1話
「ねーえー、聞いてるのー?」
「聞いてるよー?」
子供のころのローゼアンナはいつも笑っていた。
僕に向かって、ローゼアンナは優しく笑いかけていうのだ。
「アルー、困ってることなあい? ローゼアンナちゃんにかかればどんなことだって、解決してあげられるよー? だってねー……」
「……だってね、アルがいればローゼアンナは最強だから……か」
十歳の春、両親が戦死した。
二人とも中央騎士団の騎士だったから、いつかはこんな日が来るかもしれないとは説明されていたし、理解していたつもりだった。
地方から中央に移籍した両親は、中央に親類はいなかった。
もし、いたとしてもその人たちは僕のことを拾おうとはしてくれなかった。
「アルブレヒト、そろそろローゼアンナが洗礼式を迎えるだろう? そうしたら家の外を出たいと言い出すんだが、あいにく我が家には騎士がいなくてねー。どうだい、ローゼアンナの護衛騎士にならないかい?」
「え……?」
ローゼアンナのお父さんからの言葉だった。
途方もなく、洗礼式も済ませていない僕は、貴族としての資格を剥奪され、平民の――それも貧民で孤児となるところだった僕は、ローゼアンナの一家に助けられた。
「お父様、アルが養子になるって本当ですか?」
ローゼアンナのお父さんと僕が養子になる話で決まって来た頃、ローゼアンナがやってきて、そう聞いた。
顔面蒼白になった。
もしかして、ローゼアンナは僕と養子になることを望んでいないのではないか、と。
でも杞憂だった。
「わたくし、アルとは対等な立場であり続けたいと思っていたのに、お姉さんになってしまうのですよね? その……なんというか、アルに申し訳ない気がして。ごめんなさいね、わたくし、アルのお姉様になってしまって」
僕の姉になってしまうことが申し訳ないようだった。
いや、正確に言うと、僕が家族に入ってくれたことか、弟ができたことかは分からないけれど、とても嬉しそうに謝って来た。
「まさか、ローゼアンナがお姉様になるなんて思ってもいなかったよ……あ、ローゼアンナ姉上って呼んだ方がいいかな? 敬語も必要?」
「ま、まあ! やっぱりやめましょう。アルが養子になるの反対ですわ。って、あらあら、泣かないでください。アルに距離を置かれるのが嫌なだけですわ。アルはこれまで通りでいいですわ。たまーに、お姉様と呼んでくれたらそれはもう、嬉しいのですけれど」
「うふふー、嘘泣きだよーん」
「もうー! アルったらわたくしを図りましたね! 百倍返しにいつしか返して見せますわ!」
ローゼアンナの一家は、みんな僕に優しく接してくれた。
先代御当主様たちだって僕のことをローゼアンナと同じくらい愛してくれたし、なんなら、一族で初の男孫が出来た、と何でもかんでも買ってくれたこともある。
洗礼式を迎え、ローゼアンナの義弟として貴族となって、早くも三年が経とうとしていた。
十三歳になった僕とローゼアンナは今日から貴族学院に行くことになっている。
「ローゼアンナ様、おはようございます」
「あら、アル、おはよう。ぐっすりとしたアルの寝顔を撫でていたら可愛さのあまり、絵を描いてしまったわ。入学当日だというのに、本当にアルは愛いのう」
「ぬっ……ああっ! 恥ずかしいです! そんな堂々と掲げないでください! 額縁はどれにしようか、とか選ばなくてもいいですからってば……」
十三歳になったローゼアンナは、とてつもない貫禄を持った美女に成長し、僕はそんな彼女に翻弄される日々を送っている。