第2章 古きゲルマンの血を我に
暗くなっていく景色の中、彼らは教会の中に入った。
ようこそ、暗く冷たい閉ざされた空間へと、レオミスがミレットに向けて、何やら言い放っている。
「レオミス、やめるんだ。」
しかしながらロットも恐怖を必死に抑えていた。
暗くなってから外出したことはあまりなかったし、ましてや人に案内されて帰り道も分からないような未知の空間に四人でいるのだ。
「ロット、どうしよう。 私パパに叱られちゃうよ。」
「大丈夫だミレット。 僕たちも一緒に謝ってあげるから。」
「本当?」
彼女は不安な表情から一変して笑顔になる。
だがそのかわいい笑みも、どこからか聞こえる人の声によってにごってゆく。
最初はざわざわと葉のように、のちに獣のごとくうなりをあげる。
「静かに。 血が、いか? ほしい 。血がほしいかと言ってるみたいだ。」
ロットがそう言って警戒する。
「誰なの?」
ァァァァァ、ァァァツ…
アレシアも、いたずら好きのレオミスまでもが怯えてせわしなくあたりを見回す。
一方ロットは冷静になろうと心を落ち着かせて、声のするほうへ近づいてゆく。
今まで誰も入ることができなかった教会に、人がいるはずがない。
となれば、そこには人ならざる者がいる。
「なんだ? ここにも盾があるぞ?」
警戒してあたりを探っていたロットが、それを見つけた。
「なに?」
三人が集まってきて、教壇の裏をのぞく。
外にあるものほどの大きさではないが、確かに盾があった。
「ていうことは、この教会のどこかにこれをはめる場所があるってことだ。」
「でもこんな狭い教会だぞ? それも今度は天井だなんて言ったら、もう諦めるしかないな。」
ロットがそう言った直後、またあの声がした。
ァァァ、ああァあァァァ…
それも擦り切れるような声にしては、かなり近い。
どうやらステンドグラスのほうから聞こえてくるようだ。
「ここだ。 ここから聞こえる。」
「ロットあんた正気? そこには誰もいないわ、いいから早く戻ってきて!」
アレシアの呼びかけにも彼は待ったをかけ、ステンドグラスを眺める。
イエスの下で、マリアが天使とともにひざをついて十字架を抱いている。
はっとした。
「あった、これだ! レオミス、貸してくれ!」
ついに見つけた。
マリアの十字架がくぼんでいるのだ。
「本当だ! 早くはめてみてくれ。 何やってんだ、二人とも早く来いって!」
怯える女子二人をレオミスが連れてくると、ロットが盾をはめた。
その時…
バチンという音とともにロットとレオミスがはじかれた。
「危ない! きゃあ!」
続いて後ろにいた二人もはじかれた。
「うう、痛いよ。」
「ミレット、大丈夫?」
「一体何が起こったんだ?」
ステンドグラスは光を放って彼らをはじいた後、火でも燃やしたような白い煙をふいていた。
「なんだこれ!」
レオミスが腰をぬかした。
彼らが見たのは、バラの冠をかぶったイエスが、そのとげにより血を流している瞬間だった。
「ああああーっ!」
ミレットが絶叫してアレシアにしがみついた。
「で、でた! 早いとこ帰ろう!」
「いや、待ってくれ。」
「ロットお前何言ってんだ! 神に呪い殺されたいのか! 分かったよ! ここに行こうって言いだしたことは後で謝るから。 な?」
レオミスの説得に彼は応じず、何かを考え、主の冠の血にふれる。
ふきとれない…
「血がほしいか?」
彼はさっきの言葉を頭の中で再び流す。
ほしい、血が血を与える、と言いながら、彼は何度もステンドグラスの前を行き来し、突然教会の棚にあった古文書をあさり始めた。
「ロット?」
「何か切るものないか?」
唐突に言われたことに加え、意外にも切るものとは、とレオミスはあっけにとられながらしょく台を差し出した。
「ねえ、汚いわロット。 手にばい菌が入るのよ?」
ミレットが心配そうに見守る中、彼はしょく台が装飾されている鋭利な部分に指を当て、勢いよく横に薙ぎ払った。
「よし、これでいい。 盾を貸してくれ。」
彼の指からは血が傷口からジワジワとにじみ出てきていたが、血はふかれることなく、代わりに盾の十字架の出っ張りに塗られた。
「そうか! そういうことか!」
血は生命の源であり、生命とイエス、それはすなわち愛だとロットが考えていたことにレオミスは気づいた。
血がほしいか、というのは愛がほしいかと言いかえることで、愛がほしいなら愛としての証を我に与えよという主の啓示だったのだ。
「愛なき者に扉は開かれないか。 これを造った人に会ってみたいな…」
四人は口々にそう言って極度の興奮を抑えながら、マリアの十字架に血のついた盾を埋めた。
ステンドグラスがドアの表面のように開いてゆくと同時に、そこから光がもれる。
ステンドグラスどころか、教会全体にわたって怪しい光が四人を包みこんだ。
偽りの闇がゆく先は、どこのだれにも分からない。