草からおやつが生えてきた
「なっ……あ……!?」
野に生えているような草をそのまま食べるコリアンデの姿に、アッカムは思わず言葉を失う。その間にもコリアンデは草を咀嚼していき、やがて若干顔をしかめながらゴクンとそれを飲み込んだ。
「ふぅ…………不味いですわ」
「あ、当たり前だろ!? てか、ホントに食ったのか!?」
「勿論。言ったでしょう? これが私の昼食です、と」
「そうだけど……な、何でそんなもの食ってるんだ?」
当然と言えば当然のアッカムの問い掛けに、コリアンデは少しだけ悲しそうな表情をしてみせる。
「先程も申し上げた通り、今の私にはこれしか食べる物がないのです。先日何処かのどなたかにカエルをぶつけられたのですけれど、どうやらその時にオシッコをしていたらしくて……駄目にしてしまったドレスの代わりを仕立てるためにお金を使ったら、食費に回す分が無くなってしまったのです」
「うっ!? で、でも、だからってそんな……草なんて食う必要ないだろ!? お前だって貴族だろうが! 貴族ならドレスの一着や二着買う金くらい……」
「貴族の持つお金というのは、領民から得られた税です。それは領地を発展させるために使うべきもので、決して私達が贅沢をするためのものではありません。そのくらいアッカムさんもご存じでしょう?」
「それは……知ってるけど……」
ベイダー伯爵家は、商業ギルドに強い影響力を持つ貴族だ。なので当然アッカムにも金銭に関する教育はしっかりと施されており、我が儘やイタズラに関してはおおらかであっても、無駄遣いに関しては割と厳しく躾けられている。
「で、でも、草なんて……そ、そうだ! 何でそっちの女は自分の食い物を分けてやらないんだよ!?」
「勘違いしてはいけませんわ。私は確かに草を食べるほど困窮しておりますけど、友人から施しを受けるほど貴族の矜持を失っているわけではございませんの。
それにソバニの家だって決してお金持ちではありません。それはアッカムさんもよくご存じなのでは?」
「ぐ、ぐぅぅぅぅ…………」
ソバニに口を開かせる間もなく、コリアンデがそうたたみかける。なおソバニのバスケットに入っているのはごく普通のサンドイッチなどだが、そちらも全体的に野菜が多めで肉はほんの少ししか挟まっていない。
「……………………」
そうしてしばらくすると、何やら俯いて考えていたアッカムが無言でその場を去っていく。その後ろ姿を見送ってから、コリアンデはようやくその小さな体から緊張を緩めていった。
「……ふぅ。どうやら上手くいったようですわね」
「う、うん。でも、本当に大丈夫なの? それ食べちゃって……」
コリアンデの顔を見て、ソバニが心配そうに声をかけてくる。コリアンデが食べたのはコリアンデに教えられながら集めた「食べられる野草」ではあったが、そのどれもがソバニの目にはただの草にしか映らない。
「大丈夫ですわよ。何なら少しだけ食べてみますか?」
「う、うん。じゃあ少しだけ……」
ニッコリと笑うコリアンデに勧められ、ソバニがバスケットからひとつまみだけ草を取りだし口に含む。すると何とも言えない苦渋い味が口の中一杯に広がり、はしたないと考える間もなくソバニはそれを吐き出してしまった。
「うえっ!? ぺっぺっ……ねえコリアンデちゃん、これ絶対食べられる草じゃないよ!?」
「確かに普通は食用にする草ではありませんね。万が一アッカムさんが『自分も食べてみる』と言い出した時のために、あえて『食べても害が無い』というだけのものを選びましたから」
一口に野草と言っても、その種類は様々だ。中には調理すれば美味しく食べられるものもあるが、今回コリアンデが選んだのはただ「食べられる」というだけのもの。よほど飢えていれば最後の手段として食べることも考えるが、逆に言うとそこまで追いつめられなければ食べないような物ばかりなのだ。
「でも、これでアッカムさんのイタズラも収まることでしょう。まさか草を食べるような相手にこれ以上イタズラは続けないでしょうし」
「それは……うん、多分そうだろうけど」
いじめと違い、イタズラは相手にも余裕がなければ成り立たない。草を食むほど追いつめられた相手にくだらないイタズラを仕掛けようとするのは本物の外道のみであり、コリアンデの見立てではアッカムはそこまでの悪人に思えなかった。
「あっ、コリアンデちゃん!」
「あら?」
と、そこに何とも決まりの悪そうな顔をしたアッカムが戻ってきた。いつも膨らんでいるポケットが、今は更にパンパンに膨らんでいる。
「おい、貧乏女!」
「何でしょう? アッカムさん」
返事をするコリアンデに、アッカムはポケットの中を漁り出す。まさかこの状況でイタズラを繰り返すのかとコリアンデが少しだけ身構えると……アッカムの差し出した手の上には、くしゃくしゃの油紙に包まれた何かが乗せられていた。
「……やる!」
「えっと……?」
「だから、やる!」
「は、はぁ……これは、開けても宜しいのですか?」
「勝手にしろ!」
そっぽを向いたアッカムをそのままに、コリアンデは半ば押しつけられるような形で渡された油紙を開いていく。すると中には半分くらい割れてしまっている焼き菓子が詰まっていた。
「焼き菓子、ですか? あの、アッカムさん?」
「べ、別に! そういうんじゃねーし! でも、その、草なんか食うくらいなら、こっちの方がいいだろ!」
「それはまあ……」
「ならいいだろ! いいから黙って食えよ!」
「……わかりました。ではいただきますね」
決して顔をこちらに向けないアッカムの前で、コリアンデは焼き菓子の破片を摘まんで口に入れる。すると小麦の風味と優しい甘さが口いっぱいに広がり、野草を食べた時の苦みやえぐみがいくらか緩和していく。
「ど、どうだ!?」
「ええ、美味しいですわ。ありがとうございます、アッカムさん」
「フンッ! そんな安い菓子でいいなら、また持ってきてやるよ! だから……あれだ。草とかもう食うなよ!」
「ふふっ、そうですわね。食べないですむのなら、私だって草なんて食べませんわ」
「そうか……ならいい!」
それだけ言うと、アッカムが肩を怒らせズンズンとその場を歩き去って行く。その途中一瞬だけ立ち止まり、俯いたまま口をモゴモゴ動かしたが、あまりに小さなその呟きは常人に聞き取れるものではない。
「何だったんだろ?」
「ふふ、そうですわね……どうやら私が思っていたよりも、アッカムさんは紳士であったというところでしょうか」
アッカムの背を見送り不思議そうに首を傾げるソバニを横に、コリアンデはそう言って小さく微笑む。常人には聞こえなくても、修行を積んだコリアンデにはアッカムが小さく「……悪かった」と謝ったのが聞こえたからだ。
「さ、それより本当の昼食を始めましょうか。ソバニさん、そちらのサンドイッチを分けていただいても構いませんか?」
「勿論! っていうか、こんなに一人じゃ食べきれないしね」
最初からそのつもりだったので、ソバニのバスケットには二人分のサンドイッチが詰まっている。笑顔でそれを差し出すソバニに、コリアンデもまた笑顔で受け取りサンドイッチを頬張る。
「ああ、やっぱり普通の食事は美味しいですわ」
「あはは、そりゃあの草と比べれば、何でも美味しいよ」
「ですわね。あ、アッカムさんからもらった焼き菓子、半分はソバニさんにも差し上げますね」
「え、いいの?」
「当然ですわ。これはこれで一人では食べきれませんもの」
一二歳の男の子基準での一人前は、同い年の少女が食べる量としては些か以上に多い。なのでこちらも二人で分けて食べれば丁度いいくらいだろう。
「うわ、美味しい! 安いって言ってたけど、本当なのかな?」
「さあ? 伯爵家基準での安いでしょうから、私達が買うとなればそれなりのお値段になるのではないでしょうか?」
「そっか……そんなのもらっちゃってもいいのかな?」
「いいんですのよ。殿方には殿方の矜持というものがあるのでしょうし。ただ、そうですわね……次にアッカムさんが来た時には、きちんと紅茶くらいは用意しておくのがいいかも知れませんね」
イタズラ好きの少年が、少しだけ大人の階段を昇った。であればこちらも少しだけ大人の淑女として対応してもいいかも知れない。そんな事を考えながら、コリアンデは友人との昼食をのんびりと楽しむのだった。





