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 彼女は、孤児だった。彼女は雨の日の夜に、孤児院の外に置かれていた。彼女の名を示し、端的に謝罪の意の書かれた手紙とともに。

 ただ、彼女を育て上げた孤児院の主が言うには。

 雨の日、外にさらされていたというのに。何かに守られるように、雨粒はセツナにあたる前に自然と避けていたという。


 彼女は快活な子供だった。同じような境遇の子供たちとよく遊び、よく笑った。


 転機は、彼女が孤児院に引き取られてから、4年が経過したころだった。


 孤児院の主は、もともとは商人だった。彼がもともと手を付けていた事業の……慈善事業の一環として、孤児院を営んでいたという方が正しいだろうか。


 そんな孤児院には、よく傭兵がやってきていた。

 警備役、あるいは子守。個性のあるいろんな傭兵たちがやってきては、子供たちにいい刺激を与えていた。


 セツナも、それに強く影響を受けはじめていた。一番好きだったのは、透き通るような白髪の男の話だった。


 彼は傭兵ではなく、冒険者だった。この孤児院の主である商人と懇意にしており、暇なときに依頼を引き受けて、子供たちの面倒を見る手伝いをしていた。


 そんな彼が、セツナに最も夢を見せてくれたのだ。


 炎の大地。蜂蜜の湖。地底の星々。神秘の島。彼が語る光景は実に躍動的で、子供たちはそんな彼がどんな活躍をしたのかに夢中だった。

 しかしセツナは……彼の活躍よりも、その光景に心を奪われたのだ。


 一度でいいから見てみたい。言葉だけでは足りない。


 セツナはその衝動にかられ、何度目かになる孤児院の訪問で、彼にこっそりついていき、抜け出そうとしたのだった。


 当然、しこたま怒られることになるのだが。セツナは絶対に反省などしなかった。その素振りなど、見せてやらなかった。何せ見たかったのだ。見たくて仕方なく、彼女はそれ以外にどうすればみられるのかと、反論したほどだった。

 セツナは大泣きし、孤児院の院長と大喧嘩したが。男はそれをひとしきり眺めた後に大きく笑い、セツナを引き取ると告げたのだ。



 以来、セツナは彼について回りながら、世界を旅してまわった。

 子供を連れて旅をするのだから、当然彼が語ったような極限の冒険こそは経験させてはもらえなかったが。自分の脚で赴いた先にある絶景に、セツナは魅入られたのだ。


 セツナは、男の弟子になった。

 彼は冒険者だが、セツナを育てるために一時傭兵に戻った。依頼の受け方や、こなし方。冒険者と傭兵に共通する事柄を叩き込まれ、必要な知識のすべてを、伝授された。


 彼女が傭兵免許を取ったのは10歳のころだ。そのころには、セツナはDランク相当の力を身に着けていた。傭兵としての基本も、すべて叩き込まれていた。お前はもう一人立ちできる、と彼からのお墨付きをもらい、初めて一人で依頼をこなすなどした。初めて自分で得た報酬で食べた食堂の定食は、いつも同じものを食べているはずなのに、涙が出るほどおいしかった。


 そして、13の時。彼は、東方の傭兵ギルドのギルドマスターに呼び出しを受けた。

 その時、彼の中には何かの予感があったのだろう。

 セツナは、Bランクになるまで自分を鍛えたら、央都へ行けと告げられた。それだけ言い残して、彼はギルドマスターからの密命らしき依頼を受けて……ついに、帰ってくることはなかった。



 それから、さらに4年が過ぎた。セツナは傭兵稼業をこなしながら、必死に自分を鍛え上げた。教わったことは、すべて死に物狂いでものにした。位階を上げるだけならすぐに上げられるのだが、セツナは師からの教えを忠実に守った。


 体が前の位階に順応するまで慣らし、鍛え、経験をためて、自身の位階をすべて一気に上げられるほどに経験がたまってから、位階を上げるように努めた。Bランクになっても、すぐには旅立たなかった。

 最低限Bランクで2年。その場で鍛えた。

 体が完全に順応したことを確かめてから、旅に出たのだ。


 まさか、セントラルについて、初めての依頼でこんなことになるとは、セツナは夢にも思わなかったが。


 揺らめく意識のはざまの中。体中を走る痛みが、彼女がまだ生きていることを告げる。

 どうやら生き延びたらしい。しかし、生き延びたことはわかっても、彼女には指一本動かす力も、気力もなく。

 ……すぐにまた眠気に襲われ、夢の世界に旅立っていく。

 過去の情景もいいが、できればいい冒険の夢が見たいな、と意識の根底でそのようなことを思いながら。



*   *   *



「報告は以上です。」

「わかりました。ご苦労様です。」


 一連の事件についての報告を受けたキヤフは、ほっと一息つきながら自身の部屋の椅子に座り込んだ。

 彼女はまだ外見が幼く、椅子は彼女には大きすぎるきらいがあったが、今はそれが心地よく感じた。


 小規模スタンピードの突発的発生に伴う死者は出なかった。一人、致命的なまでの傷を負った傭兵が居たというが、回復へと向かっているという。


 しかし、その後の調査でキヤフは信じられない報告を耳にした。

 シルバーランク傭兵のセツナ・レイン。彼女はBランクでありながら、最高SSランクまであるスタンピードの群れの中で単身立ち回り、生き延びたという、驚異的な事実だ。


 いや、生き延びたと言うには語弊があるかもしれない。彼女はそのままなら死んでいたが、救援に間に合った『凱旋』と『剣術姫』がタッチの差で魔物を吹き飛ばし、セツナを確保、命を手放しかけていた彼女にありったけの治療薬をぶっかけて延命させて、なんとか保護したのだという。


 しかし、それでも救援が間に合うとは二人は思っていなかったらしい。Bランクの傭兵がここまで生き残るのは奇跡を超えて怪異に等しい。何が起こったのか見当もつかないという。


 まさか、と思いキヤフは部下に彼女の背後関係を探らせた。セツナが実力を偽ってギルドに登録した可能性も追ったが、そちらは白だった。問題は、彼女の過去にあったのだ。


「セツナ・レイン……まさか、あの『天衣無縫』が弟子をとるだなんて……」


 知っていたなら、自分のところの傭兵を是が非でも弟子入りさせたかった。むしろ彼が健在だったころは何度もそんなオファーを出したような覚えがある。世界の頂点に立つ、ギルド公認、34名の二つ名持ちの中でも、突出した実力を持ったあの男。


 彼自身が巧妙に隠していたため、セツナ自身、『天衣無縫』の弟子であることには気が付いていないだろう。報告に来たギルドの特務職員ですら、気が付いていなかった。

 キヤフだけが気が付いた。彼の元パーティーメンバーである彼女は、彼の偽名に覚えがあった。数十年も前の記憶を刺激されて、今ようやくその正体にたどり着いたのだ。


「……全く。この師あって、この弟子ありですね。

 ウィンを泣かせたなら、承知しませんよ。」


 読み終えた文章はその場で燃え上がらせる。火の粉一つ余計に出ることなく、彼が居たというわずかな手掛かりは、彼女の手の中で灰も残らず消え去った。

 

 

 

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