただの樹木であるはずの木々の強度を引き上げる力を持っている。

 命名指定級であるウッドパラサイターの本体はSSランク相当の実力。仮に体の末端部分の強度がAランクでも、セツナの力では斬ることはできても本来あれほど鮮やかにはならない。


 技量と実力、そして武器。三つが互いにかみ合っている。自身よりも強いモノを相手にしているというのに、圧倒しているようにすら見えるその光景は、まさに異常な光景であった。


「一つ……!」


 途方もない数の木々ではあるが、まずは一つ。そういわんばかりに、セツナの刀は翻り、その幹を一刀両断したうえで、返す刀で、賽の目のように細かく切り刻む。樹の中に寄生しているかどうかの確認である。


「………一番強そうな木を狙ったのですが、外れですか。」


 直後、彼女に殺到してくる蔓やら根っこやらの雨あられを、跳躍して回避し、再びアルテミシアの元へ戻ってくる。


「……いや、良い揺さぶりだ。これで奴は手段を選ぶ必要が出る。脅威ではないと思われるのも面倒だ。」

「そんなものなのですか?」


 今しがたの驚異的な短期性能を見せつけたセツナを警戒してか、続いての攻撃が来なくなっている。警戒は解いていないが、どういうわけなのかはセツナにはわからなかった。


「ウッドパラサイターの弱点は、リソースだ。

奴は森の木々の枝や根、葉に蔓などを使って攻撃してくるが、一度消費すると回復に時間がかかる。少なくとも、この戦闘中には無理だ。


 ………みろ。」


 よく見てみると、セツナたちに近い木々の蔓や枝は、軒並み切り裂かれているか、もげている。太い枝と幹が残っている程度の木々が多いように見える。なるほど確かに。再生能力がたとえあったとしても、これだけの木々の枝や蔓をすぐさま再生させるのは難しいだろう。


 逆にそれができるなら、枝葉の雨を無限に降らせ続けることが可能なわけだ。セツナたちが今生きている理由がないのだ。


「無論、後方の木々が根を伸ばしてきたり、枝を撃ってくることもある。しかしそれにも限りがある。

 ……セツナ。私たちが勝つ方法は一つしかない。

 ……()()()()()させるんだ。」


 アルテミシアがそう告げると、セツナは目を見開いた。

 その発想はなかった、とセツナは天啓を得たような気すらしたのだ。アルテミシアの意図を正確に把握したセツナは、再び全身に魔力を巡らせる。


「……なるほど。駆け引きというわけですか。では、”見極め”はお願いします。」

「任せろ。”追い込み”は頼んだ。」

「ええ!」


 援護射撃と言わんばかりに、彼女を阻もうとする木の蔓たちを同時に撃ち落として見せるアルテミシア。その信頼に応えるべく、セツナはその身を、うごめく冬の森の中へと投じていった。


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