第7章 偽りの洞窟
ほの暗い岩肌や湿気の混じる闇の中を、たいまつの灯りが旅人の命綱のようにあたりを照らしていた。
ここはヘルゲンスハイムを抜けてすぐの偽りの洞窟という名のついた、かなり不気味な場所だった。
「なんでこんなところしかないんだよ。」
「レオミス、文句言わないの。仕方ないでしょ。軍の監視が厳しくなってるんだから。」
アレシアにそう言われて、ぬめりのあるコケの生えた岩道を用心深く進みながら、彼はうなだれていた。
ロットたちはパンデルクスに向かうことを決めた。
しかしその町に行こうにも、パンデルクスを治める公爵ギルデハウゼンがヘルゲンスハイムの公爵と対立していて、通行人の取り締まりが厳しくなっていた。
前にもセチェックが言った通り、ロンダイク王国はひとつの国の中にいくつもの公爵の土地があり、互いに利権を求めて彼らが争うという、混沌とした状態となっていた。
不幸なことに、ハギウスは名の知れたロンダイクの魔法中隊長だ。
そんな人間が緊張状態にある両街の間を通れば、怪しまれるに決まっている。
そこで彼は安全策をとり、森を大きく迂回しようと言ったが、その道は本来のルートを通ったときと比べると、二倍も三倍も時間がかかる。
となれば、とるべき道は一つ、近道だ。
こうしてロットたちは、今この洞窟にいる。
「どうして偽りの洞窟なんですか?」
ミレットがハギウスに疑問を投げかけてきた。
「知りたいか?」
やがて彼女は恐い話なのではないかと耳をふさごうとしたが、聞いているうちにそれはおさまった。
「遠い昔、ここ一帯を支配していた王とその娘の一族がいた。王の名はソルソポロン。娘はソルソティルダといった。しかし、他国の侵略に遭い、臣下たちは次々と王を裏切った。そしてついには王の娘ソルソティルダを暗く冷たいこの洞窟に、父自らの手で閉じ込めなくてはならなくなった。」
「どうして実のお父さんが?」
「裏切りだよ。自分の将軍は国を他国の王に譲る約束をしていたのさ。王はたちまち捕えられ、生き延びたければ、忠誠の証として娘を裏切れと執拗に迫られた。」
「そこまでしなくても…」
しかしハギウスは首を振る。
「人というものは何でもそうだが、危険と感じれば必要以上に何かを求める。だから結局は王も殺された。生き埋めにされたソルソティルダは、この裏切りで支えあう醜い世界を変えようと、洞窟中に古の魔法をかけた。それこそ今から我らが出会うかもしれぬ鏡の試練よ。」
「鏡の試練?」
「ああ、そうだ。鏡の中の偽の自分を暴き、真の自分を求めた者のみに出口という光が訪れる。だが気をつけることだ。ソルソティルダはこの魔法でいくつもの分身をつくった。ある者は憎しみを抱え、ある者は悲しみを抱え、またある者は希望を持っている。彼女の言葉を聞け。その中に答えはある。」
そう言って彼は先頭を切って歩き出した。
「ねえ、ロット。これ見て。すごくきれい…」
アレシアが声を響かせて、光など漏れているわけでもないのに、つやのある水色に光る岩肌を触った。
「よさんか!」
しかしもう遅い。
ひとつ、また一つと次々に岩の表面に光があふれていく。
道はふさがれ、アレシアの前には赤いビロードをまとった若い女性の姿。
彼女は一度触れては消え、まるで岩の表面を歩いているように、別の岩へとフッと消え、現れてを繰り返して移動していき、彼らの前まで来た。
「ようこそ偽りの洞窟へ。」
「わ、わわわ!しゃべったよハギウスさん!」
ミレットを尻目に、ハギウスは額に手を当てている。
「始まっちまった。全く、危なっかしいもんには触れんのが旅をする基本だろうに。鏡の試練だミレット。岩肌に触れると始まる。俺たちはおそらく三日はここから出られねえだろうな。」
「そ、そんな。しかも鏡の試練って何なの?」
ミレットがハギウスから聞いた事を三人に話した。
「まじかよ。俺たちとんでもないことになっちまったな。でも謎を解けばいいんだろ?」
レオミスはしょんぼりとしているアレシアをなぐさめる。
「なあに、心配すんなって。教会の謎だってすぐに解いてやったんだ。今回もすぐ終わるさ。なあロット?」
「そうだアレシア。遅れた分はまた取り戻せばいい。」
彼らが話していると、ソルソティルダが高らかに笑い始めた。
「アッハハハハハ!私はソルソポロンの娘ソルソティルダ。哀れな迷い子たち、よく聴くがよい。」
清楚な外見とはかなり食い違った、腹の底から他人をおとしめるような声を出すソルソティルダは、やがて八つに分裂して横一列に並び、彼らを見下ろす。
「この中のどれかに本当の私がいる。それを探すのだ。私の言葉を頼りにな。それが鏡の試練。一人選べ。しかし間違えれば災いが降りかかる。」
「よし。選べばいいんだな?」
レオミスはやる気満々だ。
「しかし必ずしも本当の事を言うつもりはない。アッハハハ!試練は全部三つ。全て解けるまで生きていられるかな?アッハハハ、アーハハハハ!」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
「では第一の言葉。」
レオミスを無視して、彼女は勝手に話を進める。
―火をまとった我、左から数えて四つ目にあり。そこから左に数え九つ目に命を預け、のちに命は憎しみと喜びに分かれる。憎しみは白、喜びは黒とした時、かつての白く美しい私はどれか?―
「待てよ。みんな落ちついて考えるんだ。この言葉の中に嘘があるかもしれん。」
ハギウスのアドバイスをもらいながら、彼らは頭をひねり始める。
「まず火ってのは赤いビロードだ。」とレオミス。
「左から、ええと、いちにいさんし、そこからご、ろく、あれ?九人目はいないのに、どうしてなの?わわっ、分からなくなっちゃったよ。もしかして、これが嘘?」
「違うわミレット。そういうときはサイコロゲームみたく一つ前に戻るのよ。」
「それも違うぞ。」
ロットが言った。
「左から数えてるわけだろう?アレシアの考えだと右に一回数えてる。カメラのフィルムを一つの輪として考えてみてくれ。答えは最初の左端の彼女に戻る、だ。こうすれば左から右へ数えてることになる。」
「本当だ。よし、よし!この調子だロット。教会みたくちゃちゃっとやっちまおう!」
「のちに命は憎しみと、喜びね。でも憎しみって普通は黒じゃない?これが嘘よ!」とアレシア。
「いや、今の彼女の口調からして、彼女にとっての白は憎しみのはずだ。そうは思わないか?」
しかし左端の彼女から、どこに喜びの彼女いるかの具体的な説明はない。
おお、と手を打ったロットとレオミスだったが、完全に行き詰ってしまった。
「どこだ?左端からどこへ行ったんだ?二つに分かれる、白と黒…」
しばらくしてレオミスが大声をあげた。
「分かった!答えは…」
次回の更新は11月20日の予定です。