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「……っ!!」


 セツナは今は、今生で最大といってもいいほどの衝撃に打ち震えていた。


「どうしたのだ?」


 隣にはアルテミシアが、器を片手に、料理を口に運んでいる。

 事態は、本日分の移動を終え、キャンプを行い、せっかくだからと狩りで得た食料の随伴に上がった時に起こった。


 セツナも、料理が下手なわけではない。むしろ自力で食材を調達することを強いられる環境下で長期間生存するために、調理技術は一定の水準まで必要であるのは自明であった。特に冒険者を目指すならば。


 しかし、しかしである。よもや、これほどの料理が野営で出てくるだなんて、どうして想像できようか。


 今セツナの目の前に出ている料理は、さながら、大皿に盛られた饗宴で出るような料理群であった。


 揚げ物、ステーキ、ハンバーグ、肉刺身……ありとあらゆる肉を使った料理が、こんな短時間で作成されて出てくるとは、思いもよらなかったのである。


「……いえ、つい、感動が……」


 一口食べれば、口の中に広がるのは濃厚で野性的な肉の味わい。

 今までセツナたちが食べてきた料理は、いったい何だったのだろうと思えるほどの出来の良さ。香辛料もほとんど使っていないのに、この香ばしさ。


「そういってもらえると、料理した甲斐もあったものだ。気にせず食べてくれ。あいにく、人にふるまったのは初めてだ。」


 美味い。香辛料を使っているようには見えなかったが、味付けは完璧だ。

 普通、野営で食べる肉は熟成なんてする暇もないので、香りも味も、店で提供されるような料理とは比べられないのだが、まったくその手の違和感を感じない。臭みもなく、ただ本能を刺激する、暴力的なうまみがそこにある。


 肉は柔らかい。どうしたって魔獣の肉は硬くなる傾向が多い。それは、厳しい自然を生き抜くうえで脂肪分よりも筋肉の方が多くなるからだ。ランクの高い肉食の魔獣ならそれは顕著なはずなのだが、この料理にはそれがない。

 

 いったい何をすれば、ここまでの料理に仕上がるのか、セツナにはわからなかった。

 だが、少なくとも、目の前の料理はおいしい。

 雑多な思考はすべて後にすることにして、今だけはこの食事に没頭するために、すべての意識を目の前の皿に向けた。


*   *   *



「………ごちそうさまでした。」

「お粗末様だ。ここまで良い食べっぷりとは思わなかったな。」

「申し訳ないです。明日への保存分まで食べてしまって。」

「いや、構わない。明日の分は明日獲ろう。それに朝に出す分は確保してある。」

「……期待してしまいそうです。」


 セツナは、キャンプの寝袋にだらしなく寝転がりながら、食後の余韻に浸っていた。

 食べて得られるであろう幸福体験を、もう一生分したのではないかと錯覚するほどだ。


 ……少なくとも、こんな野営中にありつけるような味ではなかった。ここ半年ほどまともな食事をとる機会が少なかったことも起因したのか、感動のあまり目じりに涙さえ浮かべていた。


「しかし、どうしてここまでの調理技術を?

 設備も何も足りなかったと思いますが。」

「ふむ……説明は難しい。明日見せてもいいか?」

「あぁ……それは眠れなくなりそうですね。」


 セツナはその調理技術がどこから来ているのか聞いてみたが、アルテミシアの返答にがくりと首を落とす。本格的に眠れない夜になりそうだ。興味は尽きないし、何よりその技術は欲しい。


 もっと、彼女のことが知りたい。

 セツナは、アルテミシアの持つ特異な技能に興味津々であった。


「そうか。では、子守歌でも歌おうか?」

「子守歌、ですか?」

「ああ。父がよく歌ってくれていてな。」

「では、是非。」


 寝袋に潜り込み直すセツナのリクエストに応えて、アルテミシアはゆっくりと謳い始める。


あめも こごえる やまのすそ


はなも まどろむ ひるのそら 


かぜの みちびく みちのさき


ふぶき くぐりて ふゆのかみ



 その声音は優しく、音色に身を任せていると、すんなりと心の熱は鎮まり。

 何時しかセツナは、寝息を立て始めていた。




*   *   *



「………。」


 報告書を受け取ったセントラル傭兵ギルドのギルドマスター・キヤフははるか遠い北の空の下に居る、自身の戦友について思い浮かべていた。


 セツナに渡した依頼は、定期依頼ではあったがある人物にほとんど委任していた依頼であった。

 今回はその依頼を、セツナに回した形になる。


 セツナ・レイン。彼女の実力についてあらかたの情報を得たキヤフは、やはり彼女が『天衣無縫』の弟子であることを確信していた。彼女はすでに頭角を現し始めている。次代を担う傭兵となりうる人材だ。


 ……少々危なっかしいところもあるが、そこは本人の精神面での成長に期待するしかない。

 キヤフにできるのは、彼女により大きなチャンスを与えることだけであった。


「これをきっかけに、あの人たちも弟子を取り始めてくれると、良いんですが。」


 もっとも、キヤフとしては優秀な人材には余生を送ってもらうのではなく、できれば人材育成に励んでもらいたいもの。アルテミシアの育ち具合を見れば、やはり彼らにはまだまだ働いてほしい。


 かの弓師は傭兵ではない。しかし、あれだけの射撃技術と多彩な才能はすでに界隈では噂になっており、傭兵ギルドでも彼女当てと思われる依頼がちらほら見え始めている。そして、そのアルテミシアの師は、『英雄の故郷』に住まう、かつての英雄の一人であった。


「『厳歩』ゼン。……『天衣無縫』の忘れ形見を、どうかお願いします。」


 祈らずにはいられない。自身が配したこの出会いが、セツナにとって……「彼女」にとって、未来につながる鍵とならんことを。



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