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「…………。」
「…………。」
激戦の夜、セツナとワードは猪の焼いた肉のほとんどを平らげて、荒らされた拠点もそのままに、二人して寝ころんでいた。
疲労困憊。セツナに至ってはポーションで治るとはいっても、傷の度合いは重傷そのもの。数日の静養は必要であった。
ワードもワードである。久しぶりの全力戦闘は彼女の肉体と精神を大いに疲弊させた。
大量の肉でエネルギーは補給できたとは言え、精神的な疲労はぬぐい切れない。
幸いにして、強大な魔物であるフルタスクボアーの討伐により、付近の魔物は手出ししてこない。
あの魔物の血の匂いがそこら中に残っているからだ。巨猪を倒せるような者の近くに、森の魔物は恐れをなして寄ってこない。
一時的にとはいえ、セツナとワードは、この一帯の主となっていた。
「………さすがに疲れたな。つか、おめぇやべぇな。
2ランク差だったろ。あれを止めきるって、どんな馬鹿やらかしたんだ。」
ワードの疑問は、もっともなものだった。
セツナの継続戦闘能力は異常である。普通、2ランク差の魔物は、その動きですら反応するのは不可能である。彼女は身体強化によってランク差をある程度縮めていたとしても、その暴威は致命的なものであったはずなのだ。
実際一撃喰らえば実質的な敗北となる。自身よりも強いものの攻撃を、長い間一撃も貰わない、というのは何かの冗談のような所業であった。しかも彼女に至っては、手元に武器すらなかったのである。
「あ~………まぁ、種は、簡単なんですけど……」
「なんだ。」
「……私、Bランクですが、”経験”はAランク後半くらい、あります。」
「…………なんだそりゃ??」
ワードが怪訝な声を出すのも、無理はなかった。
経験、というのは通常、たまった端から使うものである。
溜めて使うことも可能だが、それは自身のステータスの上昇に使わない時に限る。
ステータスランクは徐々に上げなければ体が付いていかない。位階が変わることによって爆発的に力が高まった時でも、その力に体が振り回されないようにするためだ。
しかし、セツナはBランク以降、位階に経験を振るのをやめていた。セツナがセントラルに来る前から、実のところ彼女はいつでもAランクに到達できたのだ。
「まぁ、理由はいくつかあるんですけど……
一番は、格上と渡り合うノウハウを身につけたかったのです。」
「……結構狂気的だな。制約の腕輪つけるとかなんとか、方法はあったろ。」
「それでは、満足できなかっただけです。」
制約の腕輪とは、自身のステータスを下げるためのアイテムである。ただし製作にはその人物の髪の毛やら爪やらが必要だったり、きわめて複雑な刻印が必要だったりと、制作に手間がかかり、かなり高価だ。
それでも、一定の需要はあり、高位であればあるほど、傭兵の利用率は高まっている。
加えて、制約の腕輪は様々な手段でステータスの低下を中断することもできる。戦闘において危険に陥っても、制約の解除は容易であった。
しかし、セツナはそれでは満足しなかった。いつでも制約を解除できるということは、完全な危機ではない。彼女が求めるのは、もっと厳しく、命を懸けるような、瀬戸際の経験。
そのおかげか、セツナは格上の存在との戦闘経験を十分すぎるほどに身に着けていた。地獄の戦闘を潜り抜けて、生き延びられるほどに。未知の苦難の多く待ち受ける未踏破領域での冒険では、それが必要だと、セツナは判断したのだ。
「………。」
ワードは、セツナの持っている危うさに気が付いた。
彼女はわがままだ。彼女には引けぬ一線があり、妥協をしない。
しかし、一方で自身の命が軽い。彼女は投げるべきと思えば、すぐにでも、簡単に、自らの生命を危険にさらすことができる。
「……本物のバカ野郎だな。」
「否定はしません。」
今回の戦いだってそうだ。
セツナはワードの瞑想の時間を稼いだ。経験の昇華は不完全なまま止めると、ステータスの低下を招いてしまう。
だが、本当に緊急事態なら、セツナはワードを呼べばよかったのだ。瞑想で極度に集中していたとしても、彼女の居た拠点に石でも何でも投げ込めば、彼女は事態の急変を察することができる。
巨猪相手に数十分粘ることができたセツナとの共闘で在れば、何とか撃退までは持って行けただろう。
セツナはそれをよしとしなかった、それでは満足しなかった。
撃退ではなく、討伐。それに、ワードのステータス低下はこの先の探索の効率が落ちることと同義だった。セツナは、この部分で妥協をしなかったのだ。
ワードとしては、ぶっちゃけた話わかる部分もあった。
彼女も集中するとき、己の全霊を一瞬の中に乗せる。その時、彼女もまた、”死してでも”という気持ちが生まれる。しかし、それを生き様とするにしては、不安定に思えたのだ。
「……まぁ、とやかくは言わねぇよ。仕事もある。未来のお得意さん候補だ。適度に目はつぶってやるよ。」
「そうしていただけると、助かります。」
そして、ワードはこの娘が、自身の悪い点に気が付いているのも分かっていた。
わかっていて、なおその道を突き進むというのなら、彼女に止める道理はない。
ワードにできるのは、その道をともに歩む相棒を、その槌で打ち出すことだけであった。