14
アウルム大森林。イーストエリアとサウスエリアの境界線付近を広く大きく埋める世界最大、空前絶後の広さを誇る森林である。多種多様な環境や魔物が所狭しと並ぶこの森は、周辺諸国にとっては対応の難しい魔物が多く湧き出る災いの元凶であり、多くの新資源を期待できる未知の素材の宝庫である。
その奥地から先の環境はいまだ未踏破である。前線探索基地を中心として、日夜冒険者たちが命を懸けた探索を続けている。
流浪の鍛冶師、”ワード”と名乗った赤髪の女が、セツナを連れてたどり着いたのは、そんなアウルム大森林の”中部”であった。推定難度はCランク。武器を持たないセツナでも、軽く乗り越えられる地形がおおい場所だ。
「本当に武器は相棒以外は持たない気なのかよ。何かあった時はどうすんだ。」
「……どうしようもなくなるまでは、わがままを貫きたいのです。」
「……言っとくが、相手は割とシャレにならねぇ。変なわがままの巻き添えはごめんだぞ?」
いま彼女たちが居るのは、冒険者や依頼を受けた傭兵たちが迅速に行きかえりするためのポータル設置地点だ。短い距離であっても費用は往復2000GP……20万ゴールドを要求される転移ポータルだが、アウルム大森林は序地を抜けるのにも2週間は要求されるような広い土地である。安いわけではなかったが、手間を考えると払わない手はなかった。
幸いにも、アウルム大森林・中部を依頼対象エリアとする依頼が傭兵ギルドにあり、セツナとワードは、一時的なパーティーを組んでその依頼を受けることで、ギルドから交通費の支給を受け、ある程度その値段を抑えることはできたのだが。
アウルム大森林は、鉱石の宝庫としても有名である。地形変動が多いせいか、アウルム大森林では定期的に鉱脈が森の各所に出現している。ここでしか取れない鉱石も多い。今回セツナたちが狙っている鉱石は”ユニタイト鉱石”だ。
ユニタイト鉱石は多くの地形で見られるは鉱石素材だが、採掘難易度はBランク。どこででも見つけられる可能性がある代わりに、どこかに集中しているといったことがないのが特徴だ。そのため、ユニタイト鉱石を狙うならば、セツナたちはもとからたくさんの鉱石を狙うことができる大霊洞かアウルム大森林かの二択を迫られることになるだろう。
だが、大霊洞は、セツナはメインウェポンを失っている状況であるし、離脱難易度が高い。加えて身にまとう装備も、修繕が間に合っていないので店売りの装備を一時的に購入して装備している。安物であるため、防御性能はほぼ期待できない。
地形変動直後であるため、環境も不安定さがある。また、両者ともに採掘に際しては”ある脅威”が存在するため、暗く狭いあの大霊洞で採掘メインの探索を行うには……2人パーティーは博打に過ぎた。セツナは構わないのだが、本職が鍛冶師のワードに無理をさせるわけにもいかないのだ。
二人は中部ポータル地点に出ると、まずは依頼をさっさとクリアすることにする。ユニタイト鉱石がいつ手に入るのか、わからないからだ。最悪長く見つからなくてもいいように、先に依頼だけはクリアしておく必要がある。
依頼内容は、”隠形樹”の収集。樹に擬態する鉱脈という、世にも珍しい鉱石だ。この鉱石は魔術の触媒や一部の特別な装備の素材として需要があり、盗賊やソロでの探索に赴く傭兵などに愛用されている。セツナにも相性のいい装備であったが、隠形樹を探索する機会に恵まれなかったというのが正しい。
今回の依頼で余剰分の隠形樹が入手できれば、セツナは喜んで新しい装備の素材に検討するところであった。
「しかし、隠形樹ですか。私は見たことありませんが、ワードは見たことあるのですか?」
「ある。が、ほとんどそのあたりの木々と変わらねえ。枝を折ったりして、断面を見ないと、アタシらにわかる判定方法はない。」
「やっぱり目視での探索は難しそうですね。」
セツナとワードは、木々の枝を一本一本折りながら進んでいる。目につく枝を片っ端から手折り、感触が違えば当たり、という古典的な捜索方法だ。しかし、隠形樹である確率は極めて低い。セツナもワードも、やってみて当たればラッキーというくらいの感覚でこの作業をしている。これで見つかれば苦労はしないのだ。
「しかし、何か効果的な探索方法を考えないと。
……私はあまり知りませんが、何か知られている方法があるのでは?」
「おう。一番早いのは、魔物を使うことだ。ペットにした魔物が鉱石を探知できるような魔物であれば連れてくるだけで確実に見つけてくれる。とはいえ、ペットについても個体の位階としてAランク以上は必要らしい。なぜかはアタシも知らん。」
ああ、道理でポータル設置点付近の宿屋に、やたらと大きなペット用の宿舎があったはずだ、とセツナは思った。傭兵たちは依頼や冒険の中で魔物を従えることもある。うまく心を通わせれば強力な味方になる。セツナもペットにあこがれはあるが、現実問題として養育費が高く、専用の宿舎に泊まらなければならないので今のセツナには余裕がこれっぽっちもなかった。基本的には、Sランク以降の傭兵くらいが連れているもの……という認識がセツナにはある。
「そうですか。……まぁ、いい考えが浮かぶまでは、地道に進みましょうか。」
「だな。まぁ、1ヶ月もありゃ見つかるだろ。」
「見つからなければ戻るのも手でしょうし。ここには簡易的な取引所もありますから、滞在するにしても苦はありませんしね。」
パキ、ポキ、と子気味のいい音を響かせながら、適当な話を交わし合いつつも、森の中を進んでいく二人。
もとより枝を折りながらの進行なので、音が鳴らない、などというのはあり得ない。…そして、そんな進み方をしていれば、当然好戦的な魔物は近寄ってくるわけで。
「おっ。なんか釣れたな。」
「では、やりますか。」
魔物の近づいてくる気配を察知した二人は、互いに笑みを浮かべながらも、戦闘態勢に入っていった。