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 スヴァルバードから北上するルートは二つある。雪原を東回りに迂回するルートと、西回りに迂回するルートだ。本当は雪原を直進するルートもあるのだが、危険で時間もかかり、馬車も通れない。迂回した方がかえって早くなる。


 東回りのルートは比較的安全だ。冬土連邦の首都、イウへつながる道でもあり、常備軍や冬土の傭兵たちが安全を確保しているほか、ファールス連山やその他幻想領域の勢力範囲内でもない。冬土連邦は土地柄から、特に民間では馬車を利用した交通網に依存しているため、街道の安全管理は国家の存亡にかかわる大事業だ。


 しかし、安全な東回りのルートは肝心のクーユルドへ向かうための街道ではなく、方角も微妙にずれている。


 西回りのルートは、幻想領域でこそないが、針葉樹林の横を通ることになる。ここにはファールス連山の抱える特大の幻想領域から降りてきた一定数の魔獣や魔物が住み着いており、危険度はDランク。一般の者が通るには高い。普通、行商には使われないルートだ。


 セツナたちはこの比較的危険なルートを通ることになるが、セツナ本人の戦闘力はBランクオーバーだ。よほど手ごわい敵が出てこなければ群れであっても単独での対処が可能であり、このルートを通るにあたるリスクは0に等しかった。


 今回セツナが迎えた同行者であるアルテミシアは、馬車の屋根の上に座り、じっと耳を澄ませている。

 獣人の耳はこの寒空の中で晒していても凍らない。セツナは時折馬車の上を見上げては、その耳がとてもうらやましく感じた。傭兵が耳をふさぐのはかなりのリスクだが、それはそれとして耳を守らなければこの寒さでは凍傷になる。イヤーマフラーに厚手のコートを着たセツナは、実に窮屈なこの装備を着こんでいなければ、この地ではまともに動けそうもなかった。


 外気温はマイナス10度ほどだ。ここからさらに北へ行くにつれて下がっていく。

 クーユルドでは結界があるのでそうでもないが、今回の依頼地点であるファールス連山の序地は氷点下40度を下回る。覚悟はしていたが、対寒術式は常につけておかないと死んでしまいそうな寒さの中に最長2週間の滞在になるかもしれないのは、さすがに気が滅入るセツナであった。


「む。」

「どうかしましたか?」


 自分にも自前の毛皮が欲しい……と寒空の下、手綱を握りながらつぶやいていると、不意に屋根に乗っていたアルテミシアが、耳を立てながら視線を西の方に向けた。つぶやきを聞かれたのかと思ったが、どうやら違うらしい。


「今晩の食事を見つけた。」

「え」


 セツナが何か言う前に、ひゅん、と軽い音がしたかと思えば、馬車をほとんど揺らさずに跳躍し、気が付けば針葉樹林の木々を蹴って、森の中へと跳躍していくのが見えた。

 馬車をここで止めなければ見失うかもしれない。そう思ったセツナは、すぐに馬車を止めながら、視力を強化。遠視を試みた。


 すると、もうすでにアルテミシアは空中で弓を引き絞っており、標的に向かって今まさに打ち出す瞬間であった。その先のどこに獲物が居るのか、セツナには全く見えない。驚異的な感知能力だ。


 しばらくすると、小走りでアルテミシアが戻ってくる。

 その背には、2、3mはありそうな長大な胴を持つ蛇が居た。


 ホワイトサーペント。Dランクの魔獣である。この地域では爬虫類のような魔獣や魔物でも、この極寒の中でも平然と活動することが多い。だが、このホワイトサーペントは雪に紛れ、じっと獲物を待つタイプの魔獣である。一種のトラップモンスターであり、発見は至難の業であるはずだ。


「この距離で、ホワイトサーペントを?」

「正確には、ホワイトサーペントを察知した魔獣の呼吸音を察知した。

 この地方のFランクの魔獣たちは、とても外敵に敏感だ。私たちをはるかに超える危機察知能力を秘めている。彼らの動向に耳を傾ければ、より強大な魔物の察知が可能だ。」


 と、アルテミシアは言うが、実際それはセツナには不可能な話だった。全くやり方がわからない。

 魔獣や魔物の探索を行うなら魔力をソナーのように打ち出したり、強力な活動を行う敵が自ら放つ魔力の波動を感知するなどの手段がある。しかし、アルテミシアからは一切そんなそぶりはない。純粋な聴覚のみで拾い上げたというのなら、恐るべき索敵能力である。

 

 立ち姿やふるまいから、自身と同程度の実力であるとは思っていたのだが、狩りの腕や索敵能力に関しては、彼女の方が圧倒的に上のようだ。


「む。また行ってくる。……馬車は進めておいてくれて構わない。気にせず運行してくれ。」


 再びピンと耳を立てたアルテミシアは、また跳躍し、木々の間を縫うように樹の幹を蹴りながら、遠くへと消えていく。


 今度も馬車は揺れなかった。彼女の技術については、わからないことだらけである。


 超広範囲への索敵能力や、空中で精密な狙撃を行えるほどの緻密な身体操作能力、獲物に気づかれない静かな跳躍技術……将来冒険者を目指すうえで、自身には足りない能力だとセツナは判断した。


(……これは欲しい。せめて、ノウハウだけでも。)


 彼女もまだまだ修行中の身。この一週間で、アルテミシアの持つ高度な技術を、少しでも学び取ろうと、セツナは決心した。

 


 

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