第6章 龍を倒すために必要なこと
家々の屋根の先端には鳥たちがさえずりをしながら、一本の通りをはさんで対岸の屋根にとまる別の鳥と意志疎通をはかっている。
ふと、下を見下ろす小鳥たち。
その瞳には、何人かの男たちが争っている姿があった。
「くらえ!」
レオミスが双剣を振りまわし、積極的に男に斬りかかる。
だがさっきからよけられてばかりだ。
「遅えんだよ小僧!」
「させるか!」
後ろからレオミスを襲う別の男をロットが剣でガードする。
そのとき、三人目の男がロットへナイフを持って突進してくる。
しまった、やられる!
「ロット!」
彼の体にナイフがずぶりと沈んでいく。
「ぐあっ!」
生まれて初めて刺された時、不思議な気分だった。
この世界では誰かが死んでも、大騒ぎどころか見向きもしない。
ヘルゲンスハイムで先ほど目にした騎士たちは、死についてどう思っているのだろう?
「よくもロットを!」
レオミスは、自分たちがいた世界と同じ行動や反応をしている。
変な気分だ。
ついには彼も刺されようとしている。
「メシュイ・ニダネン!」
突然、ドアがすごい勢いで、竜巻にでも舞うようにひらひらと表面を裏返しながら、男たちとともに吹き飛ばされた。
外れた扉の場所に立っていたのは一人の老人と、アレシアにミレット。
「てめえか、クソジジイ!」
「メシュイ・ニダネン!」
「うおっ!」
男たちはハギウスをののしった途端、再び吹き飛ばされる。
「いつもならこんな魔法は使わん。俺の強さを知っちまったら、おめえらは絶対に相手しなくなるからな。だが今日だけは別ってことよ。」
そう言い彼は男たちを魔術でたちまちねじ伏せてしまった。
「やだ、ロット怪我してるわ!」
ミレットが彼のナイフで刺された跡に気づき、すぐに駆け寄ってくる。
「それ!ルデルテン・マーニュ!」
ロットはその時、傷の痛みが引いていく感覚を覚えた。
ミレットが彼の横腹にオーディン・メアを読みながら、片手をかざしている。
血はゆっくりと固まり、刺された箇所は少しずつ治っていく。
「す、すごい。私でも使えた。ハギウスさん、教えてくれてありがとう。」
ミレットは自らの手に残る熱さに驚きながらも、彼に感謝する。
「あんまり調子に乗って使いすぎるなよ?魔力が減って術がでなくなる。」
「俺には使い方が分かんないけど?」
ハギウスの言葉にレオミスが疑問を投げかけてきた。
確かに男たちと戦っている間、肉弾戦を強いられた。
「なら教えてやる。ついてこい。」
四人は街の一角にある大きな屋敷に案内された。
と言っても中は殺風景で質素な造りだった。
木で作ってある以外、生活に必要な最低限度な物しか置いてない。
「たしか、セチェックに会ったんだって?心配するな。ちゃんと立派な魔法使いにしてやる。」
「そうじゃなくて、僕たち龍を倒さなくちゃならないんです。彼がそれを取ってこいと言うから。それがないと帰れないんだ。もとの世界に!」
「龍だと?」
ハギウスの声にロットはうなずく。
「俺にそれを手伝えってか?冗談じゃねえ。ゼノンティアヌスは一人前の賢者になって初めて互角に渡り合えるくらいの、とても危険な奴だ。魔法中隊長の俺だって手に負えねえよ。」
一体どうすればいいのか?
それ以前に、セチェックは彼らを本当に生かして帰すつもりはあるのだろうか?
「賢者ってどれくらいでなれるの?」
ミレットが途方もない事をたずねた。
「お前は本気であいつを倒すつもりなのか?じゃあちょうどいい。教えといてやる。」
ハギウスが長々と説明することには、ミレットの強さは今現在で魔法使いの見習いで、いくつかの過程を経て、軍に入り訓練を受けることで階級が上がっていくというものだ。
それも賢者になるには、軍の将軍を倒すほどに修業を積まなくてはならない。
それを聞いたミレットは、はあ、とため息をついた。
「俺だってここまでくるのに一年はかかった。だが、方法がないわけじゃない。やつなら何か知ってるさ。」
「それは誰なの?」
アレシアがせかした。
「教えてもいいが条件がある。」
彼は木箱を取り出して、テーブルの上に置いた。
「レオミス。この木箱を今から吹き飛ばしてみろ。お前の武器は風の力を宿しているはずだ。念じるんだよ。メシュイ・ニダネンと。できるだろ?」
レオミスは待っていましたとばかりに、ハギウスの言う通り木箱に向かって念じる。
「メシュイ・ニダネン!」
「…」
「あ、あれ?メシュイ・ニダネン!」
時折、弱いそよ風のようなものがふわりと木箱のはじを持ち上げようとするが、なかなうまくいかない。
「貸せ!お手本を見せてやる。いいか、こうだ。手を放すなよ?」
ハギウスはレオミスの握っている手の上から、自分の手を置いて剣を思い切りなぎ払った。
「メシュイ・ニダネン!」
持っていた剣が見えない何かの力でカチャカチャと激しく揺れる。
「うわあ!」
まるで嵐の突風のような衝撃波がおこり、木箱は飛ばされ、勢いよく木の窓に激突した。
バキッ!
そのまま木箱は窓を破って外へと落ちる。
外からは中年の女の悲鳴が聞こえた。
「この声は、いけねえ!」
ハギウスはやりすぎてしまったと、窓の外をそっと覗く。
「またあんたかいハギウス!酒代もつけがたまってるってのにさ!何一ついいこともできないのかい!」
「悪いジレダ。つけはまた今度な。」
リューゲルの酒場の主であるジレダは怒って叫んでいたが、しばらくするといなくなってしまった。
「とにかく、今のお前たちには魔法なんてないのも同じだ。つまり、無防備ってことだ。セチェックじゃないがな、冒険に危険はつきもの。しばらく俺のところで訓練を積め。龍を倒すのも、いやいやそれ以前に、その腕じゃ街から街へ移動するのも危険だ。」
その言葉を聞いたレオミスは、彼が何をしようとしているのか察知して、老人に剣を向けた。
「何のつもりだ?」
そう言いつつもハギウスは驚いた様子を見せず、恐怖を全く感じていない。
「俺たちは、帰るんだ!こんなところでグズグズしていられないんだ!」
「レオミスよせ。」
「ロット。お前はどっちの味方なんだよ!」
「なんだよその言い方。みんな同じだよ。僕もレオミスも。」
二人が言い争いを始めたところを、アレシアが止めに入る。
「やめなさいよ!争ってる場合?バカみたい。」
「ああ、どうせバカさ。」
ロットが珍しくひがんでいる。
先ほど刺されたこともあり、異世界というストレスにさらされていたいら立ちが現れ始めていた。
アレシアもさすがに驚いている。
「ねえ、みんな。仲直りしようよ?ねえってば。」
「むだよミレット。しばらく放っておくしかないわ。」
「でも…」
彼女は重い空気に包まれている三人をなだめようと、視線をあちこちに向けるものの、今ひとつ勇気が出ずに口ごもっている。
「やれやれ、どうしようもないな。仕方ねえ、本当は行きたくはねえが、そいつのいるところまでなら、ついていってやるよ。」
ハギウスはイスにどっかりと腰をかけながら、ミレットの頭にポンと手を置くと、照れ隠しでもするようにパイプを吸い始めた。
「訓練はどうするんだよ?あんた一人で、俺たち四人を守れるのか?」
レオミスが嫌味たっぷりの顔を向ける。
「歩きながら、旅をしながらでも覚えるさ。これなら一石二鳥だろう?」
彼がそう言った瞬間…
「だよな。どうして今まで気づかなかったんだ?笑えるだろ?笑えよロット。アレシアも。笑えって。あっはははっ!」
レオミスは昔から幼さは抜けなかった。
しかし幼い無垢で潔白な心も忘れていなかった。
さっぱりとして、嫌なことはすぐに忘れてしまうのだ。
「ふふ…」
アレシアも笑いだす。
しかめ面をしていたロットも口元を緩めて、笑顔になった。
それはレオミスの性格をよく知る彼らだから、その気になれたとも言ってよい。
「みんな!よかった!」
ミレットも寄ってきて、アレシアに抱きついた。
「そうと決まれば出発の準備だ!」
ロットがさっきまでのしんみりとした感じは全くない声色で、三人に号令をかける。
「短いが、楽しい旅になりそうだな。」
ハギウスがぼそりとつぶやいた。
彼らが向かうのは、ヘルゲンスハイムから西にある洞窟を抜けた先にあるパンデルクス。
その町に、歴史や伝説に詳しいルエーリュモンというハギウスの親友がいるらしい。
彼らは向かう。
途切れかかった四つの鎖の和を修復して、次の街へ。
次回の更新は11月18日です。また、万人向けの冒険より、マニアックな戦いや国家間の闘争など(もちろん魔法も含む)の要素や、難しい政変争い等の類を扱った物語があったほうが良いと、この小説の序章である「全ての始まり」を読まれて思った方も、おそらくいると思います。私自身もまた、本作品の迫力に欠ける部分は非常に痛感しておりまして、ご感想などをいただいた際に、そのようなご意見をいただければ、そちらも執筆していきたいと思っております。そのため、しばし新作を作って欲しいとのご要望を評価・ご意見・ご感想等の形でお待ちしております。ぜひお気軽におよせください。(感想欄の注意点を気にされる方は、「~の部分が迫力に欠けて物足りなさを感じた、などと書いていただければ、新作が必要であると判断させていただきます。