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「な、なんですかいきなり。」

「うるせぇ。そんなに泣き声を垂れ流させながら町中を歩かせやがって。

 アタシの眼はごまかせねぇ。」

「泣き……?私が?」

「違う。」


 だったら何なんだ、とセツナは怪訝な表情で目の前の赤髪の女を見つめた。

 いきなり声をかけてきたかと思えば、手をつかみ、とんでもない膂力で主要街道から外れた路地の中に連れ込まれたのであった。骨がみしりと音を立てたような感覚を感じたセツナは、病み上がりで腕の骨など折ってはいられないと、仕方なくついていくことにしたのだ。


 女は、無言の圧をセツナにかけながら、彼女を壁にまで追い詰める。殺意ではないが、怒りを感じる。なにか気に障ることでもしたのだろうか。何があった、とセツナは全力で過去の記憶を漁ったが、この目の前のとても目立つ格好の女となど、出会ったことがないのは明白だった。


「腰に下げてる刀だ。貸せ。」


 は?と、声を上げる間もなく、女はセツナの腰に手をかけて、刀を抜いた。

 止める間もなかった。というより、一瞬放心していたのがあだとなったのだ。

 気が付けば、彼女に愛刀を取られ、勝手に見分されていたのである。


「ちょっ……って、なぜ?!」

「誓って言うが、尾けてたわけじゃねえぞ。お前が歩くときに、その歩調に合わせて刀が妙な跳ね方をしてたんだよ。ちっ、あーもう、マジかよ。こんなにひでぇのは初めてだぜ。」


 端的に言われたが、セツナは理解できなかった。というか、刀が妙な跳ね方をしているだなんて、気が付かなかった。なんだ跳ね方って、と内心で突っ込んでしまったほどだった。

 セツナはしかし、この女の言葉から察するに、歩いている彼女の装備を、鞘に納められて傷の度合いなんて見えないはずの刀の損傷を、見事言い当てたということになる。

 なんという観察眼だろうか。曲芸か手品か何かに引っかかったのでは、と、セツナは思う。


「……………。」


 しかし、しばらく刀を無言で眺め続ける女を見て、セツナはほんのわずかな希望を見出した。

 三軒回っただけだが、一目見ただけで損傷を言い当てられるような者には出会えなかった。

 この女が鍛冶師だというのなら、あるいは……と、セツナはちょっとだけ、期待した。


 しかしまぁ、現実は非情である。


「こいつは治らねぇ。何しても無駄だ。時間を巻き戻しでもしないかぎり、お師匠様でも無理だ。つか、直せても直したくねぇ。」

「………どういうことですか?」

「傷を見るに、普通には斬れねぇもんを無理やり斬ってやがるからだ。刃がなまくらになるより先に、峰がいかれてるんだよ。刀ってのは……簡単に言えば切れ味と丈夫さを兼ね備えるために、峰と刃の強度を変えてある。峰は刃が受けた衝撃を受けることで、刃を長持ちさせる。普通の使い手は先に刃をゴミにする。けどお前は、たぶん切れ味を維持するために刃の部分に何かしただろう。

 アタシには想像もつかないが、そのアンタの細工で、刃はぎりぎりまでつぶれなかった。……代わりに、峰が砕けた。」


 あたりだった。

 セツナは力の受け流しを時折刀で行っていた。その際、切れ味を保つために、刃の部分に極力力がかからないように工夫を続けていた。最終的には刃も壊れたのだが……その時にはセツナには、刃をかばう余裕がなかったのであった。


「こんなバカな使い方するやつ、初めてだ。直したってすぐにやべぇもん斬ろうとしてぼろぼろにしやがるのが目に見えてる。あんたの実力は相当なもんだが、刀が付いて行ってねぇ。

 すぐに壊れるとわかってて、直すバカは居ねぇよ。」


 反論は、できなかった。確かにその通りかもしれない。セツナは己の愛刀が、この先の敵の強さに対してついて行っていないのはわかり切っていたことだった。そもそも、師匠からこの刀を買い与えられたころの彼女はDランクといったところ。そのころの彼女に合った武器を、今も振るい続けていることが異常なのだ。


「……だが、そんな馬鹿をするくらいには、こいつのこと、気に入ってたんだろ。」

「ええ。……行けるところまで、と思っています。」

「鋳つぶして素材にするのじゃ、ダメなのか。」

「………。」

「言葉にできねぇってとこか。……まぁわかる。手ごたえや重さが違うと、わかっていても違うものに感じちまうのは、仕方ねぇことだ。」


 とんだわがままな主人だな、おい、と赤髪の女がのたまったのも、無理はないことだ。実際その通り。セツナは自身のわがままを認めていた。

 師匠からの形見というだけではない。数年の間ともに歩み続けた、初めての武器だ。一度ほかの武器を振るったこともあったが、しっくりこない。どれだけ性能の良い武器に変えても、自分の最高のパフォーマンスが出せるのは、もはや今の刀以外にはありえない、そう強く感じている。


 そうしてしばらく、無言の時間が続いた。セツナは自分の子供っぽい部分を暴かれてちょっと不機嫌になっていた。……もっともなことを告げる目の前の赤髪の女を、恥ずかしさからか直視できない。それとは対照に、無言でじぃっと刀を観察し続けていた女は……さらに数分、そのように観察を続けたのちに、告げた。


「……おい。お前。」

「何ですか。」

「ふてくされてんじゃねぇよ。話がある。

 アタシにこいつを預けろ。んで、しばらく手伝え。」


 要領を得ない提案ですね、と急に脳内に湧いて出てきたとげのある言葉を、セツナは飲み込んだ。情緒が不安定になりつつあるのを理解した彼女は、できるだけ平静を保ちながら、しかしいったいどうしてそんな提案してきたのかわからなかった彼女は、端的に聞き返すことにする。


「……なぜです。」

「……こいつの魂を残したまま、生まれ変わらせてやれるからだ。それなら、文句ねぇだろう。」


 そして帰ってきたのは、想像だにしない……しかして、セツナにとってはあまりにも魅力的な言葉であった。


 


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