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レティリシア視点

レティリシア・ハルティリス公爵令嬢は自分の部屋から窓の外を眺めていた。

秋の木の葉が舞い散り、冬の近さを感じる。


黒髪の背の高い青年ケルドが、落ち葉をホウキで掃いて集めている。


あああ…愛しい人。

朝早く庭掃除をしているのね。寒いでしょうに。


彼の名前はケルド。ハルティリス公爵家で一月前から働いている。


ケルドの朝は早い。

日が昇るとすぐにハルティリス公爵家の広い庭の落ち葉をホウキで掃くことから一日が始まる。

落ち葉を集めて埋めて、堆肥にし、その仕事が終わると、今度は公爵家の廊下の掃除である。

雑巾を手に、隅々まで綺麗にする。

それが使用人ケルドの仕事だ。



「真面目に働いているのね。」


廊下の窓を雑巾で拭いているケルドに声をかける。


ケルド様から見て今日のわたくしは美しいかしら。

銀の髪を長く伸ばして、お父様譲りの碧い瞳のこのわたくしは美しいといつも褒められる。

今日はふわりとした白のドレスを着て、薄く化粧をしてみたの。

ケルド様に美しいって思われたいから。


ああ、わたくしはまだケルド様が好きなのだわ。


ケルドは実は一月前に、王立学園の卒業パーティでレティリシアに婚約破棄をした元、婚約者である。

レティリシアが男爵令嬢マリアを虐めている、それは許せないとレティリシアと婚約破棄をすると宣言したのだ。


男爵令嬢なんて虐めてはいない。

それに、ケルドとは卒業パーティ三日前までは、とても仲が良く良好な関係を築いていたはずだ。


婚約してから10年。18歳のこの歳になるまで、ケルドとは共に勉学に励み、互いに未来の国王、王妃になるための王族の教育を頑張り、そして愛を深め合って来た。

二人で出かけたピクニック。

領地での楽しかった夏休み。

忙しい中、共に色々な思い出を紡いできた。


それが突然、卒業パーティでの婚約破棄。


信じられない…あの女は?まるで知らなかった女…

ケルド様の傍にいたのはわたくしのはずよ。

それが何故?あの女と親しそうに、わたくしに婚約破棄を突き付けてきたの?


パーティに出席していた国王陛下は怒りまくった。

「なんてことをしてくれたのだ。ハルティリス公爵家とは政略で婚約を結んでいた。それを。お前の一存で、レティリシアに冤罪をかけて断罪するとは何事だ。」


同じく王妃も眉を顰めて、怒りまくり。

「レティリシアは王妃教育を完璧にこなし、素晴らしい令嬢なのですわ。それなのにお前は。どこの馬の骨とも解らない女に現を抜かして。」


ケルドの弟、ミルト第二王子も呆れた様子で、

「兄上…男爵令嬢が王妃になれるわけないでしょう。」


マリアは泣きながら、

「皆が私を虐めるぅ…」


レティリシアは冷たく言ったものだ。

「せめて側妃とかにすればよろしかったものを…わたくしと貴方は政略なのです。それを婚約破棄とは…」


これは負け惜しみ…

側妃だって許せないのに…

突然裏切られたわたくしの負け惜しみ…



ケルドは廃嫡された。


強制労働所か、辺境騎士団か…



レティリシアは国王陛下に訴えた。


「我が公爵家で下働きをさせますわ。わたくしを断罪しようとしたのです。当然、我が公爵家の為に一生働いてもらって償わせますわ。」


国王陛下は息子が可愛かったのだろう。


「すまないのう。息子を頼む。」


父であるハルティリス公爵は苦い顔をしたが、今現在、ケルドは公爵家で下働きをしている。




レティリシアは一月前の突然の裏切りを思い出して、今まで聞けなかった事をケルドに聞いてみることにした。


「どうして、わたくしより、あの下賤なマリアが良いと思いましたの?」


「そうだな…何で良いと思ったのか…今、思い出しても解らない。頭も悪く、色気だけを振りまいたあの女のどこがよかったのか…あの女は私といると癒されるでしょう?と言っていたが…まったく…癒されなかったぞ。話が通じず、訳が解らなかった。何故、あの女と結婚しようとしたのだろうか?」


しらばっくれているのだろうか…それとも…訳が解らない…

でも、ケルドの荒れた手を見て、急に悲しくなった。

レティリシアはケルドの手を取り見つめながら、


「こんなに手が荒れてしまって…ケルド様はどんな仕事でも真面目にこなすのですね。」


ケルドは頷く。


「ここに置いて貰っているのだ。本当ならば、婚約破棄を申し出た男。顔も見たくないだろうに。」


レティリシアは笑って、


「だって慰謝料を払って貰わなくてはね。貴方が働いて払ってくれているのでしょう。」


「それなら鉱山へ送るとか、辺境騎士団へ送るとか…」


「鉱山は死ぬ人が多いといいますわ。あそこは過酷ですもの。辺境騎士団は、性格が女の子になると言われていますわ。そんなところに貴方を…送るわけにはいきませんもの。」


「君はまだ私の事を愛してくれているのか?」


「ええ…わたくしは、ケルド様の事を愛しておりますの。昔からずっと…ですから、貴方がわたくしを裏切って、マリアと婚約すると言った時に、とても悲しかったのですわ。」


「申し訳ない。こんなにも私の事を愛していてくれたとは…」


「だから、貴方を鉱山や辺境騎士団送りにはしなかったのです。平民として市井へ放り出したら、その…慰謝料ももらえないでしょうし…わたくしは貴方を目の届くところで働かせたかったのです。」


「慰謝料はちゃんと払うから。一生懸命働くから…」


このような真面目な人が何故?わたくしを裏切ったの?


「それでわたくし、ミルト第二王子殿下に婚約を申し込まれているのです。わたくしの心は貴方様にありますのに。」


「なんだって?ミルトがっ?でも…私は使用人に身を落とした元王族であるし…そのことについては何も言えないよ。」


ああ…彼の言葉がとても悲しい。


「ええ…解っておりますわ。でも、わたくし…真実を知りたいと思いますの。」


「真実を?」


「マリアに一緒に会いに行ってくださいますわね。」


男爵令嬢マリアは地下牢へ今、入れられている。

公爵令嬢にありもしない冤罪を着せたのだ。

自分に害をなしたと、彼女は証言し、ケルドの伴侶になろうとした。


騎士団に取り調べを受けていて、彼女は今、地下牢にいる。


ケルドは頷いた。





マリアはレティリシアの顔を見ると、醜く顔を歪めて喚き散らした。


「何しにきたのよ。いい気味と思っているんでしょ。あ。ケルド様ぁ。ケルド様っ。助けてくださいっ。私っ…無実の罪でこんな所へ。」


ケルドがマリアに向かって、


「君は何故、私に近づいた?」


「それは私、王妃様になって贅沢をしたかったからよ。」


レティリシアがマリアを睨みつけて、


「貴方の背後にいる人物を教えて貰うわ。」


「私の背後にいる人物なんてぇ…」


「このままじゃ貴方は処刑されるわよ。その背後にいる人物は貴方を見捨てたみたいね。」


「でも、でも、背後に人物なんてっ…」


「ルリーナ・シュトギリス公爵令嬢かしら…」


マリアが顔を真っ蒼にする。

図星なのだろう。


ルリーナは弟ミルトの婚約者である。

ミルトは今回の件で、第二王子から王太子になった。

ルリーナが得をするのは見えている。

ただ、ミルトはレティリシアに婚約を申し込んだ。ルリーナを見捨てたのか?それとも側妃にと望んでいるのか?


レティリシアは黙り込んだマリアを睨みつけて、


「わたくしはこの度の婚約破棄。許せないと思っておりますのよ。何もなければ、わたくしがケルド様と結婚して先々王妃になっていたはず、マリア。覚悟なさい。そしてルリーナ。貴方もただではおかないわ。」


ケルドは慌てたように、


「あまり過激な事をしないでくれっ。」


「貴方は…わたくしがどれ程、悔しかったか…わたくしがどれ程、傷ついたか解っていらっしゃるの?わたくしは愛する貴方から婚約破棄を…どれ程、悲しかったか。」


そうよ。わたくしは貴方を愛している。愛しているのよ。


涙を流すレティリシアをケルドはぎゅっと抱きしめてくれた。



「ごめん。本当にごめん。私も君の事を愛している。謝っても謝り切れない。」


マリアがせせら笑うように。


「でも、マリアの事、好きなんでしょう。結婚したいんでしょう。」


ケルドはマリアに向かって言ってくれた。


「私の心が弱かったから…君の何かの術に私はかかったんだ。どうして君のような女と結婚しようとしたのか全く解らない。私が愛しているのはレティリシアただ一人なのに。」


マリアは笑って、


「でも、でも。マリアと結婚したいって言ったじゃない?マリアの魅了にかかるって事はさ。心に隙があるんだよ。元王太子殿下。うふふふふふ。ざまぁみろだわぁ。何が愛しているよぉ。あの方の言う通り。」


ケルドが叫ぶ。


「煩い。私が愛しているのはレティリシアただ一人。」


マリアって女は本当に忌々しいけど、でもケルド様の心が嬉しい。


ああ、ルリーナに会わなくては。


レティリシアは決意したように、


「ルリーナ・シュトギリス公爵令嬢に会いに行くわ。」


「私も共に行こう。」



二人は馬車に乗り、シュトギリス公爵家へ向かった。

面会を申し込めば、ルリーナが会ってくれると言う。


客間に通されて、ルリーナはケルドがレティリシアと共に一緒にいる事を驚いたように、


「レティリシアが、ケルド様を雇っているって本当でしたのね。」


「ええ。ミルト様がわたくしを望んで、婚約を申し込んできたという事も。貴方との婚約をミルト様はどうしたのかしら。」


ルリーナはメイドの運んで来た紅茶のカップを手にして、


「そうね。側妃にならないかと言われたわ。我が公爵家としては承知せざるを得ない。だって、未来の国王陛下の傍にいて、我が公爵派閥も力を振るわないと…あくまで政略。わたくしは政略に生きるしかないの。」


「マリアを使って、ケルド様を陥れたのは貴方?」


「マリアがそう言ったの?」


「いえ…はっきりとは…」


「それならば、知らないわ。もし、マリアがそう言ったのならそうなのでしょう。」


ケルドは思わず立ち上がる。


「お前のせいでっ。」


レティリシアは怒りまくるケルドの手を握り締めて、落ち着かせた。彼は再びソファに腰かける。


ルリーナはぽつりと、


「わたくしがあの方の唯一になれると、わたくしはわたくしなりにミルト様を愛しておりましたのよ。それなのにあの方は…レティリシアを…。

政略なのだと、そう思わなければわたくしは悲しくて。ああ、でもミルト様はいつもレティリシアの事を楽し気に話して。楽し気に…」


レティリシアはルリーナに向かって、


「ケルド様を陥れた事がもし真実ならば、許しはしないですわ。わたくしはミルト様と結婚なんてしない。マリアがすべて証言するでしょう。貴方がいなくなって、わたくしもミルト様と結婚しないのならば、派閥のつり合いが取れるのではなくて?新たなる王妃はどちらの派閥から出るか…どうなるかはこれからですわね。まぁ、今、残っているのはろくでもない女性ばかりでしょうけれども…」


ルリーナはレティリシアに、


「貴方が王妃になるのがハルティリス公爵家の悲願でしょうに。」


レティリシアはホホホと笑って、


「それでも、わたくしはケルド様が好き。お父様は反対なさるでしょうけれども、わたくしはケルド様以外は嫌よ。」


ルリーナは寂しそうな顔をして。


「羨ましいわね…本当に…心から貴方達の幸せを祈るわ。まぁわたくしに祈られても嫌でしょうけれども。」



後にマリアはすべてを白状し、ケルドに魅了を使っていたという事。依頼主はルリーナ・シュトギリス公爵令嬢という事。


レティリシアが手を回して、マリアを娼館落ちさせた。

許せなかった。魅了を使ってケルドを裏切らせたマリア。

そして、国王になるはずだったケルドの未来を奪ったルリーナ。

ルリーナは修道院へ送るようにハルティリス公爵家から進言した。

王家はレティリシアの願った通りの罰を二人に与えた。


マリアは娼館落ちし、ルリーナは修道院へ入れられた。



ハルティリス公爵にケルドは、レティリシアとの結婚を許してくれと願いに、部屋へ行ったという。


心配で心配で。

自分の味方をしてくれるであろう母を伴って、父の部屋に向かった。


ノックをして母であるハルティリス公爵夫人がレティリシアと共に部屋に入った。


ケルドは土下座をし、自分と結婚したいと願い出ていたようである。

当然、父は反対しているみたいだが…


母が父を睨みつけて一言。


「貴方だって、浮気してたわね。」


「あれはその…」


「がっちり浮気していたのですわ。この人。それでもわたくしは許しました。」


ハルティリス公爵はケルドを指さして、


「こいつは使用人だぞ?」


レティリシアが、きっぱりと、


「でも優秀ですわ。わたくし女公爵になります。お父様。婿にはケルド様を迎えることに致します。」


「いや、我が公爵家悲願の我が家から王妃は?」


公爵夫人は不機嫌に、


「ミルト王太子殿下の母君の側妃って、貴方が浮気した女でしたわよね。」


その一言でハルティリス公爵は撃沈した。


ケルドの母は王妃、ミルトの母は側妃である。

昔、ハルティリス公爵はミルトの母に浮気したらしい。


ああ…母のお陰で、ケルド様と結婚出来る。


ケルドは頭を深々と公爵夫人に、そして、ハルティリス公爵に下げた。



レティリシアは女公爵になる為に領地経営の勉強を、そしてケルドはその補佐をするための勉強を今している。


ミルトを断ってケルドと結婚すると聞いた王家からは、生まれた子は必ず、王家に嫁ぐか王配になるかの道を約束された。


しかし、ミルト王太子の新たなる婚約者は難航している。

それはそうだろう。未だ婚約者のいない令嬢なんて、問題のある令嬢だけだから。

結局、隣国の王女が嫁ぐことになり、どちらの派閥でもない隣国の王女だったので、派閥間の問題も解決した。


レティリシアは思う。


婚約破棄をされたレティリシア。

その事は深い傷となって残った。

ケルドは先々女公爵となる自分の配偶者として、幸せに暮らしている。


薔薇の向こうにケルドが立っている。レティリシアはケルドに向かって走っていき抱き着いた。

ケルドは優しく彼女を抱き締める。


レティリシアはこの幸せをケルドの温もりと共に噛み締めるのであった。









「貴方様は満足したでしょうね…わたくしが真の黒幕を知らないと思っているのかしら…」


「私は王太子だ。不敬罪で牢へ入れてやろうか…」


「ルリーナの心を利用して…自分だけは平然と泥を被らないで、王太子として、いえ、未来の国王陛下として君臨するなんて…あの女の息子だけあるわ。」


「貴様…」


「一つ…いい事を教えて差し上げましょうか?貴方と…レティリシアは血がつながっているのよ。」


「何を言うっ?私は国王陛下の、父の子だ。」


「そうかしら…貴方の見事な銀の髪は…うちの婿殿は黒髪で。貴方達はまるで似ていない。貴方に王位継承権はない。だって貴方は…」


「何が望みだ?」


「貴方がレティリシアを諦めていないようだったから釘を刺したのよ。姉弟は結婚出来ないわ。諦める事ね。我が公爵家の婿を亡きものにしようなどとしたら…この疑惑を公にするわ。偽王太子様。ホホホホホ。」



わたくしは一生、貴方を許さないわ。側妃様。

そして、ジルク・ハルティリス公爵である貴方…

心に受けた傷は深いのよ。


ハルティリス公爵は妻に一生頭が上がらなかったと言われている。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 公爵パパン、国王の側妃と浮気って、それ不義密通だから! しかも王家の血を引かない子供(ミルト)による王位簒奪、国家転覆反逆罪。めっちゃ有罪。もう娘も婿もいるから公爵いらないし、奴には消…
[一言] 公爵は第二王子が自分の種だって知らないのかな?知ってたら二人の結婚話はまとめないよね…。 昔好きだった女の子供と自分の子供を結婚させて堂々と親戚になるつもりだったんだろうな~。親戚なら堂々と…
[良い点] なるほど。ママの恨みの方が根深いですね。 [気になる点] レティリシアが王妃になった場合の公爵家の後継者はどうするつもりだったのか。 [一言] ママは復讐を諦めていないでしょう。レティリシ…
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