第4章 契約の証
彼らはテーブルに置かれたままの指輪を見た。
「これをはめると魔法が使えるようになる。 正確には少し違うかな。」
指輪をはめた先に新たなる冒険が待っていると思うと、四人はいてもたってもいられなかった。
「どうじゃロット。 お前さんにはリーダーの素質があるとみた。 はめてみんか?」
セチェックにすすめられ、彼は指輪のうちの一つを手に取った。
何かの念でもつきまとっているかのように、ずしりと重い。
指に通すと、ひんやりとした感触ではなく、燃えるような温かさが伝わってくる。
「すごいな。」
彼は思わず感嘆の息をもらす。
そして指の付け根までそれが達したとき、ロットの足元に青い古代の魔法の陣が現れ、光を放つ。
「うわっ!」
しかし驚いたのもつかの間、魔法陣は消え、代わりに床の上には長剣が一本置いてあった。
「ほほお。 お前さんは剣か。」
「どういうことなんです?」
「ロットよ。 その指輪をはめることで、おまえさんは権章者の代理人、故グレールとの契約を結んだのじゃ。 肩を見よ。 入れ墨があるであろう? それこそ契約の証じゃ。」
確かに肩には太陽の紋章が刻まれている。
「これって指輪の紋章と同じだ。 ところで、どうやって魔法をつかったらいいんですか?」
「剣を持て。」
言われるがままに剣を持つロット。
すると剣の刀身から文字がいくつか浮かび上がった。
赤とオレンジの中間のような色をした輝きで、明るくなったり消えそうになったりを繰り返している。
「その剣は土のヴュルツハルト。 振れば魔力で地を砕く。」
「すごいなロット! 俺もはめてみよう。」
続いてレオミスにも肩に紋章、それに武器が現れた。
「おお、レオミス。 お前さんの性格がよく出とるな。」
彼が手にしたのは、白と黒の剣二つだ。
「言い忘れていたが、武器は人の性格や身体能力により大きく種類が異なる。 レオミスの剣。 それは風の双剣ルイトポルトとアルンデル。 瞬迅のごとき力で敵を切り裂く。 が、ここでは使うなよ? 魔力がまだ弱いとはいえ、凶器にはかわりないでな。」
あやうく試しの素振りをしようとした彼は、寸前のところでそれを止めた。
「私たちもはめてみましょう?」
「ええ。」
女子二人も契約を交わす。
そしてアレシアの肩を見ようとしたレオミスはことごとくにらまれた。
「これは、杖?」
「アレシア。 そなたの得た物は少しばかり厄介じゃ。 闇の杖ブローデン・ハインツ。 気を緩めるでないぞ? 強力な魔法を扱えるが、本人の気持ち次第では自らも傷つける呪いの杖じゃ。」
「アレシア、お前ってそういう女だったのか?」
「うるさいレオミス!」
彼女は顔を赤くしながら、ねじ曲がって三つ編みのようになった木の杖を構えた。
先端にあるのは冠をかぶって翼を広げる黒い鳥。
「なんだか気味が悪いわ。」
「アレシア、大丈夫よ。 私なんて本だもの。」
ミレットの手には、分厚い装飾の見事な赤い古文書。
「がっかりすることはないぞ。 たとえ本であろうと武器は武器。 鍛えれば死者をよみがえらせることも可能じゃ。 水のオーディン・メア。 優しく清らかな力で皆を守護する魔法が特徴じゃ。」
それだけ話をすると、老人は何かを思い出したようにクローゼットを探った。
「今の契約で、お前さんたちは武器を得た。 しかしそんな格好をしていては公爵の兵士につかまる。 これは旅の服じゃ。受け取るがよい。」
セチェックが置いたわらで編んだ袋を開け、彼らは中を見る。
「か、かわいい…」
ミレットはさっそく服に白く丈の長いローブをあてて喜んでいる。
アレシアは赤い制服のような上着に紺のスカート、それに灰色のマント。
ロットたち二人はジャケットのような深緑の服に、なんともお粗末で擦り切れそうな茶色いマントだった。
「なんだか、外に出てみたい気分だな、ロット。」
だが、魔法を使えるからといっても、相手は龍だ。
到底無事では済まないだろう。
「ロットよ。」
そんなことを考えていると、セチェックに肩をたたかれた。
「三人は頼んだぞ。 皆お前を信じておる。 わしもついていってやりたいが、あいにく番人をせねばならん。 そこで、お前に旅のヒントをやろう。 一度しか言わん。 よく聞くのじゃ。」
彼は唾を呑んだ。
「このルテティアには、多くの国がある。 中でも代表的なものが、ここロンダイク王国。 そして北の広大な帝国イヴァロフ。 西南のレミナドゥス。 そしてはるか北西にあるクレンの四つ。 うちロンダイクのみが王権が弱く、公爵たちが玉座を狙っておる。 用心するのじゃ。 うかつに国境を越えてはならん。 まあ、詳しいことは街にいるわしの友人のハギウスという男に訊いてくれ。 何かと助けになるだろう。」
彼らの目的地はこうして決まった。
目指すはロンダイク王国領、ヘルゲンスハイム。
地図を渡され、四人は外にでる。
目の前に広がるのは、土のじゃり道と、緑の丘陵。
なだらかな起伏をいくつか見通した先に、街の教会だろうか、四角い塔のてっぺんから鐘の音が聞こえる。
「ここがルテティアか。 いいところだな。」
「私たちの目的地は?」
アレシアが地図をのぞきこむ。
現代世界で見られるような、目がチカチカする文字やら道だらけのものではない。
ただ素朴に、風景画となんらかわらぬ原始の森、山、川、そして人々の住む城下町。
それらが具体的な曲線で描かれている。
「ヘルゲンスハイム。 聞いたこともない名前。 私たち、本当に異世界に来ちゃったのよね…」
ミレットが感慨深い声をあげる。
「みんな行こう。 心配ない。 なんとかなるさ。」
ロットの声はどこかはずんでいた。