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ピンチを逆転させてみた

 その日、アッカムはご機嫌だった。というのも長年の……おおよそ二週間にわたる粘り強い交渉の結果、おやつの量を倍にしてもらうことに成功したのだ。


 なお、成功した要因はアッカムがひた隠しにしていた「友達と一緒に食べるため」という理由が家に伝わったからなのだが、それにアッカム本人が気づくことはない。


「ふっふっふ、これを持って行ったら、アイツ等どんな顔をするかな?」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、いつも以上にパンパンにポケットを膨らませてアッカムが食堂へと歩いて行く。おやつの量が多すぎるせいかかなり押し込んでも入りきらず、いっそ袋か何かに入れて手で持っていけばいいのではと思わなくもなかったが、それではすぐに自分が大量のおやつを持っていることがばれてしまう。


 イタズラのコツは、仕掛ける瞬間まで相手にその存在を悟らせないこと。それが達成できているかは別として、アッカムの「コリアンデを驚かせたい」という気持ちは紛れもない本物であった。


「さて、アイツ等は……っと、いたな。おーい、貧乏女!」


 いつも通りに食堂に入り、いつも通りに中央のテーブルで話をしている二人の少女の姿を見つけ、アッカムは大声でそう呼びかける。当然ながらコリアンデ達もすぐにアッカムの存在に気づき、四つの目に見つめられながらアッカムはテーブルへと歩み寄っていった。


「こんにちは、アッカム君」


「ごきげんようアッカムさん。随分と上機嫌のようですけど、何かいいことでもあったのですか?」


「フフフ、まあな! 今日こそお前をビックリさせてやるぜ!」


「まあ怖い! 一体何を企んでいらっしゃるのでしょうね?」


 不敵に笑うアッカムに、コリアンデが余裕の声を返してきた。自分に対してここまで遠慮の無い物言いをしてくることが少しだけ頭にきて、なのにそれすら楽しいと感じてしまう自分の心を不思議だと思いつつも、アッカムはニヤリと笑ってポケットに手を突っ込んだ。


「フンッ! そんな顔してられるのも今だけだ! これを……」


「あれ? アッカム君、何か落としたよ?」


 ギュウギュウのポケットからおやつの詰まった袋を取りだすと、それと同時に別の何かもこぼれ落ちた。ふわりと足下に落ちた白い布をソバニが拾い上げ、アッカムに向けて差し出してくる。


「はい、これ」


「おお、悪いな……ん?」


 こんな所にハンカチを入れたつもりはないし、自分が使う物にしては随分と粗い生地をしている。おまけに端の方には茶色い染みすらついているとなれば、間違いなく自分の物ではないはずだ。


「……何だこれ?」


 故に、アッカムは無造作にその布を広げてしまった。ぴらりと開いたそれはコリアンデにとって見覚えのある形をしており……


「えっ!? それは――」


「あーっ!? それ、コリアンデちゃんの下着じゃない!」


 その布の正体に、コリアンデがいち早く気づく。そりゃあ自分の下着を……しかも泥染みが抜けなかったせいでクローゼットの一番奥にしまい込んでいたはずの下着を公衆の面前で広げられれば、気づかないはずが無い。


 が、そんなコリアンデが何か言うよりも前に、ソバニが思ったことをそのまま口に出してしまった。初めて出会ったその日にコリアンデが広げていたものだけに、もの凄く印象深く覚えてしまっていたからだ。


「ハァ!? な、なんで……!?」


「何でアッカム君がコリアンデちゃんの下着をポケットに入れてるの?」


「ソバニさん、声が大きいですわ」


「え? あ、ご、ごめん……」


「……いえ、驚いたのでしたら仕方ありませんわ」


 大声ではしたないことを言ってしまったと気づいたソバニが恥ずかしそうに俯く横で、コリアンデは場に満ちる嫌な空気を敏感に感じ取っていた。ソバニに悪気がなかったのはわかっているか、かといってあれだけ大声で騒いでしまえば周囲の注目を集めてしまうのはどうしようもない。


「どういうこと? 仲がいいとは思っていたけれど、まさかそういう関係ってこと?」


「あのアッカムが? 単にイタズラで盗んだんじゃないか? で、戦利品を見せつけて泣かせてやろうとしてたとか」


「いやいや、むしろあの女が上手にアッカムをたらし込んだってこともあるだろ。自分の下着の匂いを覚えさせて、駄犬を忠犬に調教したとかな」


 有力な貴族家の子女だけに、たとえ一二歳であろうとも性的な教育はしっかりと成されているし、そもそもここにいるのは新入生だけではない。入学してから最初の三年である初等学部(ロウワー)とその後卒業までの高等学部(ハイカウント)で寮や施設が分かれてはいるが、それでも一五歳までの子供がここに通っているのだから、既に知識だけでなくそういう経験を積んでいる者も多少ながらいるのだ。


「あ……う…………」


 そしてそんな者達の視線を一身に受け、アッカムはその身を硬直させ言葉を失ってしまう。今まで感じたことの無い種類の圧力に戸惑い慌て、頭の中が真っ白になって何も考えられない。


「どっちにしろ、淑女(レディ)の下着をポケットに忍ばせて持ち歩くなんて最低の趣味だわ」


 ざわめく周囲の声のなかから、不意にそんな言葉が聞こえてきた。たっぷりの悪意の乗ったその発言に、アッカムは咄嗟に声のした方に顔を向けて反論する。


「ち、違う! 俺はそんなこと――」


「ホント、最低ね」


「気持ち悪い。今すぐ学園から居なくなってくれないかしら」


そっち(・・・)のイタズラまでするんじゃ、安心して生活できないわ」


「うっ、ううう……………………っ」


 だが、それを最後まで口にすることはできない。侮蔑の眼差しはまるで物理的な力を持っているかのようにアッカムの体を縛り付け、心を押し潰していく。


「俺は、俺は……っ」


 辛くて苦しくて、もうどうしようもない。だからこそアッカムは、最後の勇気を振り絞ってコリアンデの方を見た。もしも彼女が周囲と同じ軽蔑の目を自分に向けていたならば、もう何の我慢もせずに大声で泣き叫んで逃げ出してしまおう……そんな思いを、期待と恐怖の半々を乗せて振り返った先には……優しく笑うコリアンデの顔があった。


「あら、アッカムさん、私の洗濯物を拾っていてくださったんですね。泥染みがどうしても落ちなくて念入りに洗濯していたら風に飛ばされてしまったのですけれど……助かりましたわ。ありがとう存じます」


 スッと席を立ったコリアンデは、アッカムの目の前まで歩み寄ると、そう言うって綺麗に一礼した。


「ただ、その……淑女(レディ)の下着を持ち歩きたくない、一刻も早く返したいという気持ちはわかるのですけれど、できれば人目の無いところで返していただきたかったですわ。流石の私でも恥ずかしいですもの」


 更に追い打ちをかけるように、ポッと顔を赤らめてコリアンデが恥ずかしそうに身をよじる。その様子を固まったまま黙って見つめるアッカムだったが、反応が無い事に業を煮やしたコリアンデがアッカムの頬をツンツンとつついた。


「あの、アッカムさん? それを返していただいても? あまり皆さんの目に晒し続けるのは……」


「お、おぅ。悪い」


 何が起きているのか未だによくわからないアッカムだったが、そうコリアンデに催促されて持っていた下着をコリアンデの小さな手の上に乗せた。するとコリアンデは手際よく下着をクルクルと丸めていき、小さくなったそれを袖口で隠すようにして手の中にしまい込む。


「さて、それではこんなものを持って歩く訳にもいきませんので、少しだけ失礼しますね……っと、そうだ、アッカムさん」


「な、何だ?」


「最後は少し残念でしたけど、貴方が勇気を出して私にこれを返して下さったこと、とても嬉しく思います。なのでこれはお礼ですわ」


 そう言うと、コリアンデは精一杯背伸びをして未だ固まっているアッカムの頬にそっと触れる程度に唇を落とした。


「……………………」


「では、失礼致します」


 彫像のようなアッカムにもう一度そう言ってから、コリアンデが自然と割れた人混みの中央を颯爽と歩き去って行く。その後ろ姿を見送ると、手持ち無沙汰になったソバニはとりあえずアッカムに声をかけてみた。


「あの、アッカム君?」


「う…………」


「う?」


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「ひゃっ!?」


 顔を真っ赤にしたアッカムが、突如として大声をあげるとそのままもの凄い勢いで食堂を飛びだして行く。そこに声をかける間などなく、気がつけば残されたのはソバニただ一人。


「えぇぇぇぇ…………」


 その後コリアンデが戻ってくるまで、ソバニは大変に居心地の悪い食堂で一人俯きながらアッカムの残していったおやつを囓り続けるのだった。

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