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 金属同士のぶつかり合う、重く、耳障りな音が森中にこだまする。

 ワードの振るう深紅の大剣と、推定Sランクの巨猪・フルタスクボアーの牙と何度目かの衝突を迎えた。


 両者、まったくの互角。一歩も引かず、自身の自慢の獲物をたたきつけあう。

 

 セツナが稼いだ時間により、ワードは昇華を済ませ、溜めていた経験をそのまま力へと変えた。

 もとよりAランクでも高い部類の実力であったワードは、この度Sランクに到達し、この人知を超えた大きさの猪とも、対等に張り合えるほどの強さを身に着けていた。


「しゃぁっ!!だりゃぁっ!!」


 獣のような声を上げながら、ワードはこれでもかというほど力強く剣を振るう。

 まったくの互角、均衡を思わせたぶつかり合いだったが、攻撃的な笑みを浮かべるワードと対象に、苦しいのは巨猪の方だった。


 何度目かのぶつかり合いで、たまらず少し後ずさってしまう。


 見ると、猪の牙が赤熱化していた。剣のたたきつけられた部分が赤く熱され、その牙の持ち主たる猪にダメージを与えていたのだ。


 ワードの持つ武器。名を「惨憺」という。この武器は魔力を通すと熱を発する”太陽鉱”と呼ばれる鉱石を使用している。この鉱石は魔力を帯びると、魔力を消費して熱を発するという性質から様々なものに利用される。その鉱石を用いた合金をワードは自ら開発して打たれた傑作だ。


 発熱しながら敵に切り込み、敵に攻撃とともに熱を与え続ける。一見すると火属性エンチャントのようにも思えるが、火属性耐性では防げない。”熱”に対する耐性が必要となる。そして、多くの魔物はこれを持ち合わせない。


 力強く、何度も何度も叩き込まれる熱量に、じりじりと後退させられる巨猪。

 根元から白い煙が立ち上る。あまりの熱が牙に叩き込まれたことにより、口元の肉が焼けているのだ。


「これが、バーストファイターの戦い、ですか。」

「おうよ。そこで見てやがれ。たっぷり時間を稼いでもらったんだ。その礼くらいはしてやるよ。」


 セツナは血まみれながらも、丸薬型のポーションを飲み下していた。液体の薬は割れやすい。激しい運動には耐えられない。高級品ゆえにセツナは2つしか持っていなかったが、致命的な重傷をゆっくり治癒できるそれで体を癒している。骨まで達している傷だが、こと肉体的な治癒だけを見るなら、この世界の治療水準は極めて高い位置にある。戦闘中でさえなければ、治療は容易であった。


 そして、ワードの圧倒的ともいえる戦いを、ある種の感慨とともに眺めている。


 セツナが言った通り、ワードはバーストファイターに分類される前衛系の傭兵だ。

 彼らの特徴は、短期的に強力な戦闘力を得ることである。


 ワードは鍛冶師であり、その関係で魔術もある程度は習得している。

 彼らの本領は、一つ一つの打ち込みに全霊をささげること。工房で槌を振るうときと同様の集中力を、鍛冶師は敵に向けるのだ。


 一撃一撃に全霊を注ぎ、魔力も惜しみなく使って放たれる驚異の一撃は、体格差で優っているはずの猪と同等の威力をたたき出している。ランクが同じでも体格が違えば威力も変わるのが普通だが、こと今の彼女だけを見れば、その言葉を疑ってしまうのも無理はない。


 セツナでは、たとえSランクになったとしてもこうはいかない。速度を出す、受け流すのはともかく、真っ向からのぶつかり合いでここまでの火力は、望めない。


「行くぜクソ猪ぃ!!」


 飛び込んだ彼女に対する、猪の対応手段は少ない。

 防御は無理だ。牙で受け続けるのは難しい。彼女の剣は強すぎるため、強靭な表皮に魔力を通しても真正面から突破される。

 後退も難しい。逃げるにしても、突進で逃げるには必要な溜めが彼女に対しては絶望的すぎる隙だった。それ以外の離脱手段は離脱力がない。簡単に彼女に追いつかれて後ろから引き裂かれるのがオチだ。


 よって、回答はカウンター。


「………?!」


 足から魔力を噴射しての、短期的な超機動。セツナの動きから学び、今までセツナには見せてこなかった、奥の手。


 実際精度は低くとも、セツナの眼では追えず、ワードも攻撃の予兆が大きかったため、空振りしてしまう。


 雄たけびとともに、再度足から魔力を放ち、V字を描くようにして牙を振るう。剣を振り下ろしきったワードでは、迎撃は間に合わない。攻撃手段はあっても、防御手段はないだろうという読みに賭けた、反撃。


「”防げ”ッ!!!」


 結論から言えば、賭けに猪は負けていた。

 ワードは短期的な防御力も有している。攻撃を防ぐこと自体は、可能だった。


 ワードの発生から起動する魔術。振りかざした左手の先から構成された魔法陣が壁を成し、猪の一撃を食い止める。が、直接受けなかっただけであり、彼女は4mほど弾き飛ばされる。


 が、ワードの使ったこの魔術は、すさまじく魔力の燃費が悪い。即応性に優れる代わりに魔力を大量に消費して、強引に事象に干渉する”言霊”と呼ばれる魔術の一種だ。何度も使えない。加えて、彼女の継続戦闘能力を大幅に削ることになる。


 継続戦闘に持ち込まれると、猪の方が圧倒的に有利。それをいかに悟らせずに短期決戦に持ち込めるかが、ワードの勝利への鍵でもあった。


「へっ、そんなもんかよ……!」


 ゆえに彼女は、凶暴な笑みを浮かべ、スタミナなど知ったことかと言わんばかりに、再び突進する。


 一つの賭けでもあった。この目の前の猪を、短期決戦の土俵の上に引きずり出すためのラブコール。

 全力で責め続け、逃げ道も長期戦闘もあり得ないと思い込ませるには、死の恐怖を、叩き込み続けるしかない。


 巨猪も、敵が大量の魔力を使ったことを理解した。そして。自身がとった回避手段も、何度も使えないことも理解していた。あの回避手段をセツナから学んだのは良いが、自身の巨体をあの速度で弾き飛ばすには、相当量の魔力が必要だった。何度でも使えるというわけではない。ゆえに、回数は制約するべきだった。


 だが目の前の脅威は、そんな甘えを許してくれるような存在ではない。膂力で自身を凌駕し、打ち合えば自身の体が焼かれる。そんな相手に、長い戦闘は仕掛けられない。


 奇しくも、両者の考えは、賭けは、一致していた。


「……っ、だぁっ!!!」


 横に振るわれる赤剣を、巨猪は自慢の大牙で真正面から迎撃した。


 短くも重い、命の削りあいの果ては、まだ見えない。



 

  

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