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目が覚めた時、セツナはまるで体を動かすことができなかった。
全身くまなく包帯でぐるぐる巻きにされ、目でさえも覆われていた。
体中は筋肉痛のようにずきずきと痛んでおり、指一本動かそうとすると激痛が走る始末。命を拾ったのは儲けものだが、ここまでひどいことになるとは思わなかった。
まぁ原因はいたってシンプルで。彼女は自身の魔力を体に回しすぎた。魔力を用いた……魔法的な身体強化は、肉体に負担がかかりやすい。術式を使わないので、負荷が一定にならない(術者の感情のわずかな高揚などで効果が変わってしまう)のが問題だった。彼女が上位傭兵だったならいざ知らず、まだ肉体が仕上がり切っていないBランクの傭兵が上位傭兵が使うような技術に手を出した結果がこれというわけだ。
今全身にまかれている包帯は、彼女の体を形作る霊的な構成要素を治しているところだ。指一本動かすことはできず、医師によって魔力を練ることさえも許されなかった。これにより、治療が終わるまでの一週間の間、セツナは途方もなく退屈な時間を過ごすことになった。
セツナの身にまとっていた装備は、すべて完全に使い物にならなくなっており、処分が検討されたが、思い出の品なので……ということで取っておいてもらうことにした。半年の旅のために新調した装備たちだったが、なかなか愛着がわいていた。刀については師匠からのもらい物である。店売りの安物だったが、当時のセツナには実力相応の品だったのだ。
ギルドマスターは見舞いには来なかったが、代わりにギルドの特務職員がセツナに報告に来た。
依頼は達成扱いとされた。セツナが討伐した、スタンピードを引き連れている間に自滅した魔物たちの素材からは相当量の魔晶石がドロップしており、これはセツナの功績とわかるものだけでも依頼達成要件はオーバーキルだったようだ。
治療費その他の費用を差し引いて、セツナには3400GPが支払われた。また、彼女による討伐確実な魔物の素材がギルドの保管庫にしまわれており、目録が彼女に手渡されたのである。軽く見せられたが、素材の数は圧倒的で、とてもではないが借りている傭兵宿舎のチェストには入らない。装備を新調するのに使ったら、あとは全部売ってしまうことにした。
治療を終えて拘束が解かれ、退院の日。体の芯にまだ残っているいかんともしがたい疲労感を感じながらの帰り道。
セツナは、とにもかくにも装備を新調しなければならないと思い、休養前に鍛冶屋に刀だけでも預けようかと考えていた。ギルドと提携している鍛冶屋なんてものは、この央都には無数にある。適切な手続きをとれば、目録……ギルドの保管庫から素材を勝手に取り寄せてくれるので、素材をいちいち運ぶ手間が省けるのだ。
セツナは今回、刀の修繕を依頼するつもりだった。まぁ見たところ絶望的なのはわかった。修繕は期待できないのはほぼわかっていたが……彼女にとっては思い出の品だ。身に着けている装備はともかくとして、刀だけはどうしても、新調したくなかった。セツナのわがままである。
目星をつけている鍛冶屋は、セントラルを十字に貫いている大通りに据え付けられている。3軒ほど巡ってから、一番いいところに刀を預けよう。そう決めていたセツナであった。
* * *
一つ目のお店
「こちらを修繕するのは、技術的にも不可能です。他の鍛冶屋に行っても同様だと思われますが……」
二つ目のお店
「細剣にならしてやれるが、そういうことじゃないんだろうな。俺がやるならどうしても不格好になる。ウチはやめとけ。」
三つ目のお店
「あの高級資材があればもしかしたら……いえ、それを使うにしても、割に合わないと思います。」
やはり、わかっていたことだが修繕は絶望的だった。
唯一可能かと思われた三つ目の店は、最高級の素材を要求されたのだが、今のセツナではとてもではないが取りに行けるような素材ではなく、仮にそれで刀を直したとしても、修理費用は高額極まり、もっと性能の良い刀をダース単位で買える……ということだった。
現実的な案を出した二つ目の店の店主だったが、こちらの目的をよく理解していた。
使い続けていたいのはもちろんのことだが、元の形に戻してほしかったのだ。戦闘スタイルが変わる云々の話……もあるのだが、セツナの個人的なわがままとして、刀のまま使い続けたかったのである。
「………。」
難しい選択を迫られるセツナ。もちろん、あの刀でずっと戦っていけるわけではない。わかり切っていることだ。また、どの店でも伝えられたことだが、刀を溶かしてほかの素材と混ぜ合わせることで、素材を引き継ぐこともできると伝えられた。こちらを選択することになるだろうことは、正直セツナも分かっていたのだが……
わかっていたしても、納得できないというか、欲があるというか。自分の”わがまま”に苦笑しながらも、内心セツナはどうしたものかと考えながら、セントラルを歩いていた。
「おい。」
声はそんな彼女の後ろからかけられた。当初、まさか自分に対してかけられたわけではないだろうと、反応しなかったセツナは続いて声をかけられて、ようやく自分に向けられたものなのだということを自覚する。
「おい。そこの黒髪の女。」
「……?」
振り返ると、そこにいたのは、くすんだ赤髪の女が居た。左目を眼帯で覆っており、背は大きい。赤黒い、彼女の髪の色と同じような、血を思わせるような色合いの外套は、畏怖感を人に与えるには十分なものだった。
「…てめぇ、ふざけやがって。ちょっとツラを貸せ。」
その女との出逢いは、奇しくも両者にとっての転機となった。