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マイペースなので、予約せずに上げることもあります。
クーユルドは、セントラルからは普通に馬車のみで向かうと二か月ほどかかる、大陸の北方、ファールス連山のふもとにあたる場所に位置する。
さすがにそこまでの道のりを馬車で行くわけにもいかないので、セツナは要所要所で転移ポータルを使用していた。なお、このポータルの利用費用はすでに支給されている。遠方への依頼は、報酬が低い代わりに比較的快適な移動手段を提供される。
……せっかく北方に来たので、大量の素材をついでに確保して帰ってやろうとセツナが意気込むのも当然であった。
セントラルではここでの素材は高く売れる。運送費が高いためだ。地を流れる魔力の流れが悪く、転移ポータルを用いての輸送はどうしても莫大な運用コストがかかってしまう。結局飛竜便や取り換え輸送に頼るしかなくなってしまう。
飛竜便は運送速度が遅く、取り換え輸送は運営しているのが妖精であり、”悪戯”で中身を抜かれることも多いので貴重な素材の運搬には向かない。しかし、こうして交通費が支給されているなら、セツナとしても持ち帰ることができる分は、持ち帰りたいものである。
なお、今回セツナは御者を雇っていない。
そっちの方が少しばかり金が浮くのと、自分でルートをある程度都合できるためだ。
そんなこんなで出発してから、3日。
セツナは、北方の大部分を治める国家群、「冬土連邦」の関所に居た。
『確認しました。どうぞ、よい旅を。』
共通語で書かれたカードを見せられて、セツナは頷き、馬を走らせた。
こうした関所はどこにでもあるものだが、セントラルからファールス連山に赴くにあたっては必ずと言っていいほど冬土連邦の領域に踏み入ることになる。
普通、幻想領域ならともかく、未踏破領域の付近に領土を持つ国家は少ない。
それは、魔物や魔獣による被害が大きいこともあるが、一番はスタンピードが起こった時、それを食い止められなければ責任問題となってしまうからだ。
しかし、恩恵もある。幻想領域や未踏破領域は、そっくりそのまま資源の宝庫となるからだ。国土の近くに無限の資源があるというのは強大な強みとなる。
広い国土を有し、与えられる損害と得られる利益のバランスを器用に取り続けているこの冬土連邦は、帝国や王国に匹敵する強大な国家の一つとして知られている。
そんな冬土連邦は、西欧諸国に片足踏み込んでいるとはいえ、三大ギルドには好意的な国家でもあることでも知られている。
歴史的経緯により西欧諸国からは敵視、あるいは警戒されがちな三大ギルドだが、こと冬土連邦はセントラル大霊洞を巡った確執がなく、加えて未踏破領域に隣接した国家ということで、互いにスタンピードに対する対抗策の技術交換をしている。
互いに手を組まない理由はなく、お互いにとって利益のある交易を長年続けてきた冬土連邦とセントラルは、ある種の同盟国のような扱いとなっていた。
そのため、帝国や王国に入る際に必要な、煩雑な手続きが冬土連邦においては必要がない。関所の役人も、セントラルで使用されている国際公用語のカードを何種類も持っており、セツナの方は簡単な連邦語さえ知っていれば、それで会話が成立する。
『ありがとう!』
関所を通り抜ける際に手を振りながら、現地の言葉で挨拶を返すセツナ。冬土連邦に限らず、この世界には多くの言葉であふれている。翻訳用の魔術やアイテムはあることにはあるのだが、割高だ。簡単な日常会話くらいは覚えておいた方がいいと師匠からの勧めもあり、六大国家の簡単な受け答えくらいは、彼女も心得ている。
冒険をするのに、言葉の壁は極めて高い壁になりうる。
そう苦い思い出のように告げる師匠の顔を思い出すと、少しだけ笑みがこぼれてしまうセツナなのであった。
冬土連邦に入ったセツナだが、ここからも旅程は長い。
何せ大陸の北端にある山脈のふもとにまでたどり着かねばならないからだ。旅程はセントラルから普通に向かえば、直線距離で3000kmほどある。道中回避しなければならない障害や領域などを含めると、5000kmはくだらない旅程となる。
3日ほどかけて転移ポータルを転々としてその旅程を半分進めたセツナであったが、ここから利用できる転移ポータルは少ない。次の転移ポータルまで、2週間ほどは地道を進むことになる。
先は長い。毎日気ままに進んでいこうと、馬車を走らせるセツナなのであった。