2話
「アル、話は聞いているでしょうけれど、わたくしからも説明しておきますわね。貴族学院時代の旧友がローゼアンナのもとを訪ねるのだけれど、彼女は――竜の眼を持っているの」
「お嬢様と同じ竜の眼……ですか。危険な香りがしますね」
竜の眼。
魔法の眼とも呼ばれることがあるが、ローゼアンナの場合はどんな魔法が使えるのかまだわかっていないため、単純にそう呼ばれているのだ。
「お嬢様は初めて人から仕事を受けるということでわくわくしている様子ですが、わざわざ私に事前に説明しておかなければならないほど重要なことなのですか?」
「さすがアルね。聡い子だこと。感心している暇はないわ。あなたの言う通り、今日の客人はいささか問題を巻き込んでくる性質があるのよ。彼女が使うことはないでしょうけれど、彼女の眼には『誘惑』の魔法がかかっているのよ」
「誘惑ですか……護衛騎士は主以外には靡かないように、生まれた時からしつけられておりますゆえ、心配は無用です」
「なら、いいのだけれどね……」
念のために説明しておかなければいざというときに僕の反応が出遅れてしまうかもしれないことを危惧したようで、養母様はそれ以上を言うことなく退室の許可を出した。
……誘惑の竜の眼とはどのようなものなのだろうか。ローゼアンナが向けてくる視線よりも、心をざわつかせるようなものなのだろうか。
呆然と考えているうちにローゼアンナの部屋にたどり着いてしまったようで、入室の許可を頂いた。中には客人を招き入れるのがたいそう楽しみなのか、ローゼアンナが足を浮かせながら側近たちと打ち合わせをしている最中だった。
「アル、戻ってきたのね。おかえりなさい。お母様はなんておっしゃっていたのかしら?」
「お客様は竜の眼を持っていらっしゃるそうなので、それに驚かないで仕事を全うしてほしいということでした。ローゼアンナ様の竜の眼とどう違うのか、私は少し楽しみです」
「それもそうですわね。わたくしは自分の竜の眼以外のものを見たことがありませんわ。本の中や文官たちの話を聞く限りでは、見た目にあまり大きな違いはないそうだけれど、そこに秘められた魔法には大きな違いがあるのでしょう?」
家の宝であるローゼアンナが竜の眼を持っているのだ。養父様も養母様も伝手を辿って、竜の眼に詳しい医者の文官を招いたり、伝聞を調べたりしたのだが、どの竜の眼なのかはいまだ分かっていない。
養母様は先ほど説明してくれなかったが、おそらく、ローゼアンナの竜の眼がどんなものなのかを調べる一環だろう。そうでなければ、普通、貴族学院にも入学していない貴族の子どものもとを大の大人が訪れるとは思えない。
客人に夢を抱いているローゼアンナの後ろで、僕はどのような立ち回りをすればいいのかを考えていた。