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ケルド視点

ケルドの朝は早い。

日が昇るとすぐにハルティリス公爵家の広い庭の落ち葉をホウキで掃くことから一日が始まる。

落ち葉を集めて埋めて、堆肥にし、その仕事が終わると、今度は公爵家の廊下の掃除である。

雑巾を手に、隅々まで綺麗にする。

廊下を通るメイド達は、そんなケルドをいない人のように無視して通り過ぎる。


当たり前である。

こうしてハルティリス公爵家で拾ってもらっただけでも有難いのだ。


でなければ、今頃は強制労働所送りか、辺境騎士団かろくな目にあっていなかったであろう。


「真面目に働いているのね。」


廊下で声をかけられた。

レティリシア・ハルティリス公爵令嬢。

銀の長い髪…碧い瞳のそれはもう美しい令嬢だ。


そう。ケルドが一月前に、王立学園の卒業パーティで婚約破棄をした元、婚約者である。

レティリシアが男爵令嬢マリアを虐めていると、マリア自身から訴えがあり、何故か無性にマリアと結婚したくなって彼女を婚約者にし、レティリシアと婚約破棄をすると宣言したのだ。


父である国王陛下に怒られた。

「なんてことをしてくれたのだ。ハルティリス公爵家とは政略で婚約を結んでいた。それを。お前の一存で、レティリシアに冤罪をかけて断罪するとは何事だ。」


母である王妃にも怒られた。

「レティリシアは王妃教育を完璧にこなし、素晴らしい令嬢なのですわ。それなのにお前は。どこの馬の骨とも解らない女に現を抜かして。」


弟のミルト第二王子に呆れられた。

「兄上…男爵令嬢が王妃になれるわけないでしょう。」


マリアは泣きながら、

「皆が私を虐めるぅ…」


レティリシアは冷たく言ったものだ。

「せめて側妃にすればよろしかったものを…わたくしと貴方は政略なのです。それを婚約破棄とは…」


断罪された。(自分が)

強制労働所か、辺境騎士団か…


レティリシアがなぜか言ったのだ。


「我が公爵家で下働きをさせますわ。わたくしを断罪しようとしたのです。当然、我が公爵家の為に一生働いてもらって償わせますわ。」


そして、結局、ハルティリス公爵家で働くことになった。

一月経って今までやったことのない、庭掃除や廊下掃除。

最初は手際よく出来なかったが、今は大分要領よく出来るようになった。



レティリシアが眉をひそめて尋ねる。

不機嫌な時にするレティリシアの表情がまた、可愛らしくてお気に入りだ。


「どうして、わたくしより、あの下賤なマリアが良いと思いましたの?」


「そうだな…何で良いと思ったのか…今、思い出しても解らない。頭も悪く、色気だけを振りまいたあの女のどこがよかったのか…あの女は私といると癒されるでしょう?と言っていたが…まったく…癒されなかったぞ。話が通じず、訳が解らなかった。何故、あの女と結婚しようとしたのだろうか?」


ケルドは思い出してもよく解らない。

あの卒業パーティの時、猛烈にマリアと結婚したいと思ったのだ。

涙ながらに自分はレティリシアに虐められていると訴えてきたマリア。

レティリシアは教科書を破ったり、階段から突き落としたりそんな虐めをする令嬢ではない。それは解っていたはずなのだが、何故かマリアと結婚したくなった。マリアに同情した訳でもない。レティリシアを許せないと思った訳でもない。

何故?なんで?どうして?いまだに解らない。


レティリシアの事を政略とは言え、とても愛していた。

二人で共に王国の未来を話す時間は有意義でとても楽しかったし、レティリシアはお堅い令嬢というだけでなく、時には膝枕をして甘えさせてくれた。


マリアが癒される?とんでもない。

マリアなんぞと話をしていて、話がかみ合わず疲れただけだ。


本当に解らない。

何故?彼女と結婚したいと思ったのだろう。


レティリシアはケルドの手を取り見つめながら、


「こんなに手が荒れてしまって…ケルド様はどんな仕事でも真面目にこなすのですね。」


ケルドは頷く。


「ここに置いて貰っているのだ。本当ならば、婚約破棄を申し出た男。顔も見たくないだろうに。」


レティリシアは笑って、


「だって慰謝料を払って貰わなくてはね。貴方が働いて払ってくれているのでしょう。」


「それなら鉱山へ送るとか、辺境騎士団へ送るとか…」


「鉱山は死ぬ人が多いといいますわ。あそこは過酷ですもの。辺境騎士団は、性格が女の子になると言われていますわ。そんなところに貴方を…送るわけにはいきませんもの。」


「君はまだ私の事を愛してくれているのか?」


「ええ…わたくしは、ケルド様の事を愛しておりますの。昔からずっと…ですから、貴方がわたくしを裏切って、マリアと婚約すると言った時に、とても悲しかったのですわ。」


心の底からケルドは、レティリシアに申し訳ないと思った。

頭を下げる。


「申し訳ない。こんなにも私の事を愛していてくれたとは…」


「だから、貴方を鉱山や辺境騎士団送りにはしなかったのです。平民として市井へ放り出したら、その…慰謝料ももらえないでしょうし…わたくしは貴方を目の届くところで働かせたかったのです。」


「慰謝料はちゃんと払うから。一生懸命働くから…」


レティリシアは目を潤ませて、


「それでわたくし、ミルト第二王子殿下に婚約を申し込まれているのです。わたくしの心は貴方様にありますのに。」


「なんだって?ミルトがっ?でも…私は使用人に身を落とした元王族であるし…そのことについては何も言えないよ。」


「ええ…解っておりますわ。でも、わたくし…真実を知りたいと思いますの。」


「真実を?」


「マリアに一緒に会いに行ってくださいますわね。」


男爵令嬢マリアは地下牢へ今、入れられている。

公爵令嬢にありもしない冤罪を着せたのだ。

自分に害をなしたと、彼女は証言し、ケルドの伴侶になろうとした。


騎士団に取り調べを受けていて、彼女は今、地下牢にいる。


ケルドは頷いた。


真実とは…自分も知りたい。

何故、自分はあんなにもマリアと婚約をしたいと思ったのか。


レティリシアと共にマリアに会いに行くことにした。




マリアはレティリシアの顔を見ると、醜く顔を歪めて喚き散らした。


「何しにきたのよ。いい気味と思っているんでしょ。あ。ケルド様ぁ。ケルド様っ。助けてくださいっ。私っ…無実の罪でこんな所へ。」


ケルドはマリアを見ても今や何も感じなかった。

何故、こんな女と婚約しようとしたのだろう。


「君は何故、私に近づいた?」


「それは私、王妃様になって贅沢をしたかったからよ。」


レティリシアがマリアを睨みつけて、


「貴方の背後にいる人物を教えて貰うわ。」


「私の背後にいる人物なんてぇ…」


「このままじゃ貴方は処刑されるわよ。その背後にいる人物は貴方を見捨てたみたいね。」


「でも、でも、背後に人物なんてっ…」


「ルリーナ・シュトギリス公爵令嬢かしら…」


マリアが顔を真っ蒼にする。

図星なのだろう。


ケルドはアっと叫んだ。

ルリーナは弟ミルトの婚約者である。

ミルトは今回の件で、第二王子から王太子になった。

ルリーナが得をするのは見えている。

ただ、ミルトはレティリシアに婚約を申し込んだ。ルリーナを見捨てたのか?それとも側妃にと望んでいるのか?


レティリシアは黙り込んだマリアを睨みつけて、


「わたくしはこの度の婚約破棄。許せないと思っておりますのよ。何もなければ、わたくしがケルド様と結婚して先々王妃になっていたはず、マリア。覚悟なさい。そしてルリーナ。貴方もただではおかないわ。」


ケルドは慌てたように、


「あまり過激な事をしないでくれっ。」


「貴方は…わたくしがどれ程、悔しかったか…わたくしがどれ程、傷ついたか解っていらっしゃるの?わたくしは愛する貴方から婚約破棄を…どれ程、悲しかったか。」


涙を流すレティリシアをケルドはぎゅっと抱きしめた。


「ごめん。本当にごめん。私は君の事を愛している。謝っても謝り切れない。」


マリアがせせら笑うように。


「でも、マリアの事、好きなんでしょう。結婚したいんでしょう。」


ケルドはきっぱりとマリアから背を向けて、


「私の心が弱かったから…君の何かの術に私はかかったんだ。どうして君のような女と結婚しようとしたのか全く解らない。私が愛しているのはレティリシアただ一人なのに。」


マリアはにっこりと笑って、


「でも、でも。マリアと結婚したいって言ったじゃない?マリアの魅了にかかるって事はさ。心に隙があるんだよ。元王太子殿下。うふふふふふ。ざまぁみろだわぁ。何が愛しているよぉ。あの方の言う通り。」


ケルドは叫ぶ。


「煩い。私が愛してるのはレティリシアただ一人。」


お前に何が解る。幼い頃からずっと自分はレティリシアしか見ていない。


マリアに向かって叫んだものの、ふと思ってしまう。

レティリシアに対して劣等感を持っていたのかもしれない。

だから…マリアに引っかかった…

だからマリアの術にかかって婚約破棄を。


どんなに愚かな事をしでかしたか、ケルドは良く解っている。

平常心ならば絶対にこんなバカな事はしでかさなかっただろう。


ケルドはレティリシアと共に地下牢を後にする。


レティリシアは決意したように、


「ルリーナ・シュトギリス公爵令嬢に会いに行くわ。」


「私も共に行こう。」



二人は馬車に乗り、シュトギリス公爵家へ向かった。

面会を申し込めば、ルリーナが会ってくれると言う。


客間に通されて、ルリーナはケルドがレティリシアと共に一緒にいる事を驚いたように、


「レティリシアが、ケルド様を雇っているって本当でしたのね。」


「ええ。ミルト様がわたくしを望んで、婚約を申し込んできたという事も。貴方との婚約をミルト様はどうしたのかしら。」


ルリーナはメイドの運んで来た紅茶のカップを手にして、


「そうね。側妃にならないかと言われたわ。我が公爵家としては承知せざるを得ない。だって、未来の国王陛下の傍にいて、我が公爵派閥も力を振るわないと…あくまで政略。わたくしは政略に生きるしかないの。」


「マリアを使って、ケルド様を陥れたのは貴方?」


「マリアがそう言ったの?」


「いえ…はっきりとは…」


「それならば、知らないわ。もし、マリアがそう言ったのならそうなのでしょう。」


ケルドは思わず立ち上がる。


「お前のせいでっ。」


この女のせいで、王太子の地位を捨てざる得なかったのだ。

この女のせいで。怒りに身が震える。

レティリシアに手を握られた。仕方ない。再びソファに腰かける。


ルリーナはぽつりと、


「わたくしがあの方の唯一になれると、わたくしはわたくしなりにミルト様を愛しておりましたのよ。それなのにあの方は…レティリシアを…。

政略なのだと、そう思わなければわたくしは悲しくて。ああ、でもミルト様はいつもレティリシアの事を楽し気に話して。楽し気に…」


レティリシアはルリーナに向かって、


「ケルド様を陥れた事がもし真実ならば、許しはしないですわ。わたくしはミルト様と結婚なんてしない。マリアがすべて証言するでしょう。貴方がいなくなって、わたくしもミルト様と結婚しないのならば、派閥のつり合いが取れるのではなくて?新たなる王妃はどちらの派閥から出るか…どうなるかはこれからですわね。まぁ、今、残っているのはろくでもない女性ばかりでしょうけれども…」


ルリーナはレティリシアに、


「貴方が王妃になるのがハルティリス公爵家の悲願でしょうに。」


レティリシアはホホホと笑って、


「それでも、わたくしはケルド様が好き。お父様は反対なさるでしょうけれども、わたくしはケルド様以外は嫌よ。」


ルリーナは寂しそうな顔をして。


「羨ましいわね…本当に…心から貴方達の幸せを祈るわ。まぁわたくしに祈られても嫌でしょうけれども。」



後にマリアはすべてを白状した。ケルドに魅了を使っていたという事。依頼主はルリーナ・シュトギリス公爵令嬢という事。


マリアは娼館落ちし、ルリーナは修道院へ入れられた。


マリアに関しては何も感じない。

ルリーナに関しては許せないが、哀れに思うだけだ。


ケルドは女心は悲しいものだと…

ため息をつく。


そして、これからやらねばならない事…

そう、愛しのレティリシアがこのままではミルトの物になってしまう。


「ケルド様―――。」


「レティリシア。」


走り寄ってくるレティリシアを抱き締める。

この身を離したくはないと強く思う。ケルドは決意した。



ハルティリス公爵の部屋を一人で訪ねる。

ハルティリス公爵は切れ者の公爵である。

レティリシアをミルトに嫁がせることに大賛成だろう。


ノックをし、部屋に入ると、ケルドは床に土下座した。


「レティリシアと結婚をお許しください。ハルティリス公爵。」


椅子に座り机仕事をしていたハルティリス公爵は不機嫌そうに眉を寄せて立ち上がる。

この表情はレティリシアによく似ている。


そして一言。


「ただの使用人に成り下がったお前になんの価値がある。」


「でも私は幼い頃から彼女と婚約していたのです。愛しているのです。」


「その娘を卒業パーティで婚約破棄したではないか。」


「それはマリアの仕業で。私は魅了にかかっていたのですから。」


「お前が悪くないと言うのか?魅了にかかるだけの心の隙があったという事だ。私は許さぬ。」


あああ…このままでは…レティリシアをミルトに取られてしまう。


そこへ、ノックをしてハルティリス公爵夫人がレティリシアと共に入って来た。

公爵夫人は一言。


「貴方だって、浮気してたわね。」


「あれはその…」


「がっちり浮気していたのですわ。この人。それでもわたくしは許しました。」


ハルティリス公爵はケルドを指さして、


「こいつは使用人だぞ?」


レティリシアが、きっぱりと、


「でも優秀ですわ。わたくし女公爵になります。お父様。婿にはケルド様を迎えることに致します。」


「いや、我が公爵家悲願の我が家から王妃は?」


公爵夫人は不機嫌に、


「ミルト王太子殿下の母君の側妃って、貴方が浮気した女でしたわよね。」


その一言でハルティリス公爵は撃沈した。


ケルドの母は王妃、ミルトの母は側妃である。

昔、ハルティリス公爵はミルトの母に浮気したらしい。


ああ…公爵夫人のお陰で、これでレティリシアと結婚出来る。


ケルドは頭を深々と公爵夫人に、そして、ハルティリス公爵に下げた。



レティリシアは女公爵になる為に領地経営の勉強を、そしてケルドはその補佐をするための勉強を今している。


ミルトを断ってケルドと結婚すると聞いた王家からは、生まれた子は必ず、王家に嫁ぐか王配になるかの道を約束された。


しかし、ミルト王太子の新たなる婚約者は難航している。

それはそうだろう。今だ婚約者のいない令嬢なんて、問題のある令嬢だけだから。

結局、隣国の王女が嫁ぐことになり、どちらの派閥でもない隣国の王女だったので、派閥間の問題も解決した。


ケルドは思う。


自分はいかに魅了にかかっていたとは言え、罪をおかした。

それが許されて今、先々女公爵になるレティリシアの配偶者として、幸せに暮らしている。


レティリシアが薔薇の咲き誇る庭から駆け寄って来た。

ケルドは優しく彼女を抱き締める。


ケルドはこの幸せをレティリシアの温もりと共に噛み締めるのであった。


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