アカシックレコード 利用の手引き
アカシックレコードなるものが実在し、それを閲覧できる人間もいるという前提で書いています。
宇宙のどこかに森羅万象を記録したアカシックレコードなるものがあって、その書庫に出入りし、資料を閲覧できるものは人智を超えたグノーシスを自在にできるとのことだ。
目の前にある鹽壺一つをとってみても、そこに含まれる食塩の分子、原子、素粒子の時々刻々の状態が記録されているわけだ。記録は閲覧者の閲覧意図に応じて、量子系の状態を表わすシュレーディンガー方程式として取りだすこともできるし、あるいは原産地がどこの岩塩が何グラムという情報としても取りだせるのだろう (何もかも一緒に提供されたら整理して目的とする情報を選び出すのにえらい時間がかかりそうだ)。
冷蔵庫に収まっている食材が何かもすぐわかる。冷蔵庫の扉を開いてみてもいいけれど、ベッドに寝ころびながら今日の夕食を何にするかを考えるにはアカシックレコードにアクセスするほうが楽だ (賞味期限なんかも一目瞭然だし)。
人々が考えたこと、感じたことも記録されているから、閲覧者はテレパシストの能力も有することになる。そんなけち臭いことはしないだろうが、その情報をもとに恐喝することもできる。
芸術作品はどう保管されているのか。芸術作品は歴史の産物である。ピアノ協奏曲の価値はある作曲家の創造物ということに尽きるものではない。演奏者 (ピアニスト、指揮者、個々の楽団員) の解釈 (なんなら演奏会の参加者の感動も) も含めた総体が作品という存在の意味を構成する。アカシックレコードの閲覧者は、例えば、ショパンのピアノ協奏曲を、アバド指揮のロンドン交響楽団とアルゲリチの演奏を (譜面を読みながら、あるいは瞑想に耽りながら) 視聴するという形で閲覧するのだろうか。
ここまではいい。ではフランス革命において正義は王党派にあったのか、ジャコバン派にあったのかという問題に対して、アカシックレコードは、あるいは、閲覧者が選択するアクセズ・メソッドはどう答える。判断のための基礎資料の提供という問題に限定しても、そこには恣意が (といって悪ければ、誰のそれかは知らないが歴史を評価する眼が) 介在せざるを得ない。つまり、閲覧者の志向が最終的な決定者ということになる。
全知であることは、有徳の、あるいは、カルチベイト された (耕作された、教養された) 人間であることを保証しない。視野の狭い人間はアカシックレコードの情報を、たとえば、南京虐殺があったこと、あるいは、なかったこと、を実証するためにのみ利用することになる。
シェークスピアが楽しみたければ、演劇や、なんなら、英語を勉強することだ。アカシックレコードが提供する完璧な写本や、完璧な日本語訳は屁のつっぱりくらいにしかならない。
それ以前に、アカシックレコードが提供しているのだから、完璧な原典に違いないとか、正しい解釈に違いないとか考えている時点でアウトだということにさっさと気づけよ。
