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 ……数日後


 あの後二人は、特に大きなトラブルもなく、仕分けた素材の大半をポータルの前まで何度も往復しながら運び込み、帰還。持ち帰った大量の戦利品のうちの何割かを売却し、ギルドで依頼達成の報告を行った。


 その後、ワードは本格的に、セツナの刀の修繕に入る。


 ワードは流れの鍛冶師である。自前の工房を持たないため、魔術ギルドの工房を借りることになった。


 魔術ギルド……この世界の3大ギルドの一つで、新たな技術の開発と、その普及を目的とし、技術職に就く人材の雇用や育成を行っているギルドだ。ワードもここに所属している、というか、彼女は三つのギルドの掛け持ちを行っている。


 今回二人が探索で得た素材の大半を売却して手に入れた資金で借りた工房。レンタルしたのは工房だけで、そこに自前の金床やら何やらを並べていく。


 本人としては満足した設備ではないらしいが、本格的に設備の整った工房はばかげたレンタル料を要求される。興味半分に受付で値段を聞いたセツナの顔が真っ青になるほどであった。


「して、どれくらいかかるので?」

「2週間だ。これでも早い方なんだがな。」

「2週間。」


 この時代、この世界では、鍛冶師はほぼ全員魔術を習得している。

 素材の鍛錬や武器の研ぎ、仕上がりの調整などに。魔術を用いるからだ。

 鍛冶師それぞれが自ら術式を織り上げ、あるいは継承されてきた秘伝を用いて行われる一連の鍛冶は、手作業だけの鍛冶と比べて、かなり早い傾向にある。


 素材や使用する設備にもよるが、セツナの持っているような刀を鍛造するには、普通、3日から5日ほどだ。これは刀身だけの話で、無論拵えや装飾などを加えると、制作期間はさらに伸びる。


 しかしワードの提示した2週間、という数字は、傭兵の常識からしても長すぎるように思えた。

 が、今回セツナが依頼しているのは、新刀の鍛造よりもさらに難行と思われる依頼だ。これくらいはもはや許容範囲だった。


「そうだ。もっと伸びるかもしれないが、そこは勘弁してくれ。」

「ええ。それはもちろん。私に何かできることはありますか?」

「めちゃくちゃある。手伝いから雑用までなんでもな。手伝ってくれるんなら、割り引いてやるよ。」

「それはもう、是非。」


 そうして、二週間。二人の作業が、幕を開けた。


*   *   *




 槌を振るう音が木霊する。

 

 経験を消費して、ステータスを引き上げた者であれば、普通は高熱にも耐性がある程度ついてくる。身体能力の向上による、副次的な肉体の性質の強化だ。


 しかし、そんなものでは到底耐えられない。そう、セツナは感じる。

 肌が焦げる。文字どおり。汗などすべて乾ききり、息をするだけで肺が焼けそうになる。


 鍛造開始から、七日目。灼熱地獄の中で、ワードはただ、無心に槌を振るい続けていた。


 初め、セツナに求められたのは断続的な食料の持ち込みや、お使いであった。

 ワードは工房から動けない。食事やら、彼女が生きていくのに必要なものを、近くにおいて置く必要がある。彼女自身がそれを気にするよりは、人に頼ったほうが楽だ。


 しかし、工房の熱が上がっていくにつれ、セツナへの要求は減っていき、最後には何も言ってこなくなった。

 作業への極限の没入。

 これを、セツナは彼女が戦闘しているさなかに、目撃したことがある。


 が、それとは、比べ物になるだろうか。

 一撃、一瞬にすべてをかける彼女の姿が、今の彼女と重なる。


 ”作業を続ける”彼女の姿とだ。


 あの時の集中力を、もう何時間も維持し続けている。


 新たな刀の素材にワードが選んだのは、二人で討伐したあの巨猪・フルタスクボアーの牙である。

 フルタスクボアーは、アウルムの森中部の森の木々、植物を捕食する。

 植物が地表の鉱脈類から吸い上げてきたほんのわずかな鉱石の成分を体内に取り込み、生み出されたのがあの大牙だ。ワードの大剣による力押し、衝突を何度も繰り返したが、傷一つつけることができなかった、”生体鉱”の一種だ。


 炉の炎だけでは、鍛えることはおろか、柔らかくすることすらできない。

 ワードは自身の魔術を駆使し、炉だけでは実現不可な熱を付与することで実際の熱量よりも低い熱量での組成変化を誘発している。


 その熱が周辺に発されないように、結界も簡単には張ってはあるはずなのだが、そんなものは無意味とばかりに、漏れ出る熱気が灼熱そのものとなる。離れているセツナはまだいい。この熱に、ワードの体がどうして耐えられているのか、まるで分らなかった。


 その激熱により、今ようやく、フルタスクボアーの牙は鍛えられ、叩き伸ばされ、刀としての形へ変化していく。


 これが、器になる。セツナの刀、その魂を継承する、器。


 初めに聞いたとき、セツナは少し怪しんでいた。刀に魂を移す、というのはどういうことか。魂なんてあるのか。あの出会いの後、セツナは説明を受けた。


『武器に限らねぇ話だが、長い間使ってると、武具にも”経験”みたいなものが溜まる。使い手の持つ、魔力の波長が馴染み、ほんのわずかだが使い手とともに成長する。

 が、新しく作ったり、鋳つぶしたりすると、それが消えちまう。それを、アタシらは装備品に宿る魂と呼んでる。』


 それは、セツナが初めて聞く話だった。話だったが、すんなりと理解できた。

 直感的に、あるいは経験的に。それくらいのことなら、あるのだろうと。セツナは不思議なほどに、その話を受け入れられたのだ。


『それに、心材にする、鋳つぶして素材にするとかだと、新しい武器に、どうしても……あぁ……端的に言やぁ、不純物が混じる。

 それだと、新たな武器の性能が落ちる。それが致命的なときに足を引っ張るかもしれねぇ。

 鍛冶師としては納得がいかねぇ。魂が残るくらい、主人に尽くしてきた武器が、装備が、主人の足を引っ張るなんざあっちゃぁならねぇし、望まねぇだろ。』


 やがて、形作られた刀に焼き入れをする前に、彼女の……ぼろぼろになった刀が取りだされる。


 同時に手に取られたのは、ユニタイトで形作られた、セツナの刀と、まったく同一の大きさ、形の板。深緑のそれを、軽く熱したセツナの刀に打ち付けていく。


『んで、魂を移すのに必要なのが、ユニタイトだ。

 こいつの本質は、物と物をつなぐ、結合力にある。そいつを使って、新しい器になる刀に、魂を移す懸け橋になってもらうのさ。』


 青白く光り輝く彼女の槌。それが振り下ろされる。


 刀の魂。それを打ち出し、打ち込む。

 ワードの眼が、さらに見開かれ、澄んでいく。さらに深まっていく集中。


 ここからが真骨頂。ここからが本番。はたから見ても、それは、あまりにも明らかであった。

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