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「フンッ!!!」
ゴキッ、という、硬く太いものの砕ける音が控えめに鳴ると同時に、セツナの腕の中で虎のような魔物……ブリンクタイガーがそのまま永遠の眠りにつく。
驚異的な脚力で密林の木々を軽やかに蹴りながら獲物を追い詰める優秀なハンターであるブリンクタイガーは、しかしてセツナに飛び掛かると同時に受け流された挙句に樹にたたきつけられ、よろめいた隙にチョークスリーパーもどきを受けた。
ブリンクタイガーはBランクの俊敏性を持つ魔物だが、代わりにその体の軽さを維持するために、骨の硬さや体の頑健さはそぎ落とされており、Dランク評価となっている。セツナにとっては、一度捉えてしまえばそのまま一撃で仕留められる類の魔物であった。……素手であっても。
そのまま首の骨をねじ折られたブリンクタイガーを地面に放り出すセツナを見て、構えた大剣を再び背中に戻した。
この数日の間、セツナはほとんどの敵を素手で屠り続けていた。元がCランクの危険地帯。油断こそはできないが、出現する魔物は大したことがない場合が多い。初めは素手のセツナをカバーするつもり満々のワードだったが、彼女が素手でも余裕で立ちまわれるのを初日で知ったので、今は万が一の時の保険という立ち位置に立っている。
本職が鍛冶師のワードは、セツナほどうまく獲物をしとめられない。セツナは傭兵としての経験が長く、魔物の状態を維持したまま倒すすべを心得ていた。
今回の旅では、食料の供給は必須事項でもあり……より良い状態で仕留められた方がいいに決まっているので、狩りのたぐいはよほどの強敵ではない限りは、セツナの担当になっている。
「今晩の飯はそいつか?」
「ええ。随分状態もよい状態で捕れました。今夜は豪勢に行きますか。」
ぐったりとしている虎の体を担ぎながら、セツナたちは仮設した探索拠点に帰還することにする。
アウルム大森林中部・探索13日目のことであった。
* * *
一か月を超える長期の探索では、探索拠点を設置することが推奨されている。
というのも、傭兵や冒険者たちが転移ポータル付近を拠点とする場合、希少な素材はその付近では採取しにくいからだ。人が多くいるその場所では希少な素材など狩りつくされているのはもはや自明であり……隠形樹のような、探索難易度Aランクの素材については、特にその傾向があった。
アウルム大森林はきわめて広大であるので、時間さえかければ未探索の場所には普通、たどり着ける。転移ポータル付近にはだれがどのあたりを探索したのかという簡易的なマップのような掲示板も用意されており、セツナたちは未踏破エリアを速やかに絞り込むことができた。
4日かけて行軍した先は、”蜜林エリア”とされる領域だ。
Dランクの魔物であるワーカー・ビーが多数見受けられる、甘い樹液を出す木々の多いエリアである。さらに2日かけて進めば、蜂たちの拠点である”ハニーコロニー”があるわけだが、今回の目的地とは異なるのと、難易度が跳ね上がるため、そちらまで行くことはためらわれた。
ワーカー・ビーは刺激さえしなければ無害な魔物である。一定の知性がある個体も居るため、会釈すれば応えてくれる個体もしばしば。ぶっちゃけ倒してもいい食料にはならないので、セツナたちは今回は蜂たちに手を出すことはなかった。
探索拠点にふさわしい立地をセツナが見つければ、今度はワードの出番だった。
工作に関しては一級品の腕を持つ彼女は、なんと一日で小屋のようなものを作り上げてしまう。
剣で木を振るえば、図面通り寸分たがわない木の板を切り出すことさえ可能であったのだ。まさかの絶技にセツナは初めて見た時は唖然としていた。
自然の木々は普通、乾いていないので建設には向いていない。ワードもそれを承知しており、本格的なものの建設はあきらめている。ただ周辺の樹を切り開き、仮設の陣地を作り、その中に雨風をしのげる程度の建築物を釘もなしに作り出せるとは、さすがにセツナも思ってはいなかったのだが。しかし、ワード以下、工兵関連の技術持ちなら苦も無くやってるだろうとのこと。
なぜかと問われれば、彼女は森の中でこもって工房を作り、数か月単位で森の中で鍛冶をすることもあるのだという。そのために、工兵関連の技術は習得済みなのだとか。
セツナが小規模スタンピードでけがをしたあの日は、中層で対スタンピードの前線拠点を作り上げる仕事に加わっていたという。もしも彼女が中層に助けを求めに走っていったのなら、出会っていたかもしれなかった。
彼女のまさかの特技に支えられ、探索はスムーズに進んだ。拠点を中心に各方角を探索を行う日々。時折ほかの鉱脈を見つけた時は、ツルハシを振るうなどして仮設拠点に素材をため込んだりもした。目的であるユニタイト鉱石こそはまだ見かけていないが、ワードはそのうれしそうな気配を隠そうともしなかった。彼女にはきっと、鉱石系素材すべてが宝で在り、たまっていくそれらは彼女にとっては宝の山に等しいのだろう、とセツナは察し、そんな彼女の表情については、見なかったことにしておいた。