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お目汚し、失礼します。
セツナ・レイン。17歳。黒髪、東方風の黒衣。腰には刀。
彼女はイーストエリアの東端付近に存在する”神流皇国”からやってきた。今はまだ、何者ではない少女である。
数か月の間、彼女は徒歩や馬車を乗り継ぎながら旅を続けてきた。
目指す場所は、”央都セントラル”。周辺も含めれば、人口は1000万人を超える、まさに”世界の中心”ともいうべき都市である。この時代、たった一つの都市で人口をそれほどまでに保つのは驚異的なものがあるのだが、先人たちの努力のたまものといえるだろう。
乗り継いできた馬車の主に礼を言い、町に降り立った彼女が最初に思ったのは、あまりにも大きい、という感想だった。
町の中心部まで行くのに、どれほどの道を歩く必要があるのだろう。この町の中心にあるとされる”螺旋大塔”ははるか遠い。町を一つ間違えたのでは、と不安に駆られそうになったのは、自身だけではないはず……とセツナは感じていた。
町は広い。活気がある。見たこともない魔力機構が平然と店先で使われていたりもしたのには、少し驚いた。はるか極東とはいえ、それなりに大きな町で住んでいたセツナには、文明の差というものを強く感じられた。なるほど、世界の中心といわれるのも納得だ。大陸の約半分をまっすぐとはいえ旅してきたセツナは、突出した文明の進み具合にしばらくの間は目に映るものすべてが珍しく見えたのだ。
央都セントラルは、成り立ちが特殊な都市だ。世界で初めて発見されたきわめて広大な地下未踏破領域は、各国をして喉から手が出るほどの資源領域だった。当然、各国はその領有権を主張し、一時期は泥沼の大戦にまで発展しかけたのだが、そこで躍り出たのが各ギルドであった。
特定の国家に属さない彼らは、特に傭兵ギルドは、人的資源の無駄な消費を極端に恐れた。魔物やらが平然と地上を闊歩するこの時代、戦争に強力な人材を使われるのはたまったものではない。ギルドの存続にかかわる……というわけで、各ギルドが諸外国に先立ち、その迷宮周辺を制圧、独立都市としての宣言を上げた。
商業ギルド、魔術師ギルド、傭兵ギルドなど、多くのギルドはこの領域を抑え、資源を平等に分配するということで決着はついた。世界に根付いた彼らは、複数の国家の命脈すらも握っていた。それが200年ほど前。昔は火種がそこら中に転がっていたとされるが、今は穏やかなもの。その時の騒動を覚えているものが、もはやいないのだ。
世界の中心、央都セントラルはこうして生まれ、都市国家でありながら、世界一の人口と技術、国力を有することになった。遠路はるばる、東方の端からでも行きたいと、この少女が願ったくらいには。
セツナは旅人であった。傭兵ギルドに所属はしているものの、精力的な活動はしていない。路銀を稼ぐための手段だった。蓄えもそこそこで、階級もそこそこ、あたりを見回せばその程度の人材でもいくらでもいるのだ。
「……ここですね。」
町の中を二時間ほどかけて歩き、時折人に道を聞きながらたどり着いたのは、傭兵ギルドだ。彼女が所属するギルド、傭兵ギルドの、セントラル本部。目の前にたつと、首が痛くなりそうなほど見上げなければ全貌が見えないほどの高層建築だ。この町では地下に穴を掘ることは安全対策上ほぼ禁じられている。地下に建物を増設できない以上、上へ上へと建物が重なっていくのは致し方ないともいえる。セントラルの螺旋大塔に次いで大きい建造物は、セントラル統合議会と各ギルドの本部建造物のみであり、この最先端を行く街でも珍しい技術がふんだんに使われているのだろう、とセツナは思った。
彼女は学はあるが学者気質ではない。知らないものは知らないし。建築関係の技術について、自分から調べるほどセツナは興味があるわけでもなかった。
セントラル傭兵ギルド。彼女がここに来たのは、ある申請を行うためだ。
冒険へ赴くために、必要な手続きである。
☆傭兵ギルド
国際的な人材派遣会社というイメージの大規模ギルド。
他の異世界もの作品における”冒険者ギルド”に該当する。
この世界では”冒険者ギルド”は存在するが、傭兵ギルドが統括する複数のギルドのうちの一つである。冒険者は傭兵の一部であり、傭兵の中でも上位の実力と適性を持たなければ冒険者にはなれない。
依頼さえあれば戦争に対しても出兵を行うが、人的資源の損失を避けるため、戦争一歩手前の欧州諸国の調停役としての役割も果たしている。
セントラルにおける傭兵ギルド本部のギルドマスターは、”キヤフ・モナーク”。